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2006年8月27日 (日)

高山寺

225841424_a1332e6ed3 後鳥羽上皇から「日出先照高山之寺」の勅願を得たことで知られる高山寺は京都・右京区栂尾にあります。
宝亀5年(774年)に光仁天皇の勅願によって華厳宗寺院として開創され、神願寺都賀尾坊と称したと寺院の案内には伝えられています。
弘仁5年(814年)には度 賀尾十無尽院に改称、また、平安時代初期には天台宗の寺院となり、度賀尾寺(とがのおじ)と改称されたといわれています。その後、一時荒廃したようである が、平安時代末期には文覚によって再興されたと言われています。

高山寺は山号を栂尾山と称し、宗派は真言宗御室派系の単立です。
創建は伝えられているように奈良時代ですが、実質的な創立者は、鎌倉時代の明恵上人です。
明恵房高弁(1173-1232)は承安3年(1173年)、紀伊国有田郡は現在の和歌山県有田川町にあたる場所で生まれました

見所を以下に書きます。
・石水院(国宝)です。
鎌倉時代の建築。入母屋造、柿(こけら)葺き。後鳥羽上皇の学問所を下賜されたものと伝え、明恵の住房跡とも伝えられています。
外観は住宅風。
本来は経蔵として造られた建物を改造したものと言うことです。
「鳥獣人物戯画」の複製が展示されています。

・日本最古の茶園:
 石水院の門の横、参道を隔てて西側には竹製の柵に囲まれた「茶畑」があり、そばには「日本最古之茶園」と書かれた石柱の標識が立っています。
案内には、鎌倉時代初期に栄西禅師が宋から茶種をもって帰国し、明恵上人に贈っり、明恵上人はこれを栂尾山に植え、その後、宇治その他の土地に移し植えられたといわれています。

・開山堂:
 明恵上人晩年の頃の草庵禅堂院があった跡と伝えられており、堂内には「明恵上人坐像」が安置されているようです。

・明恵上人御廟:

・仏足石:

・金堂(本堂):
 現存の「金堂」は寛永11年(1634年)に仁和寺から移し復興されたものといわれており、本尊の釈迦如来像が安置されています。

明恵上人の歌。
・あかあかやあかあかあかや
あかあかあかやあかあかや月

・山のはにわれも入りなむ月も入れ
夜な夜なごとにまた友とせむ

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