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August 16, 2006

父母の祈り

父母の祈り

神よ、わが子が自分の道を歩めるように、

わたしが歩みたいと望んだ道を子どもに強いることがないように、

わたしにできなかったことを子どもに強いて、苦しめることがないように、

神よ、わたしを守ってください。

わが子が歩み行く遥かかなたを見据えて、今のわが子の過ちを見守らせてください。

ゆっくりと成長するわが子の姿を、優しい心で見つめることができますように。

些細ないたずらに微笑みかける時と、悪しき行いを毅然とたしなめる時、

その二つの時を見分ける英知を与えてください。

わが子の怒り狂うことばや、押し黙る孤独な姿に、

悩み苦しむ子どもの叫びを聴き取ることができますように。

そして、深い淵を越え、子どもに歩み寄り、理解しあう事ができるよう、

わたしに力を与えてください。

神よ、できないことに目を留めていらだち、怒りの声を上げるのではなく、

わが子が上手にできたことに目を向けて

喜びのことばで褒めることができるよう、

私を導き、ちからをあたえてください。

私が心からわが子を大切にすることによって、

子どもも、心から人を大切にすることができますように。

わが子が力強く自分の道を歩めるように、わたしは子どもを送り出したい。

神よ、どうかわたしに、その勇気を与えてください。

(マリオン・B・ダーフィーの『祈り』から)


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私の大好きな詩です。
もう一つのブログ、枕草子にも掲載しました。

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自分で考えること

今の子どもたちは自分で考えることが苦手です。
真面目で努力家ではありますが、
「自分で考えろ」と言われると手探りです。
そんな子どもたちの一端を紹介いたします。


枕草子からの編集・転載です。
========

以前、子どもたちに、
実験算数を教えたときのことです。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「みんな、机の前にある粘土で、まず自分の好きな物を、
作ってご覧。」
と、私。
子どもたちは、机の前に置かれた粘土をただ見ているだけ。
「どうしたの?」
と、再び私。
「、、、」
答えは返らない。
「どうしたの?なんでもいいから、、、作ってご覧。」
と、言う私に、一人の男の子が、
「本当にいいの?」
と、聞きます。
「勿論。」
私がそういうかいなや、
子どもたちは、セッセと作り出しました。
(ヨシヨシ)
私は、心の中でニンマリ。
しかし、、その笑みは、
すぐに凍りつきました。
子どもたちの作品を見て。
なっ・なぁ・んと
子どもたちは、
机一杯に、
うんち
を作っていたのです。
コネコネ二段型。三段重ね、マルマル型、、、
あっちのも、
こっちのも、
みんな
ウンチ。

あっxxxxxっっつ。

声も出ない私をよそに、
子どもたちの
生き生きしていること。
友達とワイワイ言いながら、
あるいは一人ニンマリと。

まぁ、私が好きな物を作って良い。
と、言ったのだから、子どもたちは間違ってはいないわなぁ。
そう、思ってしばらくは彼らに付き合いました。

30分くらい、好きに作らせた後、
「じゃ、今度は、立方体、
本当は正六面体っていうんだけれど、
サイコロの方が分かるよね。
作ってご覧。」
と、いうと、
みんなは、
自分の会心の作品(?)に別れを惜しみながら、
サイコロを作り出しました。
今度は、
課題を与えたので、
「きれいに」作ることに、苦心をするのです。
みてくれのいい、、、ものを作ろうと躍起になるのです。
「ここは、工作教室じゃないから、
そんなにきれいな物を作らなくてもいいのよ。
大事なことは、
サイコロって、6つの同じ面から、、、、」
私がどんなに大きな声で叫んでも、
だれも
聞いていない。
みんな、汗拭きふきやっています。

そうこうしているうちに、
時間は過ぎて、今回はここまで。
子どもたちは、
それぞれ、
出来、不出来はあるものの納得をして帰りました。
〜〜〜〜〜〜〜〜
今の子どもたちは、
「管理」されることが多いので、
「自分の好きなもの」という言葉に対して、
臆病なのです。
初めは、
おっかなびっくり。
しかし、
それが、許されることがわかると、
それこそ
「たが」がはずれたように、
自分の世界に入ります。
また、与えられた課題に関しては、
「これをやる意味」
なんてだれも質問をしません。
「どんな風に作るの?」
という質問は矢継ぎ早ですが、、、

これは、
私の小さな経験です。
この事実から全てを展開は出来ないし、
しようとも思いませんが、
こうした一面を持っている今の子どもたちということで、
ここに紹介をしました。

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夏休み自由研究

夏休みもあと10日あまり。
自由研究もそろそろ仕上げの段階に入ります。
昨年、枕草子に書いた記事ですが編集・転載いたします。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「簡単なこと、単純なことをやりなさい。」
「できるだけ、家にある材料を使いなさい。」
と、
幼い頃に疑問に思ったこと、
大人が「当たり前」と思って、流しているような疑問を、
もう一回、思い出して、それを調べたら良い、とアドバイスします。
たとえば、
「地球はなぜ青い」
「子どもは、どうしてうまれるの」
「空に雲が浮かんでいるのは、どうして」
「植物は、何を食べているの」
とかとか、、、
そんな単純な疑問を、もう一度、丁寧に考え、調べてみると、
「自分だけの自由研究」ができると思います。
本で調べるときも、結論を丸写ししない。
まず、その疑問を、思った「自分」というものを全面に出していく。
========
「私は、空になぜ雲が浮かんでいるか不思議でした。
そこで、本で調べたら、
雲は、水の塊だとわかりました。
そこで、天気と、雲の形について、考えました。
、、、、、、、、、、」
========
「自分の言葉」で書くことが、
何よりも大切です。
結論は、大人の方が知っているのだから、
「動機、きっかけ」を丁寧に考えて、書いていくと、
そこから、
何か違う物が見えてくると、思います。
また、お金は使わない。
あるもので、工夫しながら行うことも、大切です。
そして、
それこそが、
自由研究では、、、、
と、私は思いますが。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

独自の物を見つけることはなかなか難しいとは思いますが、
ほんのちょっとの「ひらめき」がユニークなものを作ると考えます。

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文を書く

夏休み。
子どもたちにとっては読書感想文をはじめとして絵日記、自由研究と何かと書くことが多い時期です。
と、言うことで
文章を書く。と言う事について、ちょっと考えてみました。
しかも自分の考えを相手に伝えるような文を書くことは、確かに難しい。

話し言葉ならどれだけでも話すことが出来ても、
いざそれを文に書き起こすとなると、大人でもすぐには書けません。
自分の思いや考えや感情の行ったり、来たりの中で右往左往しながら自分の意見を纏めていく作業は大変です。

思いつくままに、音が発するままに書いていくことは気ままで楽しい。
伸びやかにストレートに文字が原稿用紙を埋めていく。

空は青いよ。
いや、雨の日は鉛色だよ。
えええ????
鉛筆で落書きしたみたいだね。

とかとか勝手に無責任に書き綴ることは子どもたちにとっても、ちっとも苦ではない。
だがしかし、
こんな気ままな勝手な文さえも今、子どもたちからは消えていっている気がします。
「表現力」というモノサシが学校教育に入り込んでから、
子どもたちの表現・感性は評価の対象になったから、子どもたちは縮こまってしまいました。

子どもたちが書くことに、
指導なんていらない。
まずはとにかく書く、書く、書く。
思いつくままに、メモのように書いてください。
例えば、
好きなこと、キライなこと。
感動したこと、イヤだったこと。
楽しかったこと、怒ったこと。
どんなことでも「一言」だけでもいいのです。
どうしても書くことがなかったら「天気」でもいい。
晴れとか雨とか、、、
こうして一言メモを取ることで、
やがて観察力がつき、分析が生まれ、感激が沸き上がると思うのです。

まずは結果を気にせず
書くことから。
それが第一歩です!!

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