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2004.09.01

もしも月がなかったら

ニール・F・カミンズの「もしも月がなかったなら」という本を、本棚から引っ張り出してきて、今
読んでいます。
〜ありえたかもしれない地球への10の旅〜
という副題がついているこの本は、
物理学者である著者が、
前書きで本を書くきっかけを次のように述べています。
〜〜〜〜〜〜〜
5才の息子の、
「もしも〜〜〜〜」
「もしも=======」
という素朴な質問は自然を理解する上でとても役に立つ。
また、同僚の一人が、
「人々の思考は型にはまっていて、いつでも同じ視点で地球や人生を眺めている。」と、述べたとき私(著者)は、
「もしも月がなかったなら」と思いつき、
その発想から新しい地球を作っていった。」
〜〜〜〜〜〜〜
そして、本章では、10の地球を作っています。
1,月がない地球
2,月がもっと地球に近いとき
、、、、、、、
10,オゾン層が破壊された地球
と、それぞれの場合を、物理学の観点から述べています。
この本を読みながら、
私は改めて、
宇宙の不可思議を思わざるおえません。

はるか昔、地球が宇宙の塵から形成された過程と全く同じ道を通って、
月は、地球の周りで繰り返される微惑星の衝突から生じる塵で生まれた。
第一章、もしも月がなかったなら、
自転速度は今よりずっと速く、一日は8時間である。
強風が耐えず吹き荒れ、地形も今とは違って高い山などはない。
生命の進化も遅く、知的な哺乳類はいまだ誕生していない。
などなど。
地球が、生命の誕生の可能性のある星であったことは、
いくつかの偶然の産物です。
ここに地球がある。
そして、今ここに私たち人類が在る。
そのことの不思議をまた思い、
胸が熱くなりました。
そうして、
その偶然がなせる幸運にも、思いが及びます。
そういえば、
今年の3月、「最古の銀河発見」というニュースが新聞に掲載されていました。
その時、
私は、瀬戸智子の実験教室 やじろべえ日記
で、「幸運の遺伝子」というタイトルで、次のように書きました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「運、不運というのは偶然のなせる業ではあるが、幸運を引き寄せる何か、という物はあって、その何かというのは持って生まれた物である。しかし、それを発現させるのはあくまで本人の努力である」ということです。
幸運はあるけれど、努力の方がより大切であるのでしょう。
さて、個人の運、不運はともかくとして、「人類発生」という長大なテーマでみたとき、幸運は絶対にありました。
だれだって、一度は(一度ならず)「人間はどうして生まれたか?」「宇宙はどうしてうまれたか?」興味を持ったことはあると思います。
今日の新聞で「最古の銀河発見」という記事を読みました。
宇宙誕生もロマンですが、人類誕生もそれは多くの奇跡というか幸運に見舞われて、今私たちはここにいるわけです。
地球上での生命発生の段階がそもそも偶然。
進化の過程で、多くの迷路に入りながら分岐しながら、知性を持った人類が登場したのです。興味ある方はいろんな本が出ているので是非ご覧ください。
私たちは「幸運な遺伝子」をそもそも持っているわけです。
人間として生まれたその時から。
大きな目で、長い目で見たらその偶然におののきうち震えます。
今日はそんなことを考えました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ここに、こうしていること、
それだけでも素晴らしい事だと思いました。
そして、
この幸せをいつまでも続けていくためには、
地球上のあらゆる生命を守っていかなければとも思うのです。
空で青く輝く友人の星達が、
私たち、人類に教えてくれるロマンを感じながら、、、

もしも今晩、お時間があったなら窓から月をご覧になってください。

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