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2004.09.11

スローカーブを、もう一球

「江夏の21球」で、一躍スポーツライターとして盤石の地位を築いた、今は亡き山際淳司さんの作品、
「スローカーブをもう一球」。
名もない高校が甲子園という晴れ舞台に出場。
そして、とくになんの技も無い地味な投手が、
「スローカーブ」を投げる、、、
と、いうそれだけの話です。
「なぜ、野球をやっているか???」
「惰性だよ。惰性。」と言い、
ラーメンのことや、ガールフレンドが何故、できないか悩んだりと、普通の高校の野球部の風景が描かれています。
とくに、「勝つこと」にこだわらない。
ノラリ、クラリとやっているうちに、勝ち進んでいく。
「かわしていれば、いつかチャンスは訪れる」
そんなチームが、全国に名乗りを上げていくという、
「地味な話」です。
しかし、
読ませるのです。
オモシロイ。
この本を読み終わった後は、
「なんて、野球ってオモシロいんだろう!!!」と、しばらくは余韻にひたります。
もちろん、山際さんの深い洞察と暖かい人間観察とがあるからでしょうが、、、
この本に関しては、松岡正剛さんが、書評で、興味深く書かれていますので、お時間があったらご覧ください。

さて、
私は、野球は、高校野球もプロ野球も好きでした。
ライオンズのファンで、
文化放送の「ライオンズナイター」が大好きでした。
〜はっきりいってライオンズ贔屓です〜〜〜
で、始まるナイター放送に、耳を押し付けて聞いていました。
それどころか、テープに録って、次の日も聞き直していました。
松戸に住んでいたので、所沢まで出かけたり、
池袋に出る折は、西武でライオンズグッズを買ったりと。
東尾さんが好きで、
石毛さんも、良かった。
清原も工藤ちゃんも。
それから、
辻初彦が好きだったのです。
そして、
広島に移って、幼い子どもを連れて市民球場に行く事もあったのですが、
なが〜〜い試合に子どもが飽きてきたり、、、
テレビ中継も、子育て中は、テレビをつけているわけにはいかない。
思うように試合を見ることがないうちに、いつのまにかサッカーファンになっていました。
別に、野球がキライになったのではなく、
サッカーがより好きななりました。
その理由は、私の場合は、
時間が短い。
入れ替え制があって、ハラハラ、ドキドキの緊張感がある。
ワールドカップなど世界との試合があって、開かれている。
などです。

さて、さて、
こんな私が、久しぶりに野球に関心を示したのは、モチロン一連の騒動です。
テレビ、新聞、ネットなどで、
この間の動きなどを私なりに知りました。

〜スポーツに取りつかれた男たちは、時として眩ばかりの光を放つ一瞬に出会う。
それは、ほんの束の間であるが故に、より純粋な硬質の
輝きに満ちている。〜
山際淳司が描いたのは、そんな一瞬の表情を見せる男たちです。
選手は、その一瞬が忘れなくて、自分を究める。
そして、私たちは、その一瞬が見たくて、
スポーツを観戦するのです。
ロマンをもとめて。
そのロマンを求めきれなかった「経営者」たちとの軋轢はいずれ顕在化するものだったのでしょうか。
これを、好機と捉えて、
よりよい方向に進むことを望みます。
しばらくは目が離せないプロ野球です。

あの、感動をもう一度!!!

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コメント

すみません、9.11にトラックバックしていただいて訪問したのですが、こちらに惹かれて。
「スローカーブをもう一球」魅力的ですよね。スポーツを楽しんでやっているというのが伝わってきます。それまでスポーツのルポでそんなのなかったんじゃないのかな。それ以来しばらくは他の著作もいろいろ買ってみたりしました。沢木耕太郎、海老沢泰久もすきです。
「私たちは、その一瞬が見たくて、スポーツを観戦するのです」
今プロ野球でいろいろ議論されていますが、その視点が忘れられているような気がします。実は私「江夏の21球」を大阪球場で見ていました。そんな心に残る一瞬がいつもある訳ではないですが、「期待」ですよね。
URLのところにおばか記事を書いています。よかったら読んでください。

投稿: yoshihiroueda | 2004.09.11 22:40

トラバ有難うございました。
ふぐ屋のHamaです。

山際淳司。
 死ぬ前のやせた顔をよく覚えてます。

 最高の
 野球評論でした。

 

投稿: Hama | 2004.09.11 22:56

yoshihiroueda さん。
Hama さん。
コメントありがとうございます。

yoshihiroueda さん。
江夏の21球、ご覧になっていたのですか!!!
うらやましい〜〜〜
お時間があったら、ブログに書いてくださいね。
リクエスト。
私も、海老沢さんの本好きです。
「監督」が始めての出会いでしたが、その後、海老沢さんの数々の本を読み、ワクワクしました。
さて、お薦め?ブログ拝見をいたしました。
なかなか、、、
、、、には、yoshihiroueda さんのお好きな言葉入れてください。
例えば、「おしゃれ」とか「キレている」とか、、、
楽しく拝見をしました。有り難うございます。
では、また。

Hama さん。
そうですよね、、、
私も山際さんの訃報に接したときは、しばらく呆然。
寂しかったです、、、
素敵なかたでした。

さてさて、
話は変わって、新撰組。
いよいよ滅びへの道と進みますよ。
長州人のHama さんには、、、、ですね。
Hama さんも、、、はお好きな言葉入れてください。
例えば、「ひゃほっ〜〜〜」とか、
「ウムム、残念。敵ながらあっぱれ」とか「こら!もっと長州頑張れ!!!」などです。
じゃ〜〜〜
また。

投稿: せとともこ | 2004.09.12 12:25

瀬戸さん、お待たせしました。リクエストにお応えして記事を書きましたが、試合内容に関しては全く書いていません。ぺこり。

投稿: yoshihiroueda | 2004.09.19 05:40

yoshihirouedaさん。
こんにちは。
ブログ、拝見いたしました。
1979年のことと言うから、もう25年前ということですか!!!
yoshihirouedaさんの記事を拝見して、
25年経っても、まだその光景やら、その時の印象が、まざまざと浮かんでいらっしゃるのだろうと、思いました。
まさに「歴史の証言」としての、
その時、その場に、いた当事者なのですね。
タンタンとした文から、迫力が伝わってきました。
素敵な経験をなさったのですね。
そして、おすそ分け、有り難うございました。
また、仰っているように、
私たちは、いつだって「歴史の証言者」になれるような魅力あるプレーを求めているのですよね、、、
今後、どうなるか見守り続けていきたいプロ野球。
これからも、またいろいろ教えてくださいね。
では。
お元気で。

投稿: せとともこ | 2004.09.19 11:59

少しでも喜んでいただけたら幸いです。あるがとうございます。
> まだその光景やら、その時の印象が、まざまざと浮かんで...
攻防の内容はあまり覚えていないんですよね。でもその光景、試合後の様子など覚えているのは、きっと大きな出来事だったんでしょう。何かにつけてその出来事と関連付けて考えたりしてしまうため(青山広美のマンガの中のせりふなど)、何度も自分の中でリフレッシュさせているのだと思います。そう考えると貴重な財産ですよね。

投稿: yoshihiroueda | 2004.09.19 23:14

yoshihiroueda さん。
コメント有り難うございます。
仰ることよくわかります。
試合のディテールは覚えていないが、
その時の雰囲気、風、臭いというものは、
そこにいた者しか分からない。感じられない、、、ということってありますよね。
そして、あとから思い返す記憶は、ひょっとしたら、
「美化」されているのかもしれないけれど、
それは、それで「自分の中では確かなもの、財産」なのでしょうね。
本当に、素敵な経験をされたと思いますよ、、、
では。
お元気で。

投稿: せとともこ | 2004.09.21 11:02

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