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October 31, 2004

ハローウィン


10月31日の夜は子どもたちがお化けの仮装などをして、近所にお菓子をもらいに歩くハローウィンの日です。
よく外国のテレビや映画で見た事があると思います。
もともとはアイルランドの収穫を祝う風習から始まり、仮装をして子どもたちがイタズラをして遊ぶ現在のような形になったそうです。
日本ではあまり馴染みのない行事ですが、ここ近年は近くの子どもたちが集まって、ワイワイガヤガヤ楽しんでいる姿を見かけます。
以前、私の住んでいる団地でも5〜6年前から始まり、この頃はすっかり市民権を得ました。
また、昨年あたりから10月31日にこだわらず、近くなった土曜日とか日曜日にやっている風景もあって、なんだか日本人らしくて柔軟と言うか微笑ましいです。
なにはともあれ、大いに楽しむ機会や経験はいいことです。
是非、子どもたちと楽しい夜をお過ごしください。

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October 28, 2004

難しいことを教えてほしいんだよ

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ゆとり教育の中で、
現実に子どもたちが、今どのように対応しているかを、算数の授業を紹介する中で考えていきたいと思います。
小学校の算数は「計算」ばかりしているな、、、というのが私の感想が、子どもたちの方は、さらに深刻に受け止めています。
先日も6年生の男子に「比」を教えていたときのこと、
「二つのリボンがあって、その長さの比は2対3である。小さい方の長さは40cmなら、大きい方は?」
「三角形の三辺の比が3対4対5である。三辺の長さの和は45cmである。それぞれの長さは?」
こういった問題が出題されるとします。
以前の子どもたちは、「比」そのもの概念にずいぶん時間をかけていたのですが、今の子は時間がかけられていないので、同じように教えていてはピーンと来ないのです。そして、さらに驚いたことには、問題のプリントの上に、やり方が示されています。A/B×C、A/(B+C)×D、、、
子どもたちは、当面の問題が「どのパターン」か理解するために私のところに聞きに来るのです。
一つ一つの問題に正解を得たとしても、
子どもはいつも不安なのです。
だから、一回毎、私に聞きに来ます。
「これでいいのですか?」と。

我が子が、中学二年生の時、私にこういいました。
「母さん、僕勉強がわからないのだよ。」
「ええ?どういうところが?」
「勉強をしていてちっとも面白くないんだ、、、前は、勉強をしていたら、ドンドン難しいことがわかって、すごく楽しかったのに、今は、学校の授業がすごく曖昧で、中途半端で、まるで出口のないトンネルの中にいるみたいなんだ。」と。
また、こうも言っていました。
「この頃、考えれば、考えるほど、正解から遠のくんだよ」と。
私は我が子に対しては、教えない、見ないことにしていたので、その時まで彼の悩みはわからなかったのですが、話を聞いてみて、教育の本質は「未知への挑戦」だと改めて確信しました。
子どもは「勉強ができるようになりたい」「わかりたい」「さらに上を目指したい」のです。
この要求自体は健全なものです。
子どもたちの声を聞きながらさらに私は考えました。

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入試問題を楽しむ

〜〜よ〜く見れば楽しい入試問題〜〜
と、いうタイトルで、もう一つのブログ「瀬戸智子の枕草子」に、
高校入試問題の過去の問題を載せたことがあります。
このとき、かなり反響があって、「はやく答えを教えて、、、」とメールが飛び込んで来ました。
そこで、イマドキのほうにも、載せようと思います。
興味のある方は、是非問題に挑戦してください。

=======
京都教育大学教育学部附属高校(なが〜〜い)のH12年度の数学の問題。
著作権に引っかからないとは思いますが、ちょと変えて硬貨ということにして紹介します。(本当の試験はコイン。)

「はかりで偽物の硬貨を見つけたい、偽物は軽いか、重いか分らない。はかりは上皿天秤で目盛りも分銅もない。さらにのせた両方の重さの軽い、等しいがわかるだけである。
1,三個の硬貨のうち一つだけが偽物である。二回以内の計量で見つけられることを示せ。
2,八個の硬貨イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チがある。この中に一つ偽物がある。
イ、ロ、ハ、ニ、と、ホ、ヘ、ト、チの四個づつに分けて、重さを計ったら、イ、ロ、ハ、ニの方が重いことが分った。あと二回の計量で偽物がわかることを示せ。」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


どうですか??面白いでしょう?パズルみたいで。
ちなみに私は分りませんでした。一晩考えたけれど。
解答は後日のせます。
しかし、こんな問題、解ける受験生いるのだろうか、、、限られた時間で。
しかも問題はこれだけじゃ無い。
私が採点者ならこの問題を解けただけで文句無く合格にします。

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October 26, 2004

天知る 地知る 人知る 我知る

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ありのままでいいんだよ。
自然のままで。
見栄なんてはらなくてもいいんだよ。
ありのままの自分が、一番いい。
自分を受け入れることが、一番大切だよ。
自分のことって、一番わかりにくいから、
見えないこと、イライラすることって多いけれど。

なにしろ自分のことって、わかるのは一番最後だから。
天は知っている。あなたのこと
地も知っている。あなたのこと
人も知っている。あなたのこと
ほら、最後に自分で自分のことを、わかり受け止めてあげたいなーーー

ありのままでいいんだよ。
そのままで。

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October 25, 2004

正多面体

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「先生、きょう、何するの?」
実験算数の挨拶は子どもたちのこの声から始まります。
「今日はね、立体を作るけれど、折り紙で三角形を作ってから組み立てるの。」
「ふーーーん。おれ、どっちかっていうと紙飛行機の方がいいな、、、」
「だめ、そんなこというと放り出しちゃうぞ。」
「へい、へい。」
ということで、はじめは大変。折り紙を渡して、それから、折り方を書いたコピーを配って、一人一人が勝手に自分のことしか言わない。
「ええエー、どうやって折るの?」
見もしないうちから聞いてくる子。
とにかくやる子。
ひそかに(?)紙飛行機を折るやつ。
「作ってしまえば簡単なことだから、その折り方を見て、自分で出来るかどうかが今日の課題だからね。」
と、私はひたすら子どもたちに「自分でやれーーー」といいます。
そして、15分くらいすると女の子の一人が「先生、これでいい???」
「おオーーー見事に成功。」
もう一人の男の子から「先生、ここって、こうしたらいいんじゃないの?」
と、新しい見解まで出してくれる素晴らしさ。
「ああアーーー君は偉い。そうだよね。ふんふん」と私。
あっちからもこっちからも、「これでいい??」の声がこの頃からあがります。最初に出来た子は。まだできていない子に出張で教えに行きます。
いい感じが漂う、、よしよし。
それから、さらに20分くらいで、ようやく多くの子が「正四面体」を手にすることが出来るようになりました。まだ仕上がらない子も、やり方はちゃんとマスターできたようです。
それにしても、いつも思うことは最初はグチャグチャにやっている子(紙飛行機を折っている不埒なやつ?)も終わり近くなると、本気になって、真剣に取り組むことです。
「なんで、もっと早くからやらないの。」と私はその子たちに愚痴の一つ二つを言いますが、そしらぬ顔でやります。
「何が、できるか、」を示して、実際に作り、出来上がる。その達成感を味あうことは次に繋がることだと思います。
まだまだ、私自身に残されている課題もいっぱいありますが、ゆっくりとやっていきたいです。
子どもは、本当はわかりたい、自分でやりたいものなのです。
三角形のユニットを作り、それをもとに正四面体や正八面体作り。
最初は「折り方」に戸惑っていた子たちも、方法を理解すると、ドンドンやりだします。自分の目の前で立体が出来ることはとても楽しいようです。
美しい色使いを考えながらピラミッド型の正四面体を作り上げました。
目の前に出来上がった作品は、彼等の自慢であり自信でもあります。
尚、作り方は、
瀬戸智子の実験教室に載せていますので、是非挑戦して下さい。

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男の子と女の子の学習能力

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男の子は算数理科が得意で、女の子は国語や社会が得意。
よく言われることですが、果たしてそうでしょうか?
確かに私がいままで見てきた子どもたちの多くは、
「男の子は暗記が苦手」「女の子は空間把握が嫌い」という傾向はありました。
ただし、いつも書いているように例外もいっぱいあるのです。
正確な言い方をするなら、七割くらいは当てはまる、、、ということでしょうか。
それよりも、低学年の場合は、兄弟の有無、兄弟の性の構成の方がその子に与える影響は大きいような気がしました。
例えば、上の子がお兄ちゃんである場合、お姉ちゃんである場合、性格や行動はかなり違います。
(下の子が弟か妹かはあまり関係ないようにも思います。)
やはり、上の子のすること、なすことをみて大きくなる、親が上の子に言っている
ことを見ながら育つからでしょうか。
以前、「子どもは親の鏡」「育てたように育つ」と書いたことがありますが、
男の子、女の子についても同じだと思います。
下の子は上の子をみて育っています。
私は兄弟、姉妹を預かることが多いのですが、本当に「ソックリ」です。
親からみたら「一人ひとり個性がちがう」と思っていることでも私からみたら、あるいは大きな集団の中では「同じ」です。
上の子がお兄ちゃんで、暗記の科目がキライとします。弟も同じように「僕、社会嫌い、」というのです。
上の子が女の子で、算数が苦手とすると、下の子も算数があまり得意じゃないと思い込んでいます。
本人の能力より周りの環境の方が大きいと感じます。
勿論、成長とともに明らかに男女の差が出てくるように、「脳の構造」が違うという生物学的な差もあるのは事実です。
しかし、私は後天的なもの、つまり環境のほうが大きいと思います。
もうすぐ、一年生になる子どもたち。
沢山いると思いますが、どうか暖かくやさしく、長い目で子どもたちに接してください。
子どもは育てたように育ちます!!!
(あすなろ通信より)

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October 22, 2004

親と子ども

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子どもの時間感覚は、大人と違うのは、言うまでもありません。
よく大人になるほど、時間はすぐ過ぎるというのは正しいような気がします。
とかく慌ててあせる親は、「早くしなさい」しか我が子には言わない。
子どもは「う〜〜〜〜ん」と返事するも、それがまたゆっくり。
「何をしたいの?はっきり言いなさい。黙ってばかりじゃわからないじゃない、、、、」
ポンポンまくしたてられても、子どもは何も言えない。
「えっ???なに言いたいの?」
「そんなにいっぺんに言わんといて、、、」
と、いうのがやっと。

私は子どもに勉強を教えるとき、それに先立ち、保護者の方と面談をします。
子どもを脇において三人で向かい合って座ります。
「お名前は?」
「○○です。」と、お母さん。
「今、何年?」
「○年です」と、お母さん。
「好きな科目は?」
「先生、この子国語が全然ダメなんです」と、お母さん。
「先生、どうしたらいいでしょうか???ビッチリしごいてください。よろしくお願いいたします」とお母さんは続けます。
そして最後にお母さんのとどめは、我が子に向かって、
「ほら、あんた言わんかい。先生が聞いていらっしゃるだろう」
^^;
^^;
^^;
そっ、そんなぁ おかあさん、、、むたいな。
その間も、子どもはボッーとしています。
多分、よそのことを考えているのでしょう。
そりゃ、そうです。
母親がみんな言ってくれるのだから。
以前は、私は、そんなお母さんに向かって、
「おかあさん、私はお子さんに聞いているので、ちょっと黙っていてください。」ということをやんわりと母親に告げていましたが、この頃は、母親に話をしてもらうことにしています。
なぜなら、それが母親のカタルシスだから。
お母さんが帰っていかれたら、それからじっくり子どもから話を聞けばいいことだと思うことにしています。
ただ、子どもの前で、お母さんを注意することがよくあります。
それは、母親にしたら心配の種であり、また日本人的感覚から謙遜なのかもしれませんが、我が子をけなすときです。
「うちの子はここと、ここが出来なくて、、、」
と我が子の前で滔々と話す親にはストップをかけます。
「おかあさん、お気持ちはよくわかります。お子さんがとても大切という。
しかし、けなしてはいけません。絶対に。
大丈夫です。素敵なところがいっぱいある子ですよ、、、、」
と、母を叱りながら、子どもを励まします。
その時、子どもは今まで下を向いていても、目がキラリと輝きます。
子どもは、「褒めて」欲しいのです。
「認めて」欲しいのです。
それも、一番見近な親に。

面談する度に、「子どもの心のやわらかさ」を思います。
忙しくなった大人たち。
どうか、もう一度、子どもの柔かな心に寄り添って上げてください。
子どもは待っていますよ。

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October 21, 2004

鉄1キログラムと綿1キログラム

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中学一年生と一緒に理科を勉強をしました。
今回の範囲は「物質の状態変化」と「密度」
私はこの分野ではいつも子どもたちに初めに聞きます。
「鉄1kgと綿1kgではどっちが重い?}
「鉄!!」
子どもたちはいつも、張り切って答えます。
「ええーーー、もう一回聞いてよ、、、」
と、私は同じ質問をします。しかし、子どもたちはまだ真意がわからず「鉄」と答えます。
しばらくして、「ああ、、同じ」とわかるのですが。
そこから、私は密度というものを教えていきます。
ただ、ここで私はいつも思うのですが、子どもたちの答えは確かに違っている。しかし、感覚としては正しい。だれだって鉄の方が重いと思う。
実際、密度は大きいのだから。
算数の3ページのコラムにも「科学と魔術」として、人間の持つ感覚の正確さと不確かさを書きましたが、この二つのバランスから科学は進んでいると思います。
子どもたちの感覚は正しい。
大人でもふとしたときに錯覚に陥ったり、すぐに答えることができない。
しかし、よく聞けよ。こら!
と、思った次第です。
(あすなろ通信改変)

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いじめ

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子どもたちと一緒に勉強をしているといろんなことが耳に入ります。
先日からとても気になっていたのは、「いじめ」についてです。
高学年(4年生以上)になると、男子も女子も全部と言って良いほど「いじめ」を経験しています。
不思議なことにみんな「いじめられている」という立場での発言なのですが。

「どんな風にいじめられるの?」と私が聞くと女子の多くは
「口を聞いてくれない」「無視される」「こんな事も知らないのと馬鹿にされる」「影で悪口を言われる」というものが多いようです。
男子は「女子にいじめられる」「女子に蹴られる」というのが多くて、ちょっと笑ってしまいました。

まあ、昔から「いじめ」っていうのはあったとは思うのですが
ただ、今の子と昔の子のやり方は明らかに違っているのは確かです。それと、先生、大人を、そして友達を信用していないと言うのも残念ながら本当です。
「昨日は友達だったのに、今日はしゃべってくれない」なんて言うのは日常のようです。誰もが不安を抱えながら友達付き合いをしています。
「先生に言わないの?」なんていう問いは全くの愚問です。
だれも先生にも、親にも本当の所は言いません。
自分で抱えて、そして、つたないながら自分で納得して処理をしています。
本当にけなげ、、、子どもってモンスターのような大きな悩みを
持ちながら必死に頑張っています。
「学校に行くのはいやーーー」ってみんな思いながらそれでも
「学校に行く」とも言っています。その理由は「いかなければならないから」という消極的なものですが、子どもたちの顔はそんなに暗くはありません。なぜなら、「いじめ」の悩みはみんなが持っていることを知っているからです。
「自分だけがいじめられているのではない」という妙な連帯感があります。「強い子もいじめられている、、、」と言う事も知っています。
子ども自身も「いじめられている自分」とその裏にいる
「いじめている自分」のことを認識しているようです。
本質は深いのですが、子どもの逞しさには教えられます。
(あすなろ通信より抜粋)

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October 19, 2004

光っているよ子どもの感性

子どもって本当に面白くて大好きです。
大人では決してしないような反応とか、返事が返ります。
その度に一瞬は???
そのあとは、爆笑の連続。
先日、作文教室の時の話
一人の男の子が、
「先生、今日は早く帰りたいのです。」
と言います。
私は「なぜ?」と聞きます。
すると彼が、
「これからソロバンに行きたいから。」
と言うのです。
そこで私が、
「そうか、、、じゃ、この足ですぐに行くの?」
すると彼がすごくまじめな顔で
「いいえ、、、サンダル履いていきます。」
「はああーーーー」^^;
とっさのことに初めは分からなかった私。
ようやく理解してから、
私はしばらく涙を浮かべて笑い転げました。
当の本人はどうして私が笑い転げているのかわからないのは言うまでもありません。

子どもの反応って新鮮でおかしくて思いもよらないくらいユニークでいつも笑わされます。
子どもから教えられることばかり。

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October 18, 2004

折り紙の奇数等分の方法

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折り紙の三等分の方法について、先日子どもたちの声をお届けしました。
そこで、今回は。折り紙の奇数等分の方法を示します。
相似の比を使って、1対2の三角形を上と下に作ります。
すると、辺の比は全て1対2になるので、
一つの辺を1対2に内分することが出来ます。
その内分点で、おると、
一辺を三等分する事が出来ます。
この方法で、
五等分や七等分にも挑戦してください。

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感動は行動の指導力

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昨日17日、絵本研究家の高山智津子さんの講演を聞きに行きました。
高山先生は、今年74才で、
小学校の先生をなさっていたとても元気な方でした。
関西弁で、ペラペラと話され、まるで漫才を聞いているように楽しくて、アッと言う間に時間が過ぎました。
そもそも、先生が絵本を、授業の中で取り入れ、子どもたちに読ませるようになったきっかけは、
今で言うなら「学級崩壊」でした。
子どもたちは、落ち着きなくイライラ、ガヤガヤ。
どうにかして、子どもを黙らせようとして、はじめたのが「絵本の読みきかせ」だったそうです。
はじめは、その世界に入り込めなかった子どもたちも、次第に聞き入るようになり、
教室は落ち着き、授業が速やかに進んでいったそうです。
当初、絵本を授業中、取り入れることに反対した親たちも多かったそうです。
そんな、あんなの苦労話をなさりながら、
新刊の絵本、大好きな絵本、ためになる絵本などを、一つひとつ丁寧に紹介してくださいました。
絵本というと、子どものものと思いがちであるが、決してそうではない。
絵本は、文学の、絵画の、哲学のそして人生の入り口であると言われました。
「感動は行動の指導力」であることを、何回も言われ、
いくつになっても感動することの大切さを教えて下さいました。
とても素敵な時間を持つことが出来、楽しい経験をしました。
ここで学んだことを、また子どもたちに伝えていけたら、、、と思いながら帰途についた私です。

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それぞれの巣立ち

あすなろ通信で、掲載した合格体験記、4人分を載せました。
これを載せたときは、かなり反響があり、多くの方から、電話やメールをいただきました。
内容の主は、
「みんな同じだ。自分だけじゃない、、、」
という共感でした。
今回、ブログに転載することで、さらに多くの受験生や家族の方が読んでくださればと思いました。
それぞれ5回分と、ちょっと長いのですが、一人ひとりの悩みも掬いながら書きました。
是非、ご覧ください。
子どもたちの、それぞれの巣立ちを。

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合格体験記 M君の場合その5

その4より

入試まで、二ヶ月を控えてM君もみんなと同じように緊張をしだしました。
以下はM君のお母さんと私の会話です。
「おかげさまで、本当に落ち着いた息子ですが、やっぱりストレスが溜まるのか妹にあたるのですよ、、、」
「そうですか、、、ずいぶん、落ち着いてきたのに。やっぱり緊張をしているんですかね、、、」
「ええ〜,小さい頃からそうなんです。なにかあると妹にあたるから、つい親の方もあなたはお兄ちゃんでしょ、ということでしかっていたので、妹に対して、なにか複雑なものをもっているんですよね、、、」
「う〜〜〜ん、それはわからないけれど、クラブでも女子の部員のことは結構悪口言っていたし、先生も女の先生の方が苦手みたいでしたが、Rさんのおかげで随分変わりましたよ。」
「そうです。本当に。Rさんのおかげです。
ただ、このごろ、妹に対して、暴力を振るうからこっちもつい言わなくていいことを言ってしまって、、、」
「今が、一番、緊張をするときだから、みんな同じです。あと、二ヶ月。おわればあんなこともあったと笑って話せますよ。」

そうなんです。M君は随分落ち着いてきたもののやっぱり最終的には自分と向き合うときに、しばらくは方向を見失いました.
私は,なるべく時間が有るときに電話をして,お母さんやM君を励ましました.心の支えが何より大切と思ってからです.

入試は,無事に合格して嬉しい電話があってからも,お母さんはしばらくM君の事を心配していましたが,,,
それは杞憂でした.

誰でも,緊張したときは不安になるし,まわりに当たることもあります.
大切なことはそれを理解して見守る暖かな環境が必要だということを私は強く感じたM君との体験でした.

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合格体験記 M君の場合その4

その3より

将来の夢がいっぱいあるM君.
獣医になりたい,
犬の調教師になりたい,
お花の園芸家になりたい,
優しいM君の夢はつきません.

Rさんが卒業をして淋しくなったM君ですが、後輩のY君、 T君がとても愉快な子だちで何故かM君と気があい、三人の子どもたちはそれぞれに勉強を楽しくやっていました。
そんな中で迎えた夏休み。
後輩たちが「夏休みの自由研究」で悩んでいたとき、M君がいろんなアドバイスを彼らにしているのです。
将来の夢がいっぱいあるM君だから、実は豊富な知識が山積みでした。
「へ〜」
「ほう〜」
まるで今はやりの番組みたいに私たちはM君の蘊蓄に感嘆の声をあげていました。なかでも彼は「武器」について詳しいのです。
広島の原爆資料館に行ってショックを受けたことがきっかけで「戦闘機や潜水艦、核兵器に興味を持った」ということです。
私たちはいつも彼から教えられてましたが、M君にとってもそれは自信に繋がっていきました。
一年判前に初めてやって来たときに比べると本当に落ち着いて、また他人への興味も出てくる中で自己本位な考え方がなくなり、将来の自分の設計も確かなものをつくっているM君。
成績も少しづつ上向きになりました。
社会の成績が特に伸びたように思います。
二学期の最後の懇談では志望校も決め、いよいよ、入試まで、二ヶ月。
もうすぐ、君の春は来る。

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合格体験記 M君の場合その3

その2より

M君は学校ではみんなの人気者でした。
優しい性格なので、ついみんなにからかわれます。
すると、落ち込むのですが、その格好がおかしくてまたみんながちょっかいをだします。
「あ〜,僕ってだめなんだ、、、嫌われているんだ、、、」と思って劣等感に苛まされるのです。
クラブの先輩のRさんが学校でのM君のことを話してくれて、はじめて私は彼の態度に合点がいきました。

すぐに結果、解答を求め自分中心のM君のことが少しわかってきました。
「そうか、、、M君にとって、必要なことは話を聞いてあげることだったのか、、、」
私はRさんとなるべくM君が同じ時間になるようにスケジュールを作りました。
そして、Rさんも含めて三人でいろんな話をしました。
クラブのことや音楽、スポーツ、趣味、、、
たいていは私とRさんが聞き役になってM君が話します。
その話がなかなか楽しくて私たちは大いに笑わされました。
もちろん、劣等感はそうそうたやすく克服はできません。
私は更に考えて「落書きノート」を作りました。
すると、どうでしょう。
ノートは先生の悪口や友だちの悪口で瞬くまにうまってしまいました。
「これは、やめたほうがいいかな?」と悩んでしまうくらい、悪口でいっぱい。
しかし、あの自分中心で、セカセカ急いでいたM君がグーーンと落ち着いてきたのです。
「書く」ということで自己表現の手段を手に入れたM君なのでしょうか。また、自分を認めてくれる人がいるということの安心からでしょうか。
カッコウイイところを見せようと焦ればあせるほど失敗してみんなに笑われていたM君。
先輩であるRさんがやさしく聞いてくれることが彼には大きな力付けになったのです。
最初、私にはわからなかったのです、、M君の真の声を。
「ぼくのことわかってください」と発していた声を聞き逃していた私に彼はイライラしながら「なんでですか」になっていたのですね、、、
いつもながら、一人ひとりの子どもたちの表現の違いを思わされます。
また、友人というかまわりの暖かな環境も有り難いものだと思います。
そして、一年は過ぎ先輩は卒業。
いよいよM君の本格的な勉強が始まります。

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合格体験記 M君の場合その2

その1より

「なんでですか」M君は、私が「別の所に行く?」と言ったら、予想通り「なんでですか?」と言いました。
「あのね、、M君。答えを教えることは簡単だよ。でも。同じ問題が出るはずないでしょう?大切な事は考え方の道筋なんだよ。いい?勉強って基礎が一番大事なんだよ。」
「?」
今度は「なんでですか?」は出ませんでした。本人はサッパリわかっていない様子。
それでも、別の所に行くのは嫌だと言います。
「ここにいたい、、」というのです。
「うーーん、じゃ、どうして答えをそんなに求めるの?なんでですか?」
こっちが逆手にとって聞きました。
「?」
今度は返事がありません。
「なんでですか?」を先に言われたからかな、、、と一人でほくそ笑んでいたら、相手はもっと上手でした。
「質問の意味がわかりませ〜〜ん」
「(〜_〜;)」
まけた。
M君の言うとおり。
答えを求めることはしごく当然。当たり前のことです。こんな質問をした私がバカだった。
相手は手ごわい。
M君と私の対話は、お互いに相手のことがわからないのです。どんなに話し合ってもわからない。むしろイライラが募るだけ。(当時バカの壁と言う本が無かったから、私は話し合えばわかると思っていた)
ただ、M君のかたくな態度に不審を持ちました。
それこそ「なんでですか?」と言う感じで。
あんなに人の言うことに耳を貸そうとせず、ひたすら自分のことだけで精一杯のM君。どうすればいいのだろう、、、

そこで、私は作戦を変えました。
ひたすら彼の言うように答えをのみ教えました。
どうだ、これで満足か、、

と、思いきや、しばらくしたら言うのです。M君が。
「なんで、こんな答えになるのですか?さっぱりわかりません」
「(>_<)」
だれか、、、たすけて!!
おまえだろう、、答えだけ教えろっていったの、、、
これは、私では手にあまる。私は心の専門の勉強をしていないから、「勉強以前」に何かある子に対応するのは怖いのです。以前の経験から(「今、あの子たちは」に掲載)
本当にどうしよう、、、と困っていた私に救いの手が伸びました。
それは、M君と同じクラブの先輩で、当時私の所に来ていたR

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合格体験記 M君の場合その1

M君を見て、私は考えさせられました。
「自信」について。

M君は優しい少年です。
いつもおどおどしていて、劣等感の固まりの少年でした。
容姿、そして、成績、次に才能。
この三つについて相当コンプレックスを持っています。
私が、最初に彼を教えたのは中学一年生の時でした。
フラリと我が家にやってきて、
「あの、Mですが、、、今日から勉強教えてください。」
いきなりの登場にビックリ。
「あ〜〜〜.M君ね、、、」
登場も驚きましたが、その雰囲気が独特でした。
自信がな〜〜いと顔に書いてあります。
ビクビク、オドオド。
「M君、まぁ、座って、ちょっと話をきかせてね。」
「なんでですか?」
「はぁ?」と私。
予想もしない返事が返って、ちょっと戸惑いました。
「いや、、みんなに聞いているのよ。どんな感じかって?」
「なんでですか?」
「はぁ?」またしても、私は次の句が出てきません。
「なんでですかって、いわれても、、、」
「だ・か・ら・なんでですか?」
「(〜_〜;)」
初めての勉強は「なんでですか?」で終わりました。

あとからM君を知っている子どもに尋ねたら
「M君、変わり者だから、、、」
「う〜〜〜ん、確かに。」
これはなかなか手強い。

なんでですかM君は、一人で焦っているのです。
だから、私の最初の人定質問のようなことは、時間の無駄なのです。
ズバリ、答えのみ教えて欲しいのです。
Mくんが求めているのは答えだけ、ということが分るまでに相当の時間が必要とされました。
当初、私はそんなことはわからないから、みんなと同じように、問題を解くとき、それに関連した基礎も教えます。
すると、出るのです。でるのです。
「なんでですか?」
「(〜_〜;)」
「だから、答えはナンですか?」
そっ、そんな、いきなり答え出せなんて。
これは、私の教育方針と違うから、、、
ある日、思い切って言いました。
「答えをすぐに出して欲しいのなら、別の所の方がいいよ。」

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合格体験記 H君の場合その5

その4より

二学期の最終懇談でT高校の受験切符を手にすることの出来なかったH君。
相当に落ち込んでいるかと思いきや、本人は相変わらず、飄々としています。
「大丈夫?」
「うん、もしダメなら他にするは、、、」
「いいの??」
「うーーーん。」と言う会話を何回も冬休み中に行いました。
「まぁ、とはいえ、こんなこと言ってても始まらないから、勉強しようか、、、」と、いうことで、冬休み中もやっぱり徹底的に基礎問題の見直しをしました。
応用力をつけるにはやっぱり、最大の近道は基礎練習、基礎学力の向上だからです。
もういちど、数学の計算、方程式、関数、図形を教科書野問題を使ってやり直し。しかも、同じ問題を二回は解きました。
英語は一年生の教科書を暗記。特有の言い回しや、日本語にはない「前置詞」や「冠詞」を自然に身につけるためです。
理科は、苦手の「天気、気象」を勉強しました。
公立の試験は三月の初めなので、暗記の科目は問題を解きながら覚えていく方法でまだ間に合います。
こうして、冬休みも「基礎」を中心に勉強をしたH君。

三学期の初めに志望高校の願書を提出しなければなりません。
さんざん、悩み、担任も心配してワンランク下げるようにアドバイス。
しかし、意外にもH君の意思はかたくT高校をガンとして譲りません。
結局、私立も受験することで、担任はT高校の受験を認めてくれました。
さぁ、願書は提出され、骰は投げられました。
天然ボケで、いつもニヤッと笑いながら照れているH君。
しかし、その実彼はとても意思の強い少年でした。
親の手伝いをして、妹や弟の夕飯を作っていました。
クラブも一生懸命にやっていました。
そうです。彼はその時々で力いっぱい、物事に取り組む少年だったのです。

もちろん、T高校には合格しました。
そして、今は専門学校を出て、板前さんです。
与えられた自分の人生をサラリと受け止め、一つひとつを丁寧に対応していくH君。
彼からは学ぶべきものがいっぱいありました。
H君、素敵です。頑張ってください。

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合格体験記 H君の場合その4

その3より

本格的に勉強をしなければならない中学三年を迎えてもH君の来る回数は今まで通り。
時々心配して電話をかけますが、相変わらず、ノホホンとしています。
大丈夫だろうか、、、T高校。

一学期も終わり、いよいよ夏休み。
クラブももう三年生は引退です。
この頃からH君は、真面目に私の所に来るようになりました。
彼もいよいよ臨戦態勢か?

まず、数学を勉強。一、二年の復習をなんとかこの夏休みで終わらせたいと考えたからです。
今まで、クラブで鍛えた根性と、家での献身的にお母さんを助けている素直な性格のおかげか、スイスイと身に付いてくるのです。
数学の計算も間違わない、方程式も立てられる、関数もわかる。図形も理解できる。ドンドン先に進んでいきました。
英語も単語を覚えることは呻吟しましたが、文法の理解は優れています。
理科は第一分野は、すぐに納得。第二分野はそこそこ。
社会や国語も少しづつ進みました。
全体から見たら、夏休み前と比べて大きな、大きな進歩でした。
本当に頑張りました。
朝から夕方まで、しっかりスケジュールを決めて勉強している姿は立派でした。
T高校を目指すに十分な力はこれからの半年で付く、と私は確信しました。

ところが、二学期の成績は、そうそう「いいもの」ではありませんでした。
やはり、基礎力不足。
やったことや、簡単なことは出来る。
しかし、変化球で来たときに、対応できないのです。
応用力まで力は発揮されません。
勉強は一朝一夕ではできない、ということでしょう。
二学期最後の懇談会で、H君は「T高校受験の切符」を手にすることは出来ませんでした。

こうして迎えた冬休み。
もう、時間はありません。

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合格体験記 H君の場合その3

その2より

さて、このH君。
勉強に来れば、やっぱりボッーと座って、分っているのかわからないのか。
何を聞いてもニヤッ。
オイオイ、大丈夫?

中間試験が終わったとき、みんなで答えあわせ。
社会の地理は、中部山岳地帯の一つの山脈の名前を問う問題が出題されました。
同じ学年の女子はワイワイ言いながら
「木曽山脈」
「ええ、、飛騨山脈じゃないの」と言って騒いでいました。
二人はそばにH君がいることに気がついて
「ねぇ、H(女子は男子は呼び捨て。男子は女子のことはサンづけ)なんて書いた?」
H君はボソッーと
「アルプス山脈」
「(〜_〜;)」「(*_*)」「(@_@)」
周りにいたみんなは唖然。
「どうして、アルプス山脈って思ったの?」
「だって、日本アルプスっていうから、、、
そうじゃやろ?あの辺って日本アルプスっていうじゃやろ?」
「(@_@)」「(〜_〜;)」
ボソッと言うH君。なんとも憎めなくてみんなは大笑いするのですが、本人は何がおかしいのか、いまひとつ分っていません。
家では、兄弟の面倒を見ながら、クラブも頑張っているH君。
私の所は休みがちですが、それでも来れるときはいつも嬉しそうにやってきます。
たぶん、家では勉強を全然していないだろうと、思わせるような成績しかとってはきませんが、、、

こんなH君もいよいよ三年生。
「H君。志望校どこにする?」
「T高校。」
T高校、それはH君の学力ではちょっと、大変。
「お母さんはどう言われているの?」
「別に、、、」
そうだろうな、とは思いましたが、一応きいておかないと、
ただ、Hくんはお金のかからない公立のT高校といったのだろうな、、、とは思いました。
「そうか、T高校ならちょと気合い、いれんと、、、」
「うん。」
「なるべく、私の所には来るんだよ。今までのように休まないで。」
「うーーーん」ちょっと暗い顔をしたH君の返事が小さく返ってきました。

次回に続く

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合格体験記 H君の場合その2

その1より

H君のお母さんが我が家にやってきたのは、パートの休みの日。
初めてお会いした時と印象は変わらず、「淡々」としていました。
「H君、時々約束の時間に来ないことがあるんですよ、、、」と、話を切り出した私に、お母さんは顔色一つ変えず答えます。
「そうですか、、、ご迷惑かけて、、、」
「忙しいのでしょうか?クラブ?」
「さぁ?」と、興味なさそうに言います。
「家ではどうですか?」と私。
「いやぁーーそれが知らないのですよ。遅くまで働いているので。
ご迷惑おかけしています。」と今度は恐縮。
「いえいえ、それより、お母さんお仕事忙しいのですか?」
「ええ〜〜」ちょっと、戸惑い気味に言おうか言わないでおこうか、逡巡したあげく
「実は、主人が仕事をやめたのです、、、」
と、言う言葉を皮切りにドンドン(今度は堰を切ったように)話し出しました。
それによると、お父さんは、すぐに仕事をやめて、ブラブラ。やっと見つけた仕事もすぐに辞める。家計はお母さんのパートと、なんとか貯金で食いつないでいると話してくれました。
お父さんのことはもう慣れたのかタンタン、サバサバとして話してくれました。
しかし、お母さんの目下の最大の悩みは学校にいかない娘のことでした。
また、弟も休みがちになっていると心配していました。
この二人については、ためらいながら話はじめました。
「私が、悪かったんです。小さい頃良くみてやらなかったから、、、今頃になってツケがまわったんです。」
と、自分を責めているのです。
「長男には悪いと、思うけれど、かまってやれないのです。まぁ、人様に迷惑をかけず、大きくなってくれれば、、、」
(確かに大きくはなっているな、、、)と、長身のH君を思い浮かべて聞いていました。
「また、ご迷惑を、おかけすると思いますがよろしくお願いします。」という言葉を残してお母さんは帰りました。
お母さんが座っていた座布団を見ながらしばらく無言。
「うーーーん」

子どもたちは、それぞれにそれぞれの人生を抱えているのですね、、、

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合格体験記 H君の場合その1

H君。
私はこの子が大好きです。子ども達はそれぞれに個性があって輝いていて私はみんな好きですが、H君は大好きです。
理由は一つ。
「天然ボケ」だからです。
本当に子どもらしい子ども。純粋な子なのです。
一見ボッーとしていて、何か聞くと、ボソッと答えながら、恥ずかしそうにニヤッと笑うのですが、これがまた思わず笑ってしまうようなボケた返事が返ってくるので、人気者でした。
自然体なのです。でもボケているのでやっぱり「天然ボケ」。
今は板前さんになって頑張っているこのH君の体験を紹介します。

彼が、私の所に来たのは、中学一年生の頃です。
背が高くて、スレンダーな体型でクラブはバレー部でした。
当時はバレー部は今よりもっと盛んで中学のクラブでは花形です。
H君もクラブ中心の毎日。
勉強の方は二の次、という生活でした。
したがって成績はパッとしません。本人も一向に気にしていないので、私も特に気にもかけず対応していました。目立たないH君はまだ中学一年でもあることでから、そんなに気にはかけていませんでした。

ある日、H君を良く知っている人からH君の話を聞いてびっくりしました。
「H君のお父さん、仕事辞めたんだって。それに妹も今、学校に行っていないみたいで、お母さん、パートに出て大変なんだって、、、」
「そうなんだ〜、知らなかった。」
そうか、そういえば思いあたることがある、ある。
H君、結構私の所に来ないことがあるのです。
「サボリか?」と思って、電話をするとH君か弟がでるのですが、その様子からどうもH君、夕飯の支度をしている様子なのです。
「お母さんは?」
「まだ、仕事です。」と答えるH君。
「そう、じゃ、もう一度かけるね。」と言って電話を切ります。
お母さんとお話をしたいと思ったからです。
しかし、夜遅くかけ直してもまだお母さんは帰っていません。
お父さんもまだいない様子で兄弟三人で留守番をしています。
「じゃ、お母さんから都合のいい時にかけてと伝えてね。」
と言っても、電話は一向にかかってきません。
「?」と思うことがよくあったのです。

知人の話を聞いた後、何回か電話をかけて、やっとお母さんと話することが出来ました。
「おかあさん、一度お時間のよろしい時、うちに見えてくださいね。」
そして、お母さんが我が家にやって来ました。

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合格体験記 A君の場合その5

その4より

二学期の終わりから勉強方針を変え、いろんな分野をやりだしたA君。
私の予想とは意に反して、彼はなかなかできるのです。これが。
もともと頭の良い少年だったからということと、
家で過ごす時間が多かったため自然と本を読むとか、絵を画く、折紙をする、、、というようなことを幼い頃にしていたからでしょか。
数学の「図形」がよくできるのです。
英語の長文(単語はこちらで教えないとダメでしたが、、、)ができるのです。
国語の「まとめる」問題ができるのです。
できるのです。A君。
「ほぉ!」
「へぇ〜」
私は感嘆の声を上げながら褒め続けました。
「できるよ」「いいよ!」「よしよし!!」
A君。嬉しくなってますます図形やら英語、国語と力を注ぎ、なんだか顔も
「受験生」らしくなってきました。

もちろん、春三月には志望校に合格したのですが、A君は三年後の大学受験の時も私のことを忘れずにやってきてくれました。

逞しく、今風の若者になっていました。
あの病弱でニコニコ笑っていたA君の面影を残しつつも、元気になった姿を見たら、「あ〜,学校が楽しいんだ」ということがわかります。
高校生になって、体も随分つよくなり、学校も休まず行ったということです。
相変わらず、数学の計算は1/2 +1/3 =2/5のA君。
「2の三乗は6」といっている所は変わっていません。
おいおい、本当に大丈夫かヨーーー

自分で何もしなかった彼が、自分で進路を決めました。
「保育士」になると。

そして、十一月に学校推薦を貰い、短大に無事合格。

子ども達や、ハンサムだから同僚の女性保育士さんにもてるだろうな、、、
なんて、いらぬ心配をしている私をよそに彼は今日もピアノの練習に励んでいます。
応援しているよ。A君。
完。

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合格体験記 A君の場合その4

その3より

ピンポイント作戦で始まった A君の夏休み。
まず、数学の計算と国語の漢字に集中。
彼の場合は、授業を受けていないので、必ず正解のできる所に絞り込みました。
しかし、相変わらず1/2+1/3=2/5と、平気で解くA君。
国語の漢字も小学校の復習からやらないと大変です。
ちょっと頑張った、、と思えばすぐ明けの日は学校を休みます。

時間だけが過ぎていき、今はもう二学期の中間試験。
「A君大丈夫?」
心配して尋ねる私に本人はニコニコ笑って
「だいじょうーーぶ」と言います。
だっ、だいじょうぶといっても君ねぇと言いたくなりますが、ゆったりとかまえているA君。
「あと、もうちょっとだよ。入試まで。」
「ナンとかなりますよ。心配しなくても。」
「はぁ、(〜_〜;)」

そうなのです。
A君は今までの人生でいつも誰かに何かをしてもらっていました。
自分で力を出すという経験がありません。
周りがいつもお膳立てをしてくれます。優しいお母さんだったり、心配して来てくださる担任だったり。
だから入試も、受験も、まるで他人事のように感じています。
誰かが何とかしてくれる、、、と。

あまい!!!

そこで私はちょっと作戦を変えて
全ての教科を広く浅く(本当は浅くはイヤだけれど、この際仕方がない)するようにしました。
ちょっとA君を焦らせて、自覚をさせようと言うのが狙いです。
この時期に方針を変えることはちょっと不安でしたが、
ピンポイント作戦では緊張感がない。
従って同じミスばかり繰り返す。
これはいけない。
とにかく、数学なら関数や方程式、図形があり、
英語なら、、、理科、社会ならと
「学問」としての各教科の深さを伝えねば、、、と思い進路変更。

結果的にこの方向転換がA君には「吉」と出ました。

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合格体験記 A君の場合その3

その2より

ゆったり、ゆっくりのA君は三年になっても特に変わりません。
周りが受験と色めきだっても、どこか飄々と他人事のような気楽さ。
思うに、幼い頃から病弱で家族から大切に育てられている為、面倒くさいこと、難しいことは、いつのまにか誰かがやってくれていたのです。
「まぁ、なんとかなるさ、、、」という雰囲気が漂っています。
他のことはともかく、受験は本人がやらなければ、誰も代わりにやってくれはしません。
まず、A君にそれを分らせることから始まります。
「A君。試験受けるのは君だよ。私でもお母さんでもないのだよ。君だよ。
君がテスト用紙に向きあって、計算を解いたり、漢字や英単語を書かなきいけないんだよ。」と。
そう言っても、いつものようにニコニコのA君。
「お世話になります〜。また、お願いします。」と明るく声をかけてくれるお母さんを掴まえて
「どんなふうに本人は考えているのですか?」と尋ねるなら、これまたおっとりとお母さんは答えます。
「あの子は体が弱いので、入れるところならどこでもいいのです。」
「、、、」
そうか〜入れるところならどこでもいいのか。
この言葉、実は曲者。
入れるところならどこでもいい、、、なんて本気で思っている親はいない。
いや、いるのかもしれないが私はまだ会ったことがない。
「そうは言っても、おかあさん。やっぱりここらで目標を持ちましょう。」
「そうですねぇ〜まぁ希望と言えば、出来れば、、、」
「お〜お〜きたきた」と内心思いながらお母さんの話に耳を傾けます。
確かに、その希望はA君本来の力をもってすれば可能、十分可能な高校です。
「わかりました。じゃ、これからは目標を設定して行いますね。」
「ええ、でもあの子、からだが弱いから」
「はい。大丈夫です。うちでは体育は教えませんから。」
「???」
A君にも希望の高校がお母さんのそれと間違いのないことを確認しました。
そこで作戦開始。
チョット早いとは思いつつも、希望の高校の過去の問題集を始めることにしたのは夏休み。
A君の場合はピンポイント攻撃で作戦を練らないと、なかなか難しいと思ったからです。
こうして、A君との熱い夏休みが過ぎいよいよ二学期を迎えました。

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合格体験記 A君の場合その2

その1より

分数の計算の苦手なA君。
しかし、苦手は分数だけではありません。
累乗がさっぱりわかりません。
累乗は中学一年生で習う分野ですが、休みがちなA君は授業で聞いていないのです。
「A君、2の二乗は?」
「4」
「おお、、すばらしい!」
「では、次の問題。2の三乗は?」
「6」
「はぁ、、」
そうか、初めの2の二乗は2×2、次の三乗は2×3、
累乗とかけ算がいっしょになっているのです。
そりゃ、2の二乗は答えはあってるわなぁ、、、
累乗とは何か、2の三乗なら2×2×2、3の二乗なら3×3、三乗なら3×3×3、、、
ということを教えました。
私と一緒にしているときは、自分でも注意してやるので間違えません。
しかし、一人でやるとやはり同じミスを繰り返します。
定着していないのです。
数学は積み重ねの学問だから、A君のように積み重ねが殆どゼロの子どもにとっては一朝一夕ではできません。
学校の授業と並行しながら、小学校の分数、中学一年の数学(正の数、負の数も大変でした。)と復習をやります。
進んだかなと思ったらすぐに後退。
おお、、、いい調子と思ったら次の日は熱を出して学校はお休み。
そんな繰り返しのA君。
先輩の三年生たちは、入試を終え合格を手にして喜びの時期を迎える三学期。いよいよ、自分たちの番です。
二年生にとって、一番焦る時期でもあります。
(三年になると案外、慣れるのですが。)
ゆったり、ゆっくりのA君もいよいよ三年生になります。

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合格体験記 A君の場合その1

A君との出会いは彼が中学二年生の時でした.
なかなかのハンサム。ジャニーズ系というんですか、優しい顔立ちの気弱な少年でした。
家庭は優しい両親と祖父母、元気な兄に、活発な妹と大家族の一員です。
A君は喘息のため、小学校時代は学校を休むことが多く、中学校でも休みは多い方でした。
そのため勉強はかなり遅れています。
初めてお母さんとやってきた時、恥ずかしそうにニコニコ笑いながら座っているのです。ただ座っているのです。私との受け答えは全てお母さんがします。
本人は他人事のようにニコニコ。
さてA君と勉強をして驚きました。
小学校の算数がスカッーと落ちているのです。
(まあ学校に行っている日が少なかったから仕方がないのです。)
例えば分数。
1/2+1/3= 2/5
と解きます。
「それは違うよ。通分しなくちゃ。」と言う私にとても不思議そうな顔をして聞きます。
「通分ってなんですか?」
そうか、、、ここから、いやもっと先から教えなくちゃいけないのだ。
「君な本当は良くできる子だよ。でも学校に行っていなかったから今出来ないのは仕方がないよね。ちょと辛いしプライドも傷つくかもしれないけれど、小学校の算数復習しようね、、、すぐにできるようになるよ。」と言って算数の勉強から始めました。
分らないとは言え、中学生が小学校の勉強をすることは大いにプライドの傷つくことです。
だから本人にしっかり説明をして納得させてから勉強を始めました。
特に分数と割合です。(ここで躓いている子はA君以外にいっぱいいます。)
広告用紙の裏を使って半分に折り、1/2にする。それをさらに同じ方向に半分に
折り、1/4の線を入れる。
さらに1/8、また1/3や1/6の線を入れる。
こうして線だらけになった紙を開いて、
一つひとつの線に0、1/8,1/6,1/4、、、と書かせる。
ある線は2/8だったり1/4である。
4/8= 3/6= 2/4= 1/2であることに気がつく。
また8/8= 6/6= 4/4= 3/3= 2/2= 1であることを発見する。
このような操作を何回もやらせました。
そうして、次第に倍分、約分というものが目でわかってきます。
また、1の処理というのはなかなか難しいのですが
分子/分母について教えながら理解させていきました。
勉強したときは分るのですが、ちょっと時間をおくと1/2+1/3= 2/5、と平気で言うA君です。

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合格体験記 K君の場合その5

その4より

中間試験で理科以外は今まで通りだったK君。
さらに期末試験も同じような結果で終わりました。
そして、二学期の成績渡しで、保護者と担任と本人の懇談。
「高校受験について」の話は当然出ます。
担任は今までのK君の成績を見て
「○○高校にしたらどうですか?」と言います。
○○高校!
K君親子に衝撃が走ります。
その名指された高校は偏差値がかなり低く、生徒たちもなかなか元気な子の多い学校でした。(今はそういうことはありません。校長先生の尽力、PTAの活動でとてもよい学校になりました。)
親子は意気消沈。
また電話が私の所にありました。
お母さんのひととりの話を聞き、K君の希望も聞きました。
「俺、絶対、○○高校行くのイヤー、あこ行ったら俺不良になる」とまで言って嫌がるK君。
「じゃぁ、どこへ行きたい?」
「H高校」ときっぱりと言います。
H高校
それは今のK君の力では2〜3ランク上の学校です。親友のS君もそこへ行きたいと言っているそうです。
まあ行きたい理由なんてそんなものでしょう。
ただ○○高校だけは絶対イヤと言う決意は固い物がありました。

傷心の面持ちで迎えた冬休みも終わり、二年最後の期末試験。
よほど、○○高校の宣告がショックだったのか、あるいは得意の理科の範囲が「気象」、数学にも関わりがあったためか、今回の試験は理科のみならず数学も以前より20点くらい良い点を取ってきました。
K君にとって20点上がるということは凄いことなのです。
「数学もなんかわかるようになってきた、、、」
そこはそれ子どもだから、ちょっと良い点を取るとすぐにその気になる。
しかし、「その気」になるということは大切なことです。
あの自信がなくてすぐに「俺だめ」「俺なんて」というK君が自信を持ってきたのです。
いったん持った自信、しかも這うようにしてかち取った自信。
これは強い。
その後、三年になり何回かの試験で浮き沈みはありましたが、彼の自信をそぐような物にはなりませんでした。
得意の理科を中心に据えて、数学、英語、国語、社会を関連付けながら勉強をしました。
三年になって驚くように変わったK君は、次第に学校の評価も高まり、H高校受験の切符を手にすることが出来ました。

そして、彼は春三月見事希望のH高校に合格したのです。


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合格体験記 K君の場合その4

その3より

K君を変えたのは夏休み明の理科のテストでした。
彼にとって「理科ができた」ということはすご〜く嬉しいことだったのです。
「勉強ちょっとだけ分かるようになったかな?」とボソリというK君。
「一回くらいで喜ぶなやぁ」と口悪くも励ましている友人。
確かに。まぐれ、偶然かもしれない。
しかしK君にとっては私が思っている以上に大きな自身を与えられたのでした。
二学期の中間試験が始まる10日前から自分で積極的に勉強を始め出しました。
「第二分野って覚えることばっかでいやんなっちゃうよ、」と楽しそうに言います。
今回の範囲は「体の仕組み」
覚える事が沢山ある分野です。
今までのK君には見られない反応がここではありました。
「へぇー覚えるの嫌いじゃないんだ、」と言う私に
「先生、なにいってんですか。理科は覚えられるのぉ」
「はぁ、そうですか」
熱のこもった勉強をやりだしたK君。
しかし理科ばかり勉強している事に気がつきました。
「おい、おい、試験は理科だけじゃないのよ。」と言う私に
「だって、俺、理科しかできないもん。」と答えが返ってきます。
お〜格段の進歩。
俺ってダメ から 理科しかできない に変わった
と、内心思いながらもここで甘い顔をしてはいけない。
「でも、その勉強の方法じゃ先が見えているよ。いろんな科目が集まって一つの物を作っているんだよねぇ。
だから一科目だけができるって事はありえない。
君は理科が得意。
でもそのためには数学だって必要だし、英語や国語だって大切だよ。」
「ジャー社会は?」と、すぐに憎たらしくチャチャをいれてくるK君。
「そりゃ、社会は大切だよ。現実の世界なんだから、」と返事しながらも、とにかく理科以外を勉強させようと必死に説得。
しぶしぶ数学や英語のテキストを開くのですがすぐに飽きてしまいます。
なんとか得意?の理科と結びつけて他の教科も勉強させようとするのですが、
なにしろ、今回の出題範囲が「体の仕組み」
これを数学と結びつけるには相当無理があります。
案の定。二学期の中間テストは理科を除き、いつものように20〜30点でした。
「ああ〜やっぱり」と思う私の反応とは別にK君のそれは
「わ〜い今度も理科できた。俺、理科すき!」
友達も喜んでくれます。
その二人の姿を見てまたもや教えられた私。
子どもっていいな。

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合格体験記 K君の場合その3

その2より

中学二年生の夏頃から本格的に「勉強」というものを意識したK君ですが、やはり道のりは険しい。
最初は数学の計算問題。
特に分数で躓きます。約分倍分わからないのですね。
小数←→分数の変換もできません。
「割合」にいたってはチンプンカンプン。
出ました。でました。「俺ってもうだめ。」
確かにダメでした。
英語。中学から始める教科なので数学ほどみんなとの差はありませんが、それでもひたすら単語を覚えるなんて殊勝なことは嫌がります。
国語も英語と同様に漢字はやりません。

一学期の成績をもっらた後、お母さんからの電話を思い出しながら、ひたすらため息の出る私。
「先生、試験は軒並み20〜30点代で全然だめです。もっとバシバシやらせないといけないのでしょうか?」
「そうですかぁ、頑張っていたけれど、まだ力が出ていないのですね。」と私。
「まぁ うちは学校の勉強はそんなにガタガタ言わないんですがね、まあ人並みにやってくれさえすれば、」とお母さん。
みんないうのですよねぇ。「学校の成績は気にしません、人並みなら、」
うそつけ!!ばっちり気にしているくせに。
と内心思いながら
「そうですかね?充分人並みですがねぇ」
「いえ、もうちょっとやってくれれば、」とさらに母の限りない要求は続きます。

目の前でダラダラとやっているK君の姿をみると「お母さんの悩みもむべなるかな」なんて思うくらいダラ〜ダラ。
どこから手をつけたらいいかわからない私は、仕方がないのでK君と友人とまだ幼かった我が子と四人で裏山に散歩に行きました。
なにしろ山を開発した団地だから周り中が自然。
三人の子ども達はイキイキと走り回り、山を駆け回っていました。
幼い息子のこともよく見てくれて一緒に遊んでくれます。
ようやく開けた空き地に来て、一休み。
そこで眼下の村並〔町ではない)を見ながら
太陽の沈む方向、風の流れる向き、北半球と南半球などを話しました。私にしたらおしゃべりの積もりでした。
ところがK君にとっては違っていたのです。
彼にとっては野外での活動を通して今まで気にもしていなかった自然に目をむけ、それがきっかけで「理科」に興味を持ち出したのです。

夏休み明けの実力テスト。
彼は「理科」で今までになく良い点を取りました。
これが彼の勉強の第一歩でした。
その後の彼の頑張りは次回に書きます。

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合格体験記 K君の場合その2

その1より

二人の成長は作文に良く表れています。
まず「家族のこと」
次に「家族との楽しい思い出」
さらに「兄弟喧嘩」
続いて「お母さん」というように次第に絞り込んで書かせました。
回を追う毎に上手になっていきます。
まず書く行が増えました。2〜3行だったものが4〜5行、さらに書けるようになります。
また表現力もより具体的になってきます。
「○○は楽しかった。」おしまい
このような文章はやりなおし。
「もっと形容詞を沢山使って書き直しなさい。」というようにアドバイスをしていくと子どもたちの素直で柔らかな感性はすぐに反応します。
一回、いっかいに子どもの成長という物があるので、その都度大げさに褒めます。
「すごい!上手だよ。この表現。これって君だけの言葉だよ。うんうん」
「ああーいいね。ここ。そうなんだ、そんなことがあったの。目に浮かぶよ。」
「字がきれいになったね。」
いやぁ、最初にう〜んとこきおろしたおかげで、褒めることのあること、あること。
しかしK君は「エー先生。おだててもダメだよ。」と素直に喜ばない。
ただ、顔は照れくさそうに目を細めているが。
一方、友人の方は「ああーおれって才能あるのかな。作家になろうか、なんっちゃって」
「おいおい、ソコまでは褒めとらん。」

「お母さん」について書かせたとき、K君は実はお母さんが大好きで「ねえ、ふりむいて、おかあさん」と心の中で叫んでいる事に気がつきました。
私は早速お母さんに電話。
「おかあさん、K君はお母さんが大好きですよ。」
作文の内容を教えてさしあげました。
それを聞いたお母さんは泣きながら
「ああーーあんなにダメな子でどうしようもなくて、言うことを聞かない子とレッテルを貼っていたのに、あの子はそんなことを書いているんですか!」
と感激。
その後、お母さんのK君への態度は以前より柔らかになったようです。
またk君も作文ショック療法が効いて次第に自分に自信を持つようになりました。さらに書くという作業をとおして、周りや自分を客観的に見つめることもできるようになりました。
今までは反発だけしていた父親でしたが、実はあの厳しい態度の中に「親の愛情」があることもわかりました。
精神的に随分と落ち着いてきたK君。中学二年生の夏。

さあ、いよいよ本格的に勉強です。
この続きは次回に書きます。

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合格体験記 K君の場合その1

以前、あすなろ通信に掲載した「受験体験記」を、ここに載せます。
受験生の皆さんや、ご家族の方の参考になればと願います。

K君は三人兄弟の長男。
父親の期待は大きく幼い頃から下の妹や弟よりは厳しく躾けられていました。
母親は明るくPTA活動も積極的で近所では人気者です。
しかし父親に気を使ってK君に対してはかなり口やかましく育てていました。
成長するにつれて、K君は家族より友達との時間が多くなり、また悩みなども家族に打ち明けることはありませんでした。
両親は彼が取ってくる成績だけで彼を判断して
ますます勉強するようにといいます。

彼が私の所にやってきたのは小学校六年生の時。
仲良しの友達と一緒に遊びの延長のような感じでやってきました。
確かに当時、彼の成績は振るいません。
友人の方はなかなか賢く教えたことはすぐに理解するのですが
K君はなかなか理解しません。
本人はi一向に気にしている様子もありません。
私は彼に「お母さんはなんておっしゃってるの?」と聞いた事があります。
すると彼の顔から笑顔がサッーと消えました。
そこで私は「これは家庭に問題があるのかな、、、」と思って、K君のお母さんに尋ね、前述のような彼の環境がわかったのです。
「どうせ俺ってだめなんだ」「俺、頭悪いから」と口癖に言っている理由がわかりました。
なるほど。親から言われているんだ、、、刷り込まれているんだ、、、

そこで私は方針を変え、K君には作文を中心にして教えることにしました。
しかも、その方法はショック療法。
「家族」がテーマの作文を書かせました。
初めは嫌がっていたし、書いてくる物も雑でした。
2〜3行、お義理で書いたような文章が原稿用紙のマス目を埋めています。
「あらーーーなに?この下手な文章。これって文章って言えるんかいな??
汚い字で。」と徹底的にこきおろして
「ハイ、もう一度書き直し。」
「いいもん。どうせ俺なんて、、、」
またまた出るんですね。どうせ俺なんてが。
「そうだよね。どうせ君だから。」
わざとこきおろします。
同じ課題を与えた友人の方もやっぱりこきおろします。
「ちょっと、ちょっと、なに?これ、、、
君って頭いいと思ったけれど作文はさっぱりだね。
はい、もう一度やり直し」
「俺、作文苦手なんっすよ。」
こっちは絶対に「どうせ俺なんて」とは言わない。
明らかに反応に差があるんです。
さてこの二人、どのように成長するのでしょう。
続きは次回。

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October 17, 2004

本当は理科がすき

Title.2_1.jpg

前の記事で理科ばなれを書きましたが、本当は子どもは理科が大好きです。
実験、観察になると目を輝かせます。
以前、瀬戸智子の実験教室、枕草子でも「天体実験」の様子を書きました。
以下に、同じ記事ですが、内容を少し変えて掲載します。
〜〜〜〜〜〜〜〜
小学生の子たちと一緒に天体を勉強しました。
まず、「恒星、惑星、衛星」「自転、公転」という言葉の意味を教えました。
「今は分からなくてもいいから、聞いていなさいね、」
と言いながら、言葉の説明をします。
みんなは、ワイワイガヤガヤ、聞いているのかいないのか、、、
次に、
「一日に昼と夜があること、一年に季節があること、季節によって昼と夜の長さが違うこと」
を模型を使って説明します。懐中電灯とテニスボールとピンポンを用意して、くるくる回すだけの物ですが、
実際にボールを使った模型を手でさわりながら、
「月の満ち欠け」を調べることはかなり楽しかったようです。何回もぐるぐる模型を回して影の出来方を見ていました。
その後
「ねえ、ところでお日様ってどっちから出て、どっちに沈むの?」
と私が質問すると、小学校五年生の男子が「
西から東」と張り切って答えます。後の子たちは
「ああ、、、そうだっけ?」「そうだよね。西から東だよ、、、ね?」とモジモジ。なにしろ初めの答えがあまりに勢いがあったのでみんなそっちにつられていきました。
しばらくして一人の女子が自信なさげに
「東から西?」と言います。
私は「そう。東から南を通って西だよね。」と答えると、みんな俄然元気に「東から西。おまえ、バカだな、」となります。
それから、こんな質問をしてみます。
「もし、お昼に知らない町で方向が分からなくなったどうすればよい?」
「太陽をみる!!」さっきの男子が勢いよく言います。
「おお、できるじゃない。」
天体を学ぶことが実際の生活にどの様に結びつくか、何もないときに「知恵」をどうだすかを丁寧に教えていこうと思い、なるべくサバイバルの状況を想像させて教えます。
最後に「冬の星座」を教えましたが、こちらはさっぱり。
「オリオン座」を見たことがない、「火星を見ていない」と言う子ばかり。
なんと勿体ない。
夜と言えば星しかきらめかない田舎に住んでいるのに。
「なんで空を見上げないの、、、」と言いたいのをグッーと押さえて、
「じゃ、今度は星空観察してあげるね。」と言うところに落ち着きました。
中学生も「天体は嫌い。苦手」と言っていますが、嫌いとか苦手という前に「触れる」事をしていないような気がします。
空を見上げるという経験をしていなければ、教科書で学んだ事なんて所詮は「絵に描いた餅」です。
子ども達にいろんな経験をさせて欲しいと願っている私ですが、それは何も特別のことではありません。
夕焼けをみる、星空を見る、朝の靄をみる、そんな日常の中にある自然をもう一度見つけてください。
子どもは星以上に輝くことでしょう!!!

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理科ばなれ


先日10月14日は、日本列島各地で部分日食を見ることが出来ました。
私も太陽が、欠け始める10時半くらいからベランダに出て、日食眼鏡で太陽を観測。
当日はピカピカ天気で、少々のかけくらいでは、全然暗くなりません。
しかし、眼鏡を通して見る太陽は、小さくて黄色で、そして上の方がほんのちょっと欠けていました。
まるで、クッキーをかじったみたいと、誰かが言っていましたが、まさにそんな感じ。
何回見ても、ワクワクしてきます。
99’年にロンドンで、皆既食(98%)を見たときは、通りの人、全部が眼鏡越しに太陽を覗き、キャッッ〜〜と言って喜んでいました。今回は、欠けが0,1ということもあって、周りは全然変化なし。
私の家の前は中学校ですが、みんな知らないのか、知っていても関心がないのか、
だれも、中庭に出て太陽観測なんてしていません。
歩いている人たちも、別段「昼の天体ショー」に気をとめる風でもありません。
「みんな、見てよ〜〜〜」と心の中で叫びながら、私はかけていく太陽、満ちていく太陽の、ほんのちょっとの変化を見ていました。
みんな、本当に関心ないのかなぁ?
興味がないのかな?
あるいは知らないだけか???

つい先日まで「天道説4割」で、あんなに子どもたちの理科離れに危機を感じていたはずなのに、、、
私は、子どもたちの理科への関心、興味を奪ったのは、やはり大人ではないかと、太陽を見ながら思いました。
せっかくの天体ショーが、いま目の前で繰り広げられているのに、、、
誰も知らんぷり。
残念なことです。
子どもには、自然を目で感じる機会をもっともっと贈りたいと考えました。

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October 16, 2004

小さな嘘

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よくお母さんから、こんな相談を受けます。
「うちの子、嘘を付くんです、、、」
よく聞いてみれば、「塾に行く」と言って家を出たあと、友達と遊びに行ってしまって、塾には行かない。しかし親には「塾に行って来た」と嘘をつく。すぐにばれるのに、、、
このパターンがいちばん多いようです。しかも男の子に。
親としたら はなはだ気になる所でしょうが、私はこの手の嘘はなかなか愛嬌があっていいと思います。
子どもだってお稽古ごとや塾をさぼっちゃいけないことは知っています。でもその時の状況で行きたくないとか、友達の誘いに断ることができないとか、子どもなりの理由があるんでしょう。
家に帰るまでに それこそこんなに頭を使ったことがないくらい「言い訳」を考えています。すぐばれるなんて そんなことちっとも思わないで。
こんな時の親の態度として一番いけないのは頭ごなしに怒ることです。
まずは、きっちりと子どもの話を聞いて、次に「あなたの行動で先生やおかあさんが困ったんだよ、、、」ということが良いでしょう。
子ども自身が悪いことをしたと一番良く知っているから。
子どもの中には、「いろんな自分」が詰まっているのです。
あとは、口には出さずに「信じている」ということを表すと子どもは逃げ場が作れて、この件に関して立ち直れます。
もし、何回も同じことを繰り返してもやっぱり同じように付き合って下さい。「「こんくらべ」です。
どっちがこらえ性があるかの真剣勝負です。
子どもはしっかり「親と自分」を見ている」のです。
多分、親である私たちが試されているんでしょうね。
「ちいさな嘘」を言ったら「それ、、きたきた」という感じで子どもとの知恵比べを楽しんで下さい。

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英語の勉強

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英語の勉強というと、結局 単語を覚えて、文法を理解して、ということになりがちです。(とくに、目前の試験に対しては)
中学生にとって、最大の悩みは、
「英作文が作れない」ということです。
英作文に対しての苦手意識というのは相当なものがあります。
どうしたらいいか考えて、私はこんなやり方をしてみました。
日本語の文を子どもたちに写させる。ただ子どもたちがノートに写すときは
主語、動詞、目的語などを考えてその順番に写すようにしてみる。
例えば、「私は、彼女に本をあげました。」という文なら
「私、あげた、彼女、本」
と、いうように写し取る練習をしてみました。
この方法が効果的かはまだ分かりません。
ただ、日本語の語順から離れて、英語の語順で考えていくようにしていかないと、英作文は上達しないのでは、、、と思うのですが、、、

「こんな方法がいいよ」とか、「これでやったらバッチリ!!」など情報をお持ちの方は、また教えてください。

それとは別にして、子どもたちに「語順」で考えるようにとアドバイスしながら、私は「言葉の合目的性」というものを考えました。
よく言われるように、日本語は「農耕文化から発達した言葉」であり、英語は「狩猟文化から出てきた語学」である、というのは本当かどうかは分からない。
しかし、語順が人に及ぼす影響は確かにあるような気がします。
論理を構築していく上で、その道具である言葉がどの様な構造かというのは大切なことであると思いました。
英語にも日本語にも、あるいは他の言葉、それぞれの文化や歴史があるんだろうなと思うと、「もっと子どもたちにもイキイキとした教え方を探さなきゃ、、、」と奮い立っている私です。

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三等分の折り方

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中学生に、「頭の体操」をさせようと、長方形の紙を渡しました。
〜〜〜〜〜〜〜
「はい。今あげた紙を三等分してごらん」
「ええー、面積ですか?」「こんな感じですか?」
「ものさし使っていいんですか?」
私が問題を出した途端、口々に自分のことしかいわないで、質問してくるのは、小学生と同じ。
「ちょっと、だまれーーー」
だれも黙らない。小学生と同じ。
仕方がないので、私が黙りました。
しばらくして、やっと子どもの方も気がついてシーーーン。
やっと私の出番。
「あのね、、よく聞きなさいよ。その紙を三等分するの。ただし、相似を使って考えるのよ。」
「ええーーぞうきんはどこにあるんですか?」
とボケをかますやつが必ずいる。
「相似というのはね。、、、」
と相似の説明をまずして、(中学二年生はまだ習っていない)
「さ、、考えてご覧」
しばらく、黙々とやります。
(ああーあれじゃだめだな)と思いながら、しめしめと笑っている意地悪な私。
「先生、これですか?」
と一人の男子がやってくる。
「みんなに見せたらいけないので、」
と言って小さな声で「こうやって、、、次にこうして、、、」と言いながら私に折り方を見せてくれます。
「それじゃ相似を使っていないね。その折り方なら内緒にしなくても大丈夫。間違っているから」
「ガクッ」
とかしているうちに、ついにギブアップして、「はりせん」を折り出す不埒なやつ。折るふりしながら紙飛行機を作り出そうとするやつ。
小学生と同じ。まあ、ここまでかな。そろそろ正解を出そうか。
「じゃね、正解を言うからね、、、」
といって、相似を使った三等分の折り方を教えました。
「こっちの辺が1でそっちが2の相似な△ができるから、」と。
反応はいまひとつ鈍く(習っていないからだろうが)感動を得る事はできませんでしたが、それでも三等分するために、自分たちで工夫していたことは楽しかったようです。相似という言葉がファミリアになったと思います。
「じゃ、、五等分はどうするのか、、、」
と小さな声でいっている子がいました。そうなんですね。次に、さらにと考えていく。いいことです。
「よしよし、その調子でがんばれーーー」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
記憶の定着の第一歩。
「生活に結びつけること」
「経験をさせること」
それが、一番だと思います。
たとえ数学であっても、子どもたちにとっては身近に感じられる物からの導入が大切だと思いました。

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October 15, 2004

ある国語の入試問題

小学校6年生の子と、「中学受験問題」を一緒に解いています。
子どもにとって、国語の文章題はかなりきついハードルのようです。
先日も、ある中学の入試過去問題を、一緒にやりました。
内容は、以下のとおりです。
〜〜〜〜〜
道に迷って、人に尋ねる場合、自然と誰に聞いていいかを判断している。
たとえば、外国人には道は聞かない。
忙しそうな人にもきかない。
なるべくその辺りを熟知して親切そうな人に聞く、、、、
こうしたことは、いつのまにか身についてきたことで、名付けて「暗黙知」という。
たとえば、料理の鉄人といわれる人は、自分だけが持っている秘伝があって、これは人には説明できない。
また、料理の先生というのがあって、こちらはマニュアルどおりにつくることができて、誰でもが出来ることを教える。、、、
(瀬戸意訳のみ)

〜〜〜〜〜
こうした文が始めにあって、設問が10くらいあります。
子どもたちにとって、厄介なのは、
「暗黙知とは何か、本文の例をあげて説明しなさい」
と、いうような、いわゆる書かせ型の設問です。
大人からみたら、
「ああ〜〜こんなことだな、、、」
とか、なんとなく理解が出来るのですが、
子どもにしてみたら、
まず初めの「道に迷う」ということからして、ピーンとこないのです。
なにしろ、それまでの人生経験(たかだか11〜12年ですが)で、道に迷った実体験がないから、、、
作者が、「暗黙知」を導くために、よりわかりやすくと挙げた例が、ますます子どもの頭を混乱に導く。
それこそ、子どもは文の中で迷ってしまい、迷路に入り、行き止まり。
ひたすら、おまわりさんである私が、交通整理をしてくれるのを待つばかり。
私も犬のお巡りさんのように、コマってしまってワンワンワワ〜ン。
それでも、なんとか道案内をして、正しい解答に辿り着かせたものの、
当の子どもにとっては、ちっとも達成感が感じられない。
それは、もっともだと思うのです。
本人はピーンときていないのだから。
とりあえずの「正解」に対しても、自分のものとは思わない。
ますます、国語がキライになり、不安になっていく。
次の問題ではできるだろうか、、、と。
こんな繰り返しで、ハードルはますます高くなる。

問題を出す方も、大変だとは思うのですが、
もう、ちょっと、ほんのちょっとだけ なんとかならないものかなぁ、、、
子どもが、興味を持つような題材を、選んで欲しいなんて思うのは贅沢なんだろうか、、、
と、思いながら子どもと一緒に、今日も勉強をしています。

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簡単なんだよ。数学は。

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昨日10月14日は部分日食を、日本各地で見ることができました。
残念ながら曇りの地域もあったようですが、、、
さて、
私には、宇宙という言葉で思いだす友人がいます。
私に数学の面白さを教えてくれた人です。
高校時代、私は数学は大嫌いでした。というより、チンプンカンプン。ひたすら退屈な時間でした。
追い打ちをかけるようにあったのが、その数学が午後の一コマ目。
お日様ポカポカ。あなかはマンタン。そんなの寝るしかない。
と、いうわけで当然テストの点数は、(*_*)ですよ。 (*_*)。
しかし、あるとき、友人の一人が私に教えてくれました。
「数学ってね。道具なんだよ。生活を便利にするための。
例えば天文学の発達で、数学の指数とか、対数が出てきたんだ。
0を数字の肩に小さく書くことで、桁を表す方が便利だと考えたんだよ、、、だから、数学は難しくないんだよ、、、」
とか、とかいっぱい例をあげて説明をしてくれました。
そうか、、、そうだったのか。
今までは、あんなものなんのに立つのかと思っていたのに。
言われてみれば、なるほど、なるほど。
確かに星の大きさ、距離などをいちいちゼロを全部つけていたら大変だよな、、、ノートももったいないし、計算も間違えるし。ふんふん。そうか、指数ってのはそういうことでできたのか。
と、いう風に私は凄く感激したのです。(私は単純なのです)
それ以来、「数学はこわくない」となぜか自分で思い込んでしまいました。もちろん、試験はできないのですが^^;、どんなに悪い点でも落ち込まずに、めげずにやり始めました。
「数学は道具なんだ、、、」と、思って。

今、思い返せば、拙い論理の高校生二人。
それでも、真剣に
「学問とは、、、」
なんていうことが青春の証のように思っていた、懐かしい頃。
大学に入ってから、数学の奥の深さをしみじみと感じ、それを見つけた人、学問としてやっている人に尊敬の念を抱きながら、実はその奥義の深さにひれ伏していたのですが、、、
しかし、あのとき、友達が「数学って簡単よ。と励ましてくれたからいやにならなかった、と思うのです。
それで、イヤにならずに勉強をすることができました。
最初からいきなり高い峰を見せられたら、やっぱり足はすくんで立ち止まっているしかなかった。
今、子どもたちに教える立場になったとき、つくづく思うことは、
「励まし」の言葉を何時かけるかということです。
本当に人には発達の段階だんかいで、ぴったりとあう言葉があると思います。
あの時の友達の言葉のように、子どもたちの今にたいして、彼らの状況に在った言葉を贈ってやりたい、と願っている私です。

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October 14, 2004

日々是好日

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「平常心(びょうじょうしん)」は禅から由来してその後、日本の茶道や武道にその精神は受け継がれ、今では日常語として定着しています。
意味は「肩の力を抜いて、気張らず、ゆったりと」というくらいの感じで、大抵は相手を励ます時や自分自身への鼓舞などに使われています。

「日々是好日」もやはり禅の言葉です。
唐代の禅僧、雲門と言う人の一句が初めです。
意味は文字通り一日一日が「よい日」であると思って生きていけば、すなわち一生が良い一生である ということでしょう。

この二つ、簡単そうで誰でもがすぐわかり、「そのとおり」と思える言葉です。
しかし実際には、とかく悩み、恨み、怒りと屈託ばかり背負い込むのが普通です。
雨が降ってもため息をつき、風が吹いてもブウブウと不平を言います。
それを無理矢理押さえ込もうとすると、これがまた屈託になる、、、
試験や試合の時だって、他人は「肩の力抜け」なんて簡単にいうけれど、そんなこと出来れば苦労はしないよおうーーー
なかなか、思うようにはいきません。

修行を積んで道を心得た高僧の言葉は「分かっちゃいるけど、、、、」って心境。

仕方がないので、私個人は「心の落ち着いている時のみ」平常心と日々是好日でいく事にしています。
イライラしたり腹がたったり不安になったらサッサッと風呂敷に片付けて勢いよく怒ることにしています。
落ち着いたら「ああーーまたやっちゃった、私ってだめね、、、」と言ってニッコリ。

そういうわけで私が思うには、
「平常心」とか「日々是好日」という言葉は、自分が自分の内面と向き合う言葉だけれど、人に発する言葉じゃないような気がします。
いわゆる「がんばれ」と同じですね。
平常心と言っている人って実は相手に向かって「がんばれ」と言っているんですね。

そうか、、、
これからは子どもたちに、
「平常心で頑張れ」なんて恐ろしいことは言わないでおこう。
しかし、自分自身はできれば、落ち着いている時間が昨日より今日の方がほんの一分でも多ければ嬉しいな、、くらいでやっていきます。
(やじろべえ日記より抜粋)

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本来の力

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私は、ちょっとしたことで、足の関節をずらしました。
痛くなるまで、気がつかなくて病院に行ったとき、医者から、
「変形しています。もうなおりませんよ。」と言われました。
ガァァアアアアアア〜〜〜〜〜ンンンン。
目の前が真っ暗。
「どうして、もっと早く来なかったの?」
と、言われても〜〜〜〜
そんなわけで、痛い足以上に心にドカ〜〜〜ンと重荷を背負っての帰路。
家に帰って本で調べたり、いろいろ人に聞いたりと、そんな一つにカイロプラクティックの先生がいました。友人の旦那様です。
そこで、私は、その友人宅へ、通うようになりました。
以下はその時の話です。
〜〜〜〜〜〜〜
ずらした関節をかばうために、体のあらゆる所が、頑張っています。頑張りすぎて、ゆがんだ背骨や、委縮した筋肉を元に戻してもらうわけですが、
これが痛い。
ヒェツーという感じで声にならない声を出し、目にはうっすらと涙まで、、、
初めてのときは
「オオーー よう、生きとったのう」
と、先生に言われ、次に行った時は
「おおー、随分、体が柔らかくなった優秀 、優秀」と褒められ、、、
何回か行くうちに、自分でも「この頃調子がいいな」と実感できるようになりました。
そして先日、先生の奥様から、
「ああーー、アナタ、この頃、顔が変わったわね。凄くやさしくなったわ、、、全体の感じが柔らかくなったわね。」と言われました。
そばにいらした先生が、
「ああーーあなたの本来の力が出てきたんですよ。それが、あなたなのですよ。」
と言われました。
私は、このお二人の言葉を凄くうれしく聞きました。
「本来の力、あなたそのものなんだよ」それが「やさしい」ということなんだよ、と言われたように思ったからです。
(チョット、調子いいかな)
「あああーーーこんな言葉っていいな、、、」
と、本当に気持ちよく、その日は過ごしました。
そしてあくる日。
「そうだ、子どもたちもきっと同じだな。彼らの本来の力がまだ出ていなくて、あっちにウロウロ、こっちにウロウロしているんだな。」と思いました。
苦しんでいるときは、分かるものも、わからない。見えるものも見えない。そして感じることも出来ない。
しかし、その子の本当の力が発揮できたら、おのずと解決が見えてくるのかもしれない。
私はカイロプラクティックの先生のように
「子どもたちの本来の力」
を、引き出せるかはわからない。
しかし、そうでありたいと、いまは強く思っています。
(やじろべえ日記から抜粋)

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October 13, 2004

ただ信じて咲くのがいい

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〜花〜
何が
一番いいのか
花が一番いい
花のどこがいいのか
信じて
咲くのがいい
   (坂村真民)

ひたすらに花開くコスモスを見ながら、思い出しました。
この詩を。

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October 12, 2004

父 母の祈り

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子どもの運動能力低下

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文部科学省が、2003年度の体力・運動能力の調査結果を発表しました。
それによると、
40歳以上の中・高年は、5年前より、同世代の運動能力は男女共向上。また、体力年齢も若い人が増える傾向にありました。
一方、子どもたちの方は、どの年齢も、5年前よりは低下。
20年前に比べると、22,9%も低下。
生活習慣との相関関係として、朝食、睡眠時間を同時に調べた結果から、
朝食をしっかり食べている、
睡眠時間を8時間以上取る、
子の方が、そうでない子より、運動能力は高いことがわかりました。

やはり、
朝は早く起きて、ご飯をしっかり食べ、思い切り体を動かして、
夜は充分に睡眠を取る、
という生活が、一番いいわけです。
現代において、なかなか子どもたちに、その保障をしてあげにくくなりましたが、
なるべく、きっちりととした生活を送るように親である私たちが、努力したいものです。

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October 10, 2004

反省と執着

私は、ひろさちやさんの本が好きです。
どこが好きかというと、
「楽に生きていこう」というスタンスが、私のように面倒くさがりでいい加減な人間にはぴったりくるのです。
さて、またまた面白い文を見つけたので紹介します。
~~~~~~~~~~
反省すると執着になるから失敗しても、後悔したり、ましてや反省はするなというのです。
つまり悲しいときは悲しい、辛いときは辛い。
それは当たり前の事である。それでよくて、そのままを受け止めればいい。
無理に自分の感情を押し殺すことも、落ちこんで悩む事も必要ない。
とかく人は,
「ああーーあの時、こうすれば、、、」とか
「あんな事しなければよかった」と後悔するが、
いくら後悔しても元には戻らない。
同じ過ちを二度と繰り返さないために、反省をしろと良く言うが、
そもそも、同じ過ちというのはあるはずがない。時間、状況、条件はいつも変わっているのだから。
反省するということは,同じ過ちを何度も何回も思い出して、考えることである。そして、振り返る度に苦しみ、悩み落ち込む。そして、そのことが執着になって、ますます苦しむ。
過去はもう取り返せない。それよりは今なすべきことをしっかりとやることが大切である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そうなんですよね、、、
いつも失敗ばかりの自分を責めていました。
なんて私って成長がないんだろう、、、と。
前にもこんな事、確かにあったよな。と己の未熟さを責めます。
しかし、ひろさちやさんの本を読んで、
「反省が執着に結びつく」という事を知り、なんだかとても気が楽になりました。
反省って、あやしげでなかなか離れがたいものがありますよね。
「あアーー私ってだめなのよね、、、」
と,ため息付きながら自分の未熟さに思いを致すというのは、なんだかヒロインのような感覚を伴うときってあるじゃないですか。
悲劇の主人公になりきるようなところってありませんか??
そして、考えているようで、もう二度としないと誓ったようで、実は同じところをぐるぐると回っていただけなのです。やっぱり自己満足以外の何物でもないような気がしてきました。考えてみれば反省って自己弁護でもあるようです。
過去を見ている時間があれば、もっと現実をしっかり見つめて生きていきなさい。と言う事を、今日は学びました。
さてさて、後は実行あるのみ。
(この文は、瀬戸智子の実験教室のやじろべえ日記から転載しました。)

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October 09, 2004

個性豊かに

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子どもの個性、感性はいつだって楽しい。
作文教室を行っていていつも思うことは、
「子どもの感性」の素晴らしさです。
先日は、子どもたちに、「食べ物自慢」というテーマをあたえました。
「ラーメン」「やきそば」「おすし」「おでん」「、、、」
いろんな食べ物を書いた紙を、一枚選ばせて、その食べ物の宣伝をするのです。
何が自分に来るかはわかりません。
事前に調べることも、していないのですが、限られた時間内で、それぞれが上手にまとめていました。
自分の経験に裏打ちされているテーマだったので、気楽に楽しく、なおかつ深い洞察を加えることができていました。
私が、気がつかないような切り口で書かれていて感動しました。
また、お母さんの料理の仕方などが、素敵に紹介されたりして教えてもらいました。
「へぇ〜〜〜そんな風にして食べるんだ」
「今度まねしてみよう。」
それにしても、思うことは
「子どもにはいろんな経験をさせたい」ということです。
潜在ポケットに、いろんな物が入っている子どもは、ユニークな発想をするのは当然です。
経験に無駄はありません。
よきにつけ、悪しきにつけ、人は経験から学ぶものであると思います。
それは大人になっても同じです。
人間、いつまでたっても学ばなければなりません。
何も子どもだけが「学びの徒」ではないと改めて思いました。

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女子は強い その2

女子は強いの続きです。
これが、中学生になると、どの様に変化するか、、、

中学生が、私の所にやってくるのは、
勉強もさることながら、「心の受け皿」としてやってきます。
彼らは我が家にストレス解消にやってきている、、、
パズルをやったり、(なぜか小学生の)歌を歌ったり(?)
まあとにかく私は「心の受け皿」をやっているわけです。
そんな中で、子どもたちは自分の胸の内(本当に、ほんのちょっとですが)を語ってくれたりします。
「ほう、、、あの子とあの子が好きあっているのか、、、」
なんて古典的なことから
「ああーーそれは困った。」
と、いうことまでいろいろ。
そして、その中でも面白かった話題は「女子は強い」です。
小学生のところでも書いたように、
中学生もやはり、女子は強い。  
 らしいです。
「口は立つ」
「うるさい」
「暴力する」
「集団でやってくる」、、、
などなどと男子は口々に言ってました。
私は実のところ、そんな女子に「がんばれーーー」と心の中ではエールを送っているのですが、彼らの手前そうもいかないから「うんうん」ときいています。
まあそれにしても、そんな風に女子の悪口をいっている男子も悪口を言いながらもどこか楽しそう。
なんだか初々しい感じがして、いいもんです。
悪口の中に、ほのかな情感があったりして、、、
お互いが人格を認めあう素敵な人間関係を築いていって欲しいな、、、
と思いながら楽しく聞いていました。

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女子は強い

私が教えている勉強教室は、自称「寺小屋」。
5〜6人の子どもたちがワイワイガヤガヤと、自分の苦手のところを勉強します。
学年がバラバラで、男の子やら女の子もちょうど半分位づつなんですが、みんなとても仲良しなんです。
年上の子ってけっこう、下の子の面倒なんか見てくれたりして、私はホットな気分で子どもたちに接することが出来ます。
しかし、時々ハメをはずす男子が必ずどのクラスにもいるんです。
「こらこら、、、静かにしなさい」なんて私が注意をしてもいっこうにきかない。ダンダン私の声も荒くなり、ついに堪忍袋の緒が切れる、、、
という手前で、女子が(大抵は同じ学年です)しっかり叱ってくれます。
「ちょっと、うるさいわよ、、、あんた、まるでセクハラ親爺みたいよ、、、」
と。
それを聞いていて私は唖然、呆然。
セ、セクハラ親爺^^;
小学3年生の女の子の言葉です。
すごーーーい。
でも、もっと驚いたのは、その一声で、うるさかった男子が静かになりました。(おかげさまで、、、)
それにつけても、
女子は強いな、、、逞しいな、、、頼しい。

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October 08, 2004

求めよ さらばあたえられん

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求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる。
門を叩きなさい。そうすれば、開かれる。
だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、
門を叩く者は開かれる。
(マタイによる福音書第7章7〜8節)

有名な一節です。
求めないこと、
望まないことは、
最初から手に入りません。
まず、第一歩は、
「求めること」から初めて下さい。

求めて下さい。自分の可能性を。
探して下さい。自分の夢を。
叩いて下さい。自分の心を。
そうすれば、そうしただけ何かを得ることができると信じて、、、

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憧れの人

実は、私の憧れの人は小原章介さんです。
あの、「朝寝朝酒朝湯が大好きな」章介さんです。
もっとも「しんしょう」は潰したくはないけれど。
しかし、
朝寝、気持ちいい〜〜
朝酒、う〜〜〜〜ん憧れ。
朝湯、うわっ===
自分は出来ないけれど、章介さんみたいに生活したら素敵!
まず、精神衛生上、いい。
世間の小さいことに、グダグダ悩まずに、おおらかに、ひたすらおおらかに、、、
と、いうわけで憧れの人です。

息子がまだ中学生の時、夏休みも、もう終わりの八月の末。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「僕。かあさんが憧れなんよ、、、」
と、言います。
うわっ〜〜〜〜(^.^)
やるぅ==
私は舞い上がらんばかりに喜び顔の筋肉は総崩れ。
「よしよし。良いねぇ。そうか、、、、」
と、私。
こんな幸せが、すぐに崩れるとも知らず私は大喜び。
「だって、楽そうだもん。」
と、息子。
「はぁ?楽??」
「うん、朝起きて僕たちが学校に行ったら、あとは一人で、十時におやつ食べて、
お昼はみのさん見て、三時におやつ食べて、昼寝して、僕たちが帰ったら友達と電話していて、イイナァ、、、
僕も主婦になりたいーーー」
うっうっうっ
「あっ、 あんたねぇ〜〜〜」
と、私は逆襲に出ようとしたのですが、
こんな変化球が来るとは思わなかったので、すぐには態勢が整いませんでした。
「かあさんも大変なんよ、、、、」
せいぜい、これくらい。
後から、「あ〜〜〜も言えばよかった、こうも言えば良かった、、、、」
と、悔しがっていたのですが^^;

しかし、
やっぱり親子なのか???
私の憧れは「章介さん」だから、まぁ息子も、
「クチャネ〜、ネチャクウ〜」生活に憧れているのか^^;
ううううう〜〜〜〜〜〜んんんん。
本当はそんなことな〜〜〜い。
いつも、いつも家族の健康と、幸せを願って、、、、
(やっぱり、ダメか^^;)
そいうえば、何年か前、
大学生の憧れの職業が、男子学生も女子学生も
「主婦」
だったことがあります。
理由は、息子と同じです。
ここでは専業主婦論争することが本意ではないので、
これらの誤解に対しては、流すとして、、、
じつは、この問題は、一つの社会現象でもあると思います。
今の若者の多くは、先が見えていないことへの漠然とした不安を抱えているという意味で。

もっとも、もし息子が今、小学生だったら、憧れはイチローだろうか???
そうだと嬉しいのですが、、、

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October 07, 2004

秋さがし

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子どもたちと「秋さがし」のために、裏山に出かけます。
小さな山で、細い道がデコボコに一本通っています。
いまなら、もうドングリもちょっとは落ちています。
サクサクなる枯れ葉を踏んで、ちょっと歩くと、
開けた場所に出ます。
この森の持ち主の墓地です。
そこからは、下の村の集落が見えて、
もっと遠くには、街道沿いに車の走っている様子もわかります。
子どもたちは、ここへ来るのが大好きです。
みんな、勉強なんか一つもしません。
隠れん坊したり、飛び跳ねごっこしたり、、、
とにかく遊んでいます。
この山には、以前フクロウが住んでいました。
私たちが引っ越してきたときには、
まだ、フクロウの家族が住んでいて、
夜、ホーホーと鳴きます。
なかなか哀愁があるのですが、
じつは、かなりのイタズラモノで、いろんなことをやってくれるのです^^;
朝起きたら、花壇の花がメチャクチャになっていたり、、、
まぁ、そんな田舎に住んでいたのですが、
近年、開発されて、もうフクロウを見ることも出来なくなりました。

自然はドンドンなくなっているというのは事実です。
しかし、私は、大都会にも自然はいっぱいあると思っています。
なにも、田舎だけの特許ではない自然は。

以前、NHKで「自然のアルバム」という素敵な番組がありました。
その本とカセットテープというのが本屋さんで売っていて、
私は買い求めたのですが、
その中の一つにチーフディレクターの中坪礼治さんが、
「大都会にあって、自然をふと見つけたときの喜び」を書いていらっしゃいます。
自然を撮るために、
極限の中に出て行くカメラマンや、
微かな自然の音を録るために、何時間も雪解けの水にマイクを向けているスタッフのことなどが、
紹介されています。
いつでも、なんでも、
目に見える事実というものは、
その影で、もっと偉大な努力によってなされるものなのでしょうね、、、

結果ばかりでない、
もっとそのうらの真実を、いつでも探し求めたいものです。
子どもたちとの「自然さがし」。
目の前の事実だけでなく、もっと多くを伝えていきたい。
私自身の、勉強でもあります。

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太陽系外に微惑星帯 発見!!

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太陽系の外にあって、地球から63億光年彼方にある恒星「がか座ベータ星」にリング状に分布した「微惑星帯」があることが分かりました。
惑星系が形成される初期の段階と思われます。
がか座ベータ星は生まれて二千万年くらいの新しい星で、
この「微惑星帯」の発見によって、
惑星形成過程を明らかにする上で、大きな成果といえます。
私たちの住む地球の謎にさらに迫っていくかと思うと、なんだかワクワクします。

このところ、注視されていた「天動説4割」問題。
私も瀬戸智子の枕草子
で話題にしたことが在ります。
その折は、多くの方からトラックバックやコメントをいただき、
とても参考になりました。
ところで、この問題、当の子どもたちは、どんな風に考えているのか?
私は、子どもたちに聞いてみました。
〜〜〜〜〜〜
「ねぇ、今、ちょっと、問題になっているんだけれど、
地球が太陽の周りを回っているか?それとも太陽が地球の周りを回っているか?
どっちだと思う?」
と、ふってみたところ
「そんなの決まってんじゃん。地球が太陽の周りだよ。」
と、言いながら、そんな質問をしている私のことを、
「この先生、大丈夫かなぁ?」
なんて顔で見ます。
「そうか、、、決まっているのか、、、」
と、私はため息交じりに返しました。
〜〜〜〜〜〜〜

「決まってんじゃん」も、「あれ?あれ?どっちだっけ???」も
私にとっては、変わりがない。
どちらも、
実際に、その問題に、自らが悩んだことはないのだから。
分かっている子、出来る子にも、そうでない子にも、まだまだ奥行きの深い勉強を伝えていきたいと、そんなことを思いました。

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October 06, 2004

良い先生

私は小学校からずっと、普通の成績の子どもでした。
ズバズバ分かる、というタイプではなくて「ゆっくり、じっくり」タイプでした。
小学校の時の先生で、今でも忘れていないのは六年生の時の担任。
算数の授業で「分数の割り算」をしていた時です。
「分数の割り算は逆数を掛ける」というあれです。
私は、その一歩手前でつまっていました。
1=2/2,3=3/1、、、などの「整数」を、「分数」で表すことが分からなかったのです。
だから、授業中はボッーとしていたか、しどろもどろしていたのでしょう。(覚えていない、、、)
休み時間になって、担任の先生が私の所にやってきました。
そして、ゆっくりと、図に書いて「整数」と「分数」を教えて下さいました。
その時、どんな風に教えて下さったのか、記憶はさだかではないのですが、
とにかく私は分かったのです。
理解することが出来たのです。それからは「整数」と「分数」はバッチリ。
そして何より嬉しかったのは、「先生は私が分からないことをわかってくれていた」という事実です。
大勢の子どもたちがいる中で、ちゃんと見ていてくれたということは、小学生の私にはとても嬉しいことでした。
いま、私は子どもたちの勉強を見ています。
「分数」の所にくると、あの時の私のように詰まっている子が必ずいます。
「この子はどこがつまっているか、、、」私は分かります。
私は私流の教え方で子どもたちに分数を教えますが、彼らの一番分からないところは丁寧に何回も一緒にやります。
そして、そのつど、小学校の先生のことを思い出して、感謝して
います。この子らにも、この子らの思いでの中で、
「そのような先生」でありたいと願いながら。

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褒め下手は褒められ下手

子どもは褒めて育てよ、、、とはよく言われます。
また、多くの人は、そうだとは思っています。
異論はありません。
ところが、理性ではわかっていても。現実にはなかなか難しいようです。
一つには日本人の民族性と言うか、文化というものもあるようです。
褒めるということを、「軽い」「おだてる」「調子に乗せる」というように受け取る人が多いようです。
褒められた方も、内心は嬉しいのですが、やっぱり照れて、「いえいえ、、、」と否定するのです。
本人は謙虚のつもりです。
これはこれで、本人だけの問題なら別にいいのですが、
「褒められ下手は褒め下手」でもあるのでは?と思うのです。
つまり、自分が褒められると、素直に喜びを表せない人は、他人を褒めることも下手なのです。
褒める、ということに何処か一線が引かれているのでしょう。
しかし、褒めることが人をして大きく成長させるものであることは、もう検証ずみです。
だとしたら、やっぱり子どもたちを褒めることを,けちってはいけません。
気前よく褒めてください。
その第一歩は自分も褒められ上手になってください。
ダレかに何かを褒められたら、
素敵に笑って、「ありがとう」と言ってください。
嬉しくなることは、やさしくなることで、やさしくなれば相手のよさが発見できます。
「ほめ下手は発見下手」でもあります。
子どもの持っている溢れんばかりの感性を発見してください。
なみなみとした思いが。子どもに通じたらうれしいな!!
と、私はいつも思って子どもたちと接しています。

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ゆっくりやれば効果バツグン

中学生になって、
算数から数学へと勉強の質が変わると、
付いていけない子たちが増えてきます。
その主な原因は、
勉強ができるようになりたいでも書いたように、
具体的な事象から抽象への変換が、うまく処理できない事だと私は思います。
そんな時は、すこし小学校に戻って勉強をしてもいいのでは???
子どものプライドを傷つけないように、戻るコツは、
「悩んでいるの、躓いているのは、貴方ひとりではない」
と、言って、しっかり本人に、戻ることの意義を伝えることです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「小学校の時、授業早く進んだでしょう?」
と、私。
「はい」
と、中学生。
「じゃ〜今日はまず、掛け算の意味をもう一回、教えてあげるね、
これは大人でも良く知らない人がいるよ。
ホラ、分数の割り算はどうして逆数を掛けるか?とか、、、
知らない人多いよ。ここでしっかり勉強して、みんなに教えて上げようね、、、
はい、ノートを出して。」
と、私。
続いて、
「では、掛け算には3つ意味があって、、、、、」
「はい」
「じゃ、2×3と3×2の違いがわかったね、、、」
「はい」
「次は掛割図を教えてあげるね、、、、、」
「はい」
と、私と中学生は、ゆっくりと進んでいきます。
「最後は分数の意味だよ。分数というのは分子と分母があって、、、、」
「はい」
「みんなが悩む分数の掛け算、割り算の意味をみていこうね、、、、」
「はい」
「ほらね、、、こうして、分数の割り算は逆数を掛けるという操作をするんだよ」
「はい」
と、子どもは納得!!!
「どう?」
「はい、すごくわかりました」
その子の顔は今までになく、はれやかに輝いていました。
目に力がありました。
私も一緒に「そもそもの意味」を教えながら、次第に算数の世界に入り込んで楽しみました。
終わったあと、二人は思わずニッコリ(^.^)
「今、やったことは、すぐには力にならなくても、そのうち絶対に出てくるから楽しみにしておいで」
「はい」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

彼女が帰った後も、しばらく私の幸せは残りました。
ゆっくり丁寧に見てあげれば絶対わかるのですね、、、
壁は自分で「できない」という思い込みなのかもしれません。
誰でもが「算数」はできる!
と改めて確信しました。
ゆっくり、あわてず、確実に!!!
です。

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勉強ができるようになりたい その2

子どもは、大人が思っている以上に、勉強が好きです。
なんとか、わかりたい、
分かる喜びとやらを、自分も感じたい、と思っているのです。
ただ、分からないことを、自分で処理出来ていないことが多々あります。
つまり、相手にも自分にも、「ここがわからない」ということを伝えられなくて、ただ漫然と時を過ごし、モヤモヤだけが募るのです。
分からないことを分かるということは、難しい。
とくに具体的な事実にしか慣れていない頭では、抽象的に思考することはかなり難しいと思います。
先日もある女の子に、数学を教えていた時のこと。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「先生、わかりません。」
と、私の所に来ます。
私は問題をみて、すこし基礎を教えます。
「木が1本ならここは3、木が2本なら6、じゃ、木が三本なら?」
「9」
「おおーーいいじゃない。」
と、誉めてしばらく同様の問題をやります。
「じゃ、木がX本なら?」
と、私が聞くと、
「、、、」
返事がない。
「何がわからないの?」
と、私。
「X本がいくつかわかりません。わからないから答えられません」
と、彼女。
「(〜_〜;)」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

彼女は、具体的な数字はちゃんとわかるのです。計算もできます。
ただ、頭は算数から数学になっていないのです。
このような子は実に多いのです。
具象から抽象へ。そしてまた具象へ。
この変換が実に難しい。
中学になって、文字式で戸惑う子が多いのは、こうしたわけです。
小学校では、分かっていた算数がいきなり空々しい学問になって、子どもに襲いかかってきます。
もちろん、これでいい、、、とは誰も思っていなくて、なんとか分かるようになりたいと悪戦苦闘。
この時期の子どもって、本当に健気です。
クラブは夜遅くまでやっているし、
塾にもいくし、
時々のテストもクリアするし、、、
たいしたものです。
試行錯誤の中で、自ら解決を探し出す時期なのかもしれません。
勉強に限らず、
いろんな事を。

大人は、静かにやさしく見守る事しかできないのかもしれませんね、、、

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本当は、勉強ができるようになりたい

子どもは、本当はみんな勉強が好きです。
わかりたいと思っている。
知りたいと思っています。
ずいぶん前に、小学校の6年生の男の子に「割合」を教えていた時のことです。
〜〜〜〜〜〜〜
「はい、割合の公式は、比べる量/もとになる量だよね?」と私。
「はい。」と元気に答えてくれるM君。
「じゃ、ここに、お花が10本あります。赤い花が5本、黄色が2本、白い花は3本です。赤い花の割合は?」
と、問題を出すと途端に考え込むのです。
M君は頭のいい、理解力のある子です。私はその反応が今までのM君とあまりに違うので驚きながら、聞きました。
「どこが分からないの?」
「比べる量がわからない、、、」
「M君、比べる量ってね、、、、、、、」
私は説明します。
しかし、何回教えても駄目。
一体どうしたんだろうM君。
途方に暮れた私。
ところが、ある日M君が大きな声で、イキイキと言いました。
「わかった!!!
比べる量って、いま聞いている量のことなんだ!!!」
その目には力がありました。
「そうか、、、そこに引っかかっていたのかM君。」
と、私は納得。
そうなんです。彼は単に言葉に引っかかっていただけなのです。
「比べる」と言う意味を、彼は具体的に考えていたので、先に進めなかったのです。
何回かやっていくうちに、
「いま、きいているもの」
と、いう彼の言葉を見つけて理解したのです。
これは彼だけの物です。かれが得た成果です。
勿論、その後はうなぎ上りに成績は上がりました。
〜〜〜〜〜〜〜〜

わかる、ということを話題にする時、いつも思い出すM君とのエピソード。
彼は、途中であきらめずに、なんとかわかりたい、と必死でした。
操作としての「算数」はわかるけれど、本当に理解していないので、いつも不安なのです。
もし、もっと難しい問題がでたら、どうしよう、、、
そうすると、頭はパンク。真っ白になります。
そういう時、他人はなにもできません。
ただ、何回も付き合うしか、、、
「悩み」は、その子だけのものであり、
解決もまた「その子だけ」のものです。
人によって、子どもによって、躓くところは、みんな違うから、
「これがいい」という王道なんてありません。
ひとりひとりの、またその時々の段階で、一緒に付き合うことしか出来ないのですが、
それが一番大切です。
なにしろ、子どもは本来、
「勉強がわかるようになりたい」
と、願っているのですから、、、

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親子はソックリ

子どもは、
「育てたように育つ」
と、いうのが私の持論です。
私は今までに何回も、「いじめ」の相談を受けた事があります。
勿論、いじめられている方のお母さんからです。(不思議なことに多くのお母さんは、我が子は学校でいじめられている、と思っています。決していじめているということは考えません)
「○○君がうちの子にこんなことするんです」と話されます。
「○○君のお母さんはご存じですか?」と聞くと
「いいえ、知らないと思います。」
「そうですか、、、じゃあなたが一番腹が立つのは、子どもが○○君にいじめられているということより、○○君のお母さんが知らなくて、幸せにノホホンといることなのですね。私がこんなにアナタの子どものことで悩んでいるのに、アナタは知らないでノーテンキで、くやし〜〜〜いと」
「、、、」

そうなんです。
本当に深刻ないじめでない限り、学校での少々のいざこざはお互い様なのです。
自分の子どもが、何かいやな事をされているのを、たまたま知り得た親は、相手の親も自分と同様に苦しむことで問題の解決をみるわけです。
つまり、いじめっ子の親が、悩み、苦しみ、その親が謝りに来ると、溜飲が下がるのです。
「いいえ、うちの子も、何をしているか、、、
お互い様です。」
と、初めて、ここで我が子と、お互い様だと思うのです。

ここで、最初のタイトルに戻るなら「親子はソックリ」。
育てたように育っています。
イタズラ、ワンパクな子どもの親は、「きめ細かい気配りをしない」と思う方が
精神衛生上いいと思います。悩むだけ、怒るだけ損です。
むしろ、「おおらかだ」と思った方が、得です。
(ただし、同様のことが何回も繰り返されたら、毅然とした態度で当事者の親、あるいは担任に伝えてください。深刻な事態に発展しないように。)

さて、しつこく最後に書きますが
「育てたように育ちます」
親子は、やっぱりソックリなのです。

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October 05, 2004

イマドキの子どもたち

今どきの子どもたち、
何を考え、悩み、感じているか?
勉強を、中心に、友達のことや、親のこと、
将来の事について考えるブログです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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