2008.05.10

母べえを観て

母べえを観てきました。

夫と二人で雨の中、行ってきました。
この映画は、夫と一緒に観て本当によかった。
何気ない日常の幸せ。
当たり前のように受け止めている大切な者を確認することができる、
上質の映画でした。


さて映画は、
時代と人々。
がテーマなのでしょうか?

背景である戦争への告発と平和の尊さ。
それを守る為に命を賭した人、その家族の愛。
それは夫婦の愛であり親子の愛であり、親戚の愛であり、隣人の愛であり、淡い憧れにも似た愛であり、、、
様々な人々の「思い」が愛と言う形で淡々とセピア色に流れていきます。

戦争と言う暴力に屈する事なく誇り高く命を閉じた人。
好むと好まざるとに関わらず徴兵され、戦地に赴き、命を散らす人々。
そして残された人々。
その残された人々こそが生き抜き、生き抜き、生きていく、、、
いろんな物を抱え、心に封じ込め。
戦争は終わってなんかいない。

時代は流れて、時は移り、、、

母べえは今際の際に言う。
「あっちに行っても父べえにはあいたくない。
生きてあいたかった」
と。

一年、二年、三年、、、そして十年、何十年。
母べえは夫、それも生きている夫を待っていたのでしょう。
心に生きている夫を描き、生き抜いてきた一人の女性の生き様,その最期が語る物は、
愛する者を失う悲しみ。
以外のなにものでもありません。

そんな悲しさ、切なさが全編に漂っていました。
悲しく、辛く、やっぱり救いはなかった、、、

救いはなかった。

それでいいのだと思います。

人は生きていく者です。
立ち、歩む者です。
そして、
愛する者を誰よりも大切に丁寧に生きていく者です。
だからこそ、
理不尽な形で愛する者を奪われることは救いがない。

救いがないからこそ、
これからこんな事が再び起きる事のないように、
人は生きていかなければならないのだと思いました。
かけがえのない人が、
理不尽にも、もぎとられるような残酷な日が誰にとっても起きる事のないよう祈りながら。

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2008.05.09

戸坂潤の道徳論を読む

愚樵さんが科学は陰謀説から生まれたなんて挑発的なタイトル(ご本人曰く)でエントリーを挙げられました。
あまりの面白さに何回も読み込んでしまったのですが、
やっぱり書こう「道徳」について、まずは。
(この忙しいときに、こんなワクワクするエントリーを挙げるな、と愚樵さんに毒づきながら、、、ブツブツ)

「キリスト教世界観から【神】が抜け落ちたことには、近代科学を生むと同時にもうひとつの副作用があった。それが科学と道徳の分離である。

【現象】が【神】と関連付けられているときには、【現象】の解釈には道徳性が付随した。【神】は世界を創造したものであると同時に道徳の根源であるのだから、これは当然のことである。しかし近代科学で【神】が抜け落ちると、【現象】の解釈への道徳性もまた抜け落ちた。道徳性が抜け落ちた解釈、論理実証主義の特徴はここにあるといってもよいかもしれない。
(愚樵さんのエントリーから)」

科学と道徳かぁ???
この二つの言葉が並ぶと私が思い出すのは、やはり戸坂潤。
「科学的認識のうえでの論理の欠乏は、道徳的意識のうえでの節操の欠乏に対応する」

と、言うことで愚樵さんのテーマからはずれることになるのですが、本棚から引っ張り出してきた戸坂。
ここからは戸坂潤の道徳論をみていきます。殆どが戸坂の文の引用ですので、
お時間がある方は直接本をご覧ください。格調高いです。
また、すごく長いので、まずは感想だけちょっと先に書いておきます。

カエサルのものはカエサルに、神のものは神に。
そして道徳は生活意識というそのものに還されなければならないのだと、改めて思いました。
それは決して、
階級支配の道具であってはいけない、、、

戸坂が伝えたかったこと、伝えようと願ったことは何か?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

第一章 道徳に関する通俗常識的観念
「道徳の問題を持ち出す際、いつも邪魔になるものは、道徳に関する世間の通俗常識である。」と戸坂はまず初めに世間の通常常識が道徳の問題を考える際、ある障害になると述べる。
そして、
「道徳の理論的な観念はいつも道徳の常識的観念を縁とすることによって、その検討が始められねばならず、そして終局に於て、常識的道徳観念からの絶縁としてではなくて却ってそれの深化又は変貌として、道徳に関する理論的概念を取り出さねばならぬ。だがそのためにも、道徳に就いての常識的な観念が、殆んど迷信に近いまでに頑なで有害なものだということを知らねばならぬ。」と纏める。
その後、常識の分野について言及。
そして、以下のように述べる。
「道徳なるものは、だから生活の一切の領域に、或る仕方に於て着き得るのだ。どういう権利でどういう仕方で着くかは、後に見ようと思うが、とに角その意味に於て、道徳とは生活意識そのものを意味するのだと、仮に云っておくこととしよう。念のため断わっておくが、道徳は確かに一応、常識がそう想定している通り、生活の一領域のことなのだ。にも拘らず、それに尽きることなく、根本的には生活意識そのものを意味するという含蓄を有つものだ、と云うのである。

次に戸坂は道徳の人間性に言及。
「 常識による道徳の考え方の第二の特色は、道徳を善価値だと考えて片づけることだ。という意味は、道徳とは道徳的なことであり善であることだ、というのである。」
そして、戸坂は徳目、修身などおよそ人が道徳と聞いたとき連想する数々の項目について述べる。
この徳目主義から道徳の普遍性を要請する観念が芽生えること。そしてその意味を次のように分析する。
「だから道徳の不変性という観念は、単なる不変性の観念ではなくて、神聖な絶対者、批判すべからざる不可侵物、という観念なのである。事物の不変性は価値評価の世界では事物の神聖味となって現われる。道徳はそれ自身価値ではなく、却って道徳的価値対立(普通之を善悪と呼んでいる)を強調によって成り立たせる或る領域か或いは領域以上のものであることを述べたが、にも拘らず之は道徳が要するに価値的なものであることを云い表わしているのであった。この価値の世界に横たわる処の道徳の不変性を主張するということが、その神聖な絶対性を主張するということになるのは、当然なことだ。」
「常識によって想定される道徳の不変性とは、常識の立場にとっては、凡そ道徳なるものは神聖にして侵すべからざるもので、断じて批判の対象になってはならぬ、という想定なのである。常識にとっては道徳そのものを批評批判することは、云わば第一に言葉の上でさえ矛盾したことなのだ。吾々は不道徳をこそ批判すべきであって、道徳そのものを批判することは、原則的に不可能だと考え得べきだろう。と云うのは批評批判する場合の尺度そのものが、他ならぬこの道徳なのであるから、布地で物指を測ることが無意味なように、道徳を批判することは意味がないのだ、とも考えられる。」
しかし、戸坂は道徳は不変ではないし、あろうはずがないことをその後、引き続いて書く。
「科学は、理論は、事物の探究を生命としている。之は科学自身の批判を通して行なわれる。この点常識にぞくする。処が道徳に関しては常識はそうは考えない。道徳は事物の探究ではない、寧ろ事物を(勝手に常識的に)決める武器だ。道徳自身を批判した処で、道徳なるものが探究でない限り、何の役にも立たぬ。そして道徳そのものを探究すること、之は道徳自身の仕事ではなくて、道徳学とか倫理学とかいう専門的学問の仕事だ、と常識は考えているのである。——だが以上は、道徳を絶対神聖物と考える常識から云って、完全に首尾一貫した観念の展開に他ならない。」
「世間では道徳意識を良心とか法への服従とか習俗の尊重とか考えるが、之は人間の社会生活意識の夫々の内容でなくて何であるか。——俗間の所謂常識による道徳の観念が所謂常識なる観念と相蔽うということをすでに見た。真の道徳と真の常識とも亦、その内容が略々同一のものだと云うのである。」


その後、道徳と現実・社会生活への検討をして、第二章 道徳に関する倫理学的観念へと続きます。
ここは殆ど歴史ですので割愛。
第三章 道徳に関する社会科学的観念
戸坂は道徳は原始の形は日常生活の中での欲望の形態であるとまず言う。
しかし、道徳が社会の中で如何に進化・発展の形をとげるかを以下のように説明する。
「この原始的な道徳観念は実はやがて、現代人が道徳に就いてもつ最も原始的な観念でもあったのである。処でここに注意しておかなくてはならぬ点は、この道徳がこの際(夫が原始宗教の形をとる場合でもよい)、他ならぬ社会的[#「社会的」に傍点]強制だったという点である。道徳はここでは全く社会的[#「社会的」に傍点]なものと考えられているのである。処が道徳に就いての観念がもう少し進歩すると(そしてこの進歩は実に社会そのものの進歩の結果に相応するものだが)、道徳は単なる社会的強制ではなくて、更に強制される自分の主観自身がその強制を是認する、という点にまで到着する。この時初めて、道徳に就いて本当の価値感が成り立つのである。そしてこうして道徳の観念が構成される際の一つの方向は、道徳を主観の道徳感情・道徳意識に伴う価値感そのものだと考えることに存するようになる。こうして良心とか善性とかいう主観的な道徳観念が発生する。所謂「倫理学」は、こうした主観的な道徳観念を建前とする段階の常識に応ずる処の、道徳理論だったのだ。」
そして道徳がイデオロギーとなる道筋を分析していく。
「さて道徳を社会の自然史の立場から科学的に説明しようとすると、之は一つのイデオロギー[#「イデオロギー」に傍点]に他ならぬものとなる。社会に於ける生産関係をその物質的基底として、その上に築かれた文化的・精神的・意識的・上部構築が一般にこの場合のイデオロギーという言葉の意味だが(尤もイデオロギーとは社会の現実の推移から取り残されたやがて亡びねばならぬ意識形態をも意味するが、道徳に就いてのこの意味でのイデオロギー性質も後になって意義を見出すだろう)、社会のこの上部構築としてのイデオロギーの一つが道徳現象だということになるのである。政治・法律・科学・芸術・宗教・それから社会意識、こうした文化乃至意識が夫々イデオロギー形態であるが、道徳はこの諸形態と並ぶ処の一イデオロギーだというのである。」
「道徳は併し権威[#「権威」に傍点]を有っていると云うだろう。処がその権威は実は単に権力[#「権力」に傍点]が神秘化されたものに過ぎぬ。道徳の権威とは、権力としての社会規範に過ぎぬ。而もその権力自身が生産関係から生じることは又、見易い道理だ。」

最後に第四章 道徳に関する文学的観念へと読者は導かれます。
ここでは主に文学作品を検討しつつモラルについて考察。
そして格調高く最後は以下のように締められます。
「だから道徳とは、丁度科学的真理がそうであるように、常に探究される処のものなのだ。その点から見れば、道徳は与えられた道徳律や善悪のことや一定の限定された領域などのことではない。特に、科学が決して、真理と虚偽との対立を決めるというような妙な形の興味を有つものではないと同じに、何が善で何が悪かというような設問の内を堂々巡りしていることは、道徳の探究の道ではなく、従って又道徳の本義ではないのである。
 道徳が自分一身上の鏡に反映された科学的真理であるという意味に於て、道徳は吾々の生活意識そのものでもなければならぬ。そういう生活意識こそ偉大な真の常識というものだろう。そしてこの道徳を探究するものこそ、本当のそして云わば含蓄的な意味に於ける文学の仕事なのだ。モラル乃至道徳は、「自分」が無かったように、無だ。それは領域的には無だ。それは恰も鏡が凡ての物体を自分の上にあらしめるように、みずからは無で而も一切の領域をその内に成り立たせる。」
と。
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宇宙基本法成立?

ミサイル監視・偵察衛星…宇宙の防衛利用、解禁 基本法案成立へと言うことで、
いよいよ舞台は宇宙へ。
スターウォーズならぬミサイルウォーズ。
宇宙から監視されるのでしょうか???


この重要な審議が、昨日8日、衆院内閣委員会理事会において行われたのですが、
わずか2時間の審議です。
ニュース記事にもあるように、
宇宙の軍事利用の拡大・推進や内閣に宇宙開発戦略本部を設置するという中身なのです。
さらに見るならば、
「宇宙基本法案骨子」には、
「我が国の安全保障に資する宇宙開発利用の推進」
「宇宙開発利用に関する情報の管理」
と書かれています。
繙くならば、
「安全保障」の名で日本も宇宙の軍事利用に参加できる。
そして、宇宙開発技術を「情報の管理」の名で、軍事機密のベールに包み隠そうというものです。

1969年の国会決議では、宇宙開発は、平和の目的に限るとしていましたが、
この平和原則が根元から揺るがされることになりました。

この問題、あまりマスコミには上りませんが、
実は大きなおおきな問題なのです。
今後の成り行きに注目と、多くの方に語りかける必要を感じています。

6日の記事もお時間がありましたらご覧下さい。

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2008.05.08

ミャンマーのサイクロン

サイクロンのニュース。
胸が痛みます。
心よりお見舞い申し上げます。

被害が日一日と明らかにされ、被災者の方の数がドンドン増え、本当に胸が痛みます。
食糧不足深刻化と言うことで、
緊急支援活動のよびかけと救援物資についての不足のニュースが出ました。
日本政府も、
ミャンマーに対して、5日に表明した約2800万円相当の緊急援助に続いて、毛布や簡易水槽など約3600万円相当の追加援助をすると発表しました。
また、世界各国もそれぞれ緊急支援を行いましたが、
軍事政権のためか、国連スタッフが入国限定など、もどかしい状況もあるそうです。
と、言うことで
まだまだ現地では足りないようで心配されます。

なお、各銀行などは義援金口座などを開設して、
個人の善意を募るそうです。
心ある方は是非、お願いいたします。

被災にあわれた地方の一日も早い復旧をお祈りいたします。

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日中首脳会談

昨日7日、福田総理と中国の胡錦濤国家主席の会談が首相官邸で行われました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
両国は00年1月以来中断している「日中人権対話」を約8年ぶりに再開することで合意した。チベット問題などをめぐり日中間に常設対話ルートが確保される。懸案の東シナ海ガス田の開発問題についても「解決のめどが立った」(福田首相)ことが確認され、7月の北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)の日中首脳会談の機会にも合意を目指す。
(上記ニュースより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
両首脳は、
日中両国が「歴史を直視」し、「戦略的互恵関係」を包括的に推進するとした共同声明を発表。
中身を見ると、
(1)首脳相互訪問の定期化など政治的相互信頼の増進
(2)人的交流と国民の友好感情の増進
(3)互恵協力の強化
(4)アジア太平洋への貢献
(5)世界的課題への貢献
この分野での協力を謳っています。


会談後の共同記者会見で福田さんは、
中国が4日にチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ十四世側との話し合いを行ったことを「本格的対話に向けた第一歩」と評価。
胡主席はダライ・ラマ側が暴力扇動の停止など「次のステップの話し合いの条件をつくりあげることを望む」と述べました。

また、
東シナ海ガス田共同開発問題については
「長年の懸案に解決のめどが立った」と表明。
胡主席も「突っ込んだ協議で重要な進展を遂げた」と語りました。

微妙でデリケートな問題をいっぱい抱えている両国ゆえに、
これからオリンピックやサミットを控え、
両国が協力をして、国際社会に貢献していくことを祈っています。
今後の成り行きに注目です。

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2008.05.07

仙台戦

勝ったり負けたり、、、
GWのサンフレッチェ広島。

ああああ〜〜〜
昨日は仙台に負けました。
0−1。
惜しかったぁ。
後半ロスタイム、あと30秒と言うところで、
仙台の選手にゴールを許してしまいました。
あああ〜〜〜
がっく。
この間、11日、4試合という過密なスケジュールで、
選手がヘタヘタ、ヨレヨレになっているのはテレビを通して伝わってきます。
それでも、
選手は良いプレーをしました。
頑張っている姿、一生懸命に走っている姿は見ている私にも胸がジィ===ンとなり、
あああ、、、早く終わればと思っていた矢先。
やられましたねぇ。
うううう〜〜〜ん。
なんとも
残念。
残念。
残念。


あああああ〜〜〜


まぁ、まだまだ長丁場。
一つ一つの試合の結果に一喜一憂をしながらも、最終的にはJ1に復帰することを願いつつ、、、
つつ、、、

でも、
もう一回。

残念。


次節はこの悔しさをバネに頑張るであろう選手の姿を楽しみにして、
また、応援します!!!

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2008.05.06

宇宙基本法修正案

連休も今日でおしまい。
アッという間に時間は過ぎると、改めて思っています。
みなさんは、この連休、如何お過ごしでしたか?

さて、連休が開けると、いよいよ国会が嘩しくなります。
目が離せません。
その一つに宇宙基本があります。
以前この記事と、この記事で、宇宙基本法について書いたことがあります。
その宇宙基本法修正案。
いよいよ連休明けに国会に登場か???
注目です。

このニュース、必要に応じてまた書いていきます。

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2008.05.02

恒久派兵法と憲法

明日5月3日は憲法記念日です。
日本国憲法。
その三原則「国民主権、戦争放棄、基本的人権の尊重」が、
今日ほど重みを持って感じられる事はないのではと、思う事しきりのこのごろです。

さて、戦争放棄、憲法9条をもつ平和国家日本に、
自衛隊をいつでも海外に派兵できる海外派兵恒久法をつくろうではないかという動きがあります。


この3月下旬、福田さんが、
恒久法制定を「早くしたほうがいい」と述べました。
それを受けて、早速、自民党は恒久法制定をめざすプロジェクトチームを立ち上げました。
座長も兼ねる山崎拓さんは、今後のスケジュールを発表。
それによると、今通常国会の会期末(六月十五日)までに恒久法の要綱をまとめる。
夏に法案化。
秋の臨時国会で成立というものです。
また、自民、民主、公明の「新世紀の安全保障体制を確立する若手議員の会」も総会を開きました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
週1回勉強会を開き、 インド洋に海上自衛隊を派遣するための新テロ対策特別措置法の期限が来年1月に期限切れとなることを踏まえ、 自衛隊海外派遣の要件を定める恒久法や、集団的自衛権行使の問題について議論を深める方向で一致した。
(毎日新聞 2008.4.23)
上記サイトより
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


恒久法ですかぁ〜〜〜〜
恒久法になるということは、従来のように、海外派兵のたびに特別措置法案をつくり、国会の承認を得るやり方をやめ、制定後は政府の判断でいつでもどこにでも派兵できるようにするというものです。
つまり国会の判断を仰がないということです。
これは「ねじれ国会」と言われる現国会の政治模様が衆参で勢力が違うため、
審議に時間がかかることと、国民の前にいつも明らかにされるためです。
迅速、かつ秘密(?)にコッソリと海外派兵したいと言う事でしょうか???
ねぇ、福田さん>

さてさて、
こんな恒久法。
もちろん、背景にはアメリカの要求があります。
アーミテージ元国務副長官などアメリカの超党派アジア研究グループは昨年、恒久法議論を「励まされる動き」とのべ、米軍が必要とするとき「短い予告期間で部隊を配備」するよう求めています。

アメリカの意向をくんで、出来上がる恒久法。
その内容は、ズバリ、アメリカの為の戦争への道をひた走るものなのでしょうか?
戦闘に発展しかねない治安維持や警護活動などを含み、アフガニスタン国際治安支援部隊(ISAF)への参加も検討対象にと盛り込まれる恒久法。

さらに特筆すべきは、
外国軍を受け入れている政権が外国軍の活動を治安維持活動として認めるのであれば、無差別爆撃も治安活動となり、国連憲章が禁止する武力行使にあたらないとの新見解を示していることです。自動参戦に道を開くということか???
今まで精一杯歯止めの役をしていた国連憲章さえ取っ払って、自衛隊は行く。
海外へ。
戦争のある国へ。
アメリカを守る為に。

と、いうことかぁ〜〜〜

ふっ〜〜〜〜
と、またまたため息がでます。
が、
ため息なんてついていられません。
明日5月3日は憲法記念日。
恒久平和をうたった日本国憲法の意義を今一度確認しながら、
少しでも多くの人々に伝えていきたい。
平和の尊さを。

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2008.05.01

メーデー

今日は5月1日。
メーデー

そもそもの始まりは、
約120年前、八時間労働制の確立を求める国際統一行動として始まりました。
日本では1920年に第一回が開催。
今年は第79回メーデー。
おめでとうございます。
79歳の誕生日!!!

今年のスローガンは、
貧困と格差の広がりが、大きな社会問題になっていることを受け、
差別的待遇を受けている非正規社員の正社員化や、だれでも千円以上の時間給・全国一律最低賃金制の確立、男女の賃金差別と「サービス残業」をなくすことを前面に打ち出しています。

また、後期高齢者の医療問題や学費問題など、
生活に密着した課題と、
憲法を守る地道な課題。
などなど。
多種で多様な課題を掲げて労働者の祭典は開かれます。

私の住んでいる所は、
五月晴れ。
おめでとうございます。
メーデー、79年。

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ガソリン値上げ

ふっ〜〜〜〜ため息です。
予想の範囲とはいえ、やっぱりため息です。
ふっ〜〜〜〜

この国は一体、どうなっていくんだろう???

ガソリン暫定税率復活と言う事で今日5月1日からまたガソリンは上がります。

ふっ〜〜〜〜

ゴールデンウィークを前に遠出を考えていらした方々は、
昨日のうちに長蛇の列をついて給油した事と思います。
仕事や生活で車を離すことのできない方々は、もっと切実につかの間の値下げの間に給油。
ため息つきながら、、、
ふつ=====

しっかし、昨日の国会の模様をみながら、
「本当にこの国はどうなるのか」と暗澹たる気持ちになりました。

「みなし否決」に強行採決。
与党のこのやり方はどうなんだろう???
みなし否決って言うけれど、
これじゃ参議院は一体なに???
衆議院が一方的に参議院の権利を奪って、勝手に数をたのみに強行採決。
それも、その内容は国民に直接関わる税金の問題、生活の問題を。
ガソリンがあがると言う事は、
それ以外の物価も上がると言う事を意味します。
5月以降、値上げを予定されている電力など諸々に加え、今後、いろんなものが上がるのでしょうね。

ちりも積もれば山。
一つひとつはほんのチョットでも、積もれば家計に大きな負担になることは明らかです。

福田さんは「国民の生活が苦しい事は分かっている」そうですが、
「かわいそうな自分」のために、もっと、もっと苦しんでくれ、、、と言うような内容の答弁(これは私の要約です)を昨日、夕方なさいましたが、
説得力はないよね〜〜〜


テレビのニュースでどなたかが言われていた言葉
「道路ができても、その頃は車は走っていませんよ、
みんなへたれてしまって、だれも車に乗る余裕なんてなくなっている」
が、妙にリアルに感じられます。

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