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2006年8月18日 (金)

宇治

今日は世界遺産の宇治平等院と宇治上神社を中心に宇治について考察・勉強をしていきます。

まず地理的には京都の南、奈良との間に位置しています。
宇治川流域に形成された集落です。
地名の由来は古く応神天皇の四番目の皇子である菟道若郎子(うじのわかいらつこ)がここに宮殿をつくって住まわれたことによるというものが一般的でした。
が地名研究が進むにしたがい、「菟道」と言う字だけではなく、「鵜路」「宇遅」「宇知」などいろいろな字が当てられてきたことが分かりました。
さらに菟道若郎子が宮殿を建てて住むより前から「うじ」という地名はあったから、菟道若郎子に由来するものではないと言う研究者は「うち」と言う意味からではないかと主張。
その他には「兎に関する民俗と伝説」のなかで、文字どおりに解釈すべきだというものや「道」「路」に由来があると見たほうがいいと言うことで、「一番いい道」と言う意味だという説もあります。
さてこの様に歴史の古い宇治。
実際、政治や文学の舞台になり華やかな歴史を今に伝えています。
またお茶でも有名な宇治です。
wikipediaによれば歴史は以下のとおりです。
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* 646年 元興寺の僧道登が宇治橋を架ける
    * 672年 近江朝、宇治橋守に命じて大海人皇子の私糧運送を妨害させる
    * 1052年 藤原頼通、宇治に平等院を建立する
    * 1133年 宇治離宮祭が行われる
    * 1180年 以仁王が源頼政と組んで挙兵、平等院で平家軍と戦い戦死
    * 1183年 宇治川の戦い。源義経、木曽義仲軍を破る
    * 1221年 承久の乱。鎌倉方、宇治川から伏見を攻める
    * 1286年 叡尊、宇治橋大改修の供養を修して、亀山・後深草上皇が臨幸
    * 1486年 山城国一揆衆、宇治平等院に集まり国中の掟を定める
    * 1573年 足利義昭、宇治の槙島城にて挙兵するも失敗、織田信長に追放される
    * 1951年(昭和26年)
          o 3月1日、久世郡宇治町、槇島村、小倉村、大久保村、宇治郡東宇治町の2町3村が合併して、宇治市が誕生する。
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実は宇治橋を架けたのは僧道登か道昭かという謎があるのです。
「瀬田の唐橋」と「山崎橋」と共に、日本三古橋の一つに数えられる宇治橋。
僧道登か道昭か、あるいは二人で架けたのか?
説はいろいろありますが、
この宇治橋から眺める風景は今も昔も情緒あふれ人々の心をとらまえて離さない物があります。
宇治橋は古今和歌集や紫式部の源氏物語に登場する。 また、能の「鉄輪」で登場する橋姫伝説でも有名であるのは当然と言えば当然なのでしょう。

では次に平等院を見ていきます。

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