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2006年8月23日 (水)

延暦寺

143972038_c217cf99af 滋賀県大津市坂本本町にある 比叡山には延暦寺という名の建物は実はありません。
比叡山そのものが延暦寺を表わしているのです。
その寺域は広大で、標高848mの比叡山の山中に数百の建物があり、東塔・西塔・横川(よかわ)の三地域に分かれる。

延暦寺巡拝券によると以下のとおりです。
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延暦寺は、今から凡そ1200年前、伝教大師最澄が京の都の東北である鬼門を護り万民の豊楽を祈って根本中堂に不滅の法灯を掲げ、以来幾万の高徳名僧が三塔(東塔・西塔・横川)十六谷の三千の堂舎にこもって血のにじむ修行を重ねて来た霊山である。
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比叡山そのものは、『古事記』にもその名が見える山で、古代から山岳信仰の山であったと思われます。最澄は数ある経典の中でも法華経の教えを最高のものと考え、中国の天台大師智顗(ちぎ)の著述になる「法華三大部」(「法華玄義」、「法華文句」、「摩訶止観」)を研究しました。
そして延暦7年(788年)、最澄は現在の根本中堂の位置に薬師堂、文殊堂、経蔵からなる小規模な寺院を建立し、一乗止観院と名付けた。この寺は比叡山寺とも呼ばれ、年号をとった「延暦寺」という寺号が許されるのは、最澄の没後、弘仁14年(824年)のことでした。
時の桓武天皇は最澄に帰依し、天皇やその側近である和気氏の援助を受けて、比叡山寺は京都の鬼門(北東)を護る国家鎮護の道場として次第に栄えるようになったのです。
wikipediaによれば最澄の教え、苦難が以下のように書かれています。
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延暦21年(802年)、最澄は還学生(げんがくしょう、短期海外研修生)として、唐に渡航することが認められ。翌々年、遣唐使船で唐に渡った。最澄は、霊地・天台山では天台大師智顗(ちぎ)直系の道邃(どうずい)和尚から天台教学と大乗菩薩戒、行満座主から天台教学を学んだ。また、越州(紹興)の龍興寺では順暁阿闍梨より密教、翛然(しゃくねん)禅師より禅を学んでいる。このように天台教学、戒律、密教、禅の4つの思想をともに学び、日本に伝えた(四宗相承)ことが最澄の学問の特色で、後に延暦寺から浄土教や禅宗の宗祖を輩出した源がここにあるといえる。
延暦25年(806年)、日本天台宗の開宗が正式に許可されるが、仏教者としての最澄が生涯かけて果たせなかった念願は、比叡山に大乗戒壇を設立することであった。大乗戒壇を設立するとは、すなわち、奈良の旧仏教から完全に独立して、延暦寺において独自に僧を養成することができるようにしようということである。最澄の説く天台の思想は「一向大乗」すなわち、すべての者が菩薩であり、成仏(悟りを開く)することができるというもので、奈良の旧仏教の思想とは相容れなかった。当時の日本では僧の地位は国家資格であり、国家公認の僧となるための儀式を行う「戒壇」は日本に3箇所(奈良・東大寺、筑紫・観世音寺、下野・薬師寺)しか存在しなかったため、天台宗が独自に僧の養成をすることはできなかったのである。最澄は自らの仏教理念を示した『山家学生式』(さんげがくしょうしき)の中で、比叡山で得度(出家)した者は12年間山を下りずに籠山修行に専念させ、修行の終わった者はその適性に応じて、比叡山で後進の指導に当たらせ、あるいは日本各地で仏教界のリーダーとして活動させたいと主張した。このような菩薩僧を養成するための大乗戒壇の設立は、最澄の死後7日目にしてようやく許可となった。
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こうして創建された延暦寺。
その後著名な僧達を次々と輩出。
源信(恵心僧都、942-1016)『往生要集』の著者
良忍(聖応大師、1072年-1132年)融通念仏の唱導者
法然(1133年-1212年)日本の浄土宗の開祖
栄西(1141年-1215年)日本の禅宗の開祖
道元(1200年-1253年)曹洞宗の開祖
親鸞(1173年-1262年)浄土真宗の開祖
日蓮(1222年-1282年)日蓮宗の開祖

こうして不動の地位を得た延暦寺。

その権力、武力は年を追うごとに強まり、
強大な権力で院政を行った白河法皇をしては「賀茂川の水、双六の賽、山法師。これぞ朕が心にままならぬもの」と言わしめました。
しかし織田信長の焼き討ちなどに合い、現在まで三回焼失をしています。

見所は「三塔十六谷二別所」です。
東塔-北谷、東谷、南谷、西谷、無動寺谷
西塔-東谷、南谷、南尾谷、北尾谷、北谷
横川-香芳谷、解脱谷、戒心谷、都率谷、般若谷、飯室谷
別所-黒谷、安楽谷

ここでは東塔のみ紹介します。
・東塔地区における中心的な建物は延暦寺の総本堂にあたる「根本中堂」です。
「根本中堂」は日本で三番目に大きい木造建築であるといわれています。
   国宝。
    本尊の前には菊の紋章の描かれている六角形の三個の釣灯籠があり、菜種油が燃焼するほのかな光を放っている。これが延暦寺創始以来1200年間消えたことがないという「不滅の法灯」として有名です。

・文殊楼
    ここには中国五台山の霊石が埋められているといわれている。急勾配の階段を上がった楼上には文殊菩薩が祀られてい増す。

・大講堂
    ここは僧侶の学問修行のための道場とされている。 
 「大講堂」の本尊は大日如来であり、脇には聖徳太子、桓武天皇をはじめ、法然、親鸞、道元、日蓮など、一宗の祖師の木像が安置されています。
重要文化財に指定。

・戒壇院
天台宗の僧が住職になるための必修の条件である大乗戒(規律)を受ける堂で、年に一度授戒会が行われる。このためか「戒壇院」比叡山中でも最も重要な堂の一つ。
重要文化財に指定。

・阿弥陀堂
    ここは滅罪回向の道場であり、全国壇信徒各家の先祖を祀っている。

・法華等持院
・山王院
・浄土院
・無動寺谷

なおこの記事は延暦寺公式サイトとwikipediaを中心に調べました。

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