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2004.09.07

宗教

「インシャラ」とは、イスラム経の言葉で、
「神の思し召すままに」
というような意味です。
とても便利な言葉だそうです。
時間に遅れてもインシャラ。
仕事がなくてもインシャラ。
全てが、神の思し召すままに。
普段のイスラム経の人々は、
明るく、ゆったりしていて、したたかで、逞しい愛すべき人々と聞きます。
実際、私の知っている人も、とても優しい好青年。
困ることは、彼を家に招待するとき「食べ物」に気を遣うくらいです。
浅学非才ゆえ、
私がイスラム教で知っていることといえば、マホメットとか、コーランとかです。
そこで、
ひろさちやさんの本などを読んでちょこっと勉強。
いろいろある中で、私がオモシロイなぁと思ったのは、次のエピソードです。
〜〜〜〜〜〜〜
「山は動く」

ある日、マホメットは人々を前にして「あの山を此方に動かそう」
と言った。
人々は信じなかった。
一日目、
「お〜〜い、山よ。こっちへ来い。」
と、声をあげたマホメット。
山は動かない。
二日目、
「お〜〜〜い。山よこっちへ来い。」
と、さらに大きく呼びかけるマホメット。
やはり山は動かない。
三日目、
「お〜〜〜い。お〜〜〜い、山よこっちへ来い。」
と叫ぶが、
山は依然、動かない。
怒った人々はマホメットを罵った。
すると、マホメットは、人々に言った。
「こんなに呼んでいるのに、山は来ない。したがって、私が山の方に歩いていく。」
と、言うとスタコラと山に向かって歩き出した。
(文意のみ)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この話の意味することは、
「人をあてにせず、願っていることは、
まずは自分がやりなさい。」
ということです。
「魁より始めよ」というところでしょうか???

さて、
私は、宗教は好きです。
と言っても、やたら怪しい「お金」にからむドロドロした宗教ではなくて、
宗教哲学は、興味深く読んでいます。
普通、人が生活していて誰でもがぶちあたるような悩み、
つまり人間関係とか、健康とか、「死」についてとか、、、
そんな、悩みや疑問には、なかなかシャープに力強く答えてくれたりするので、
いつも手元に、
いろんな本を置いています。
そして、
信心の足りない私は、
「苦しい時のみ神頼み」をしています(^^;

釈迦は、「中部経典」という中で、次のように言っておられます。
〜〜〜〜〜
過去を追うな。
未来を願うな。
過去はすでに捨てられた。
そして未来はまだやって来ない。
だから現在の事柄を、
それがあるところにおいて観察し、
揺ぐことなく動ずることなく、
よく見極めて実践せよ。
ただ今日、なすべきことを熱心になせ。
〜〜〜〜〜〜〜〜
同じようなことを、イエスキリストは、〜「新約聖書」マタイによる福音書6〜で、
次のように言っています。
〜〜〜〜〜〜
明日のことまで思い悩むな。
明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である。
〜〜〜〜〜〜〜

なかなか味わいふかい教えです。
クヨクヨ、グチグチ、イライラの私。
自分で「悩み」を作って、ため息ばかりついているので、家族からは、
「ご苦労な性格だ」と言われています。
===そうだぁ、今を大切にしよう===
と、俄然、元気が出て、
その変わり身の早さに周囲は呆然。
そんな私ですから、
宗教哲学の本からは、教えられます。
力付けられます。

こんな、教えが鏤められ、
人々の生活と共にある宗教が、
権力になり、
やがて「刃」になっていくのはナゼなのでしょうか???
人々のさりげない日常から出発していく教え。
ほんのちょっとした「心の支え」になっていく哲学。
その宗教が政治に利用され、
為政者の道具にされ、
変質、変遷していく歴史は凄まじく、痛々しい。
権力を握ろうとする者の、
彼らが信じている宗教とは、
なんなのだろうか???

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コメント

瀬戸さん こんにちは
宗教は知識ではない知恵の宝庫かもしれないと最近つくづく思います。
私も信心とは無縁ですが、いろいろな事柄に出会うたびに、釈尊の言葉やキリストの言葉の深さに驚きます。
知らない事が多すぎるからでしょうが既に知っているはずの同じ言葉にも新しい発見があります。

過去を追うな。
未来を願うな。

連鎖の根源を絶つ唯一の方法かもしれませんね。
私は最近[必然]が気になって仕方がないのですがそれも、まさに「過去を負う」行為,言い換えれば「過去にとらわれ今すべき事ができない」
と言う事になるのでしょう。

私はいつも「どうありたいか」を念頭においています。
それはある意味
「未来を願うな」
に反しているかもしれません。
このあたり、興味深いです。

「今すべき事をする」には「すべき事」が何かを知らないとできないけれども、科学が宗教である現代では「ないこと」が証明できなくても「あること」が証明できないと信じられない。
本当にそれが「すべき事」なのかなかなか決められない。
既に答えがあれば「どうありたいか」など考えなくていいのですが、今のところそれを指標にせざるを得ない事がもどかしい。

そこを「信じる」事で成り立つところが哲学ではなく宗教たる所以なんでしょうが、その信じるものが複数共存してしまうところがいっそう事を複雑にし、私自身がそれになじめない理由かもしれません。
限定された世界では十分有効だと思うのですが...
いつも長くなってしまいます。 スイマセン

投稿: FAIRNESS | 2004.09.07 14:47

昔、聖書、読破したことがあります。

 ライ病患者を抱きしめるイエスの生き方に
 強烈に惹かれました。

 しかし、
 権力者になった宗教家には、
 救済の力はないでしょうね・・。

 

投稿: Hama | 2004.09.07 19:57

瀬戸さん、はじめまして。
ちょっと立場は違いますが、戦争に駆り立てるもの=宗教と言う点で相通じるものがあると思い、昔の記事にトラックバックさせてもらいました。
この中でジョンレノンのImagineを引用していますが、Imagineの出だしはこうですね。
Imagine there's no heaven / 天国はないって想像してごらん
It’s easy if you try / やってみれば簡単さ
No hell below us / 我々の下に地獄などなく
Above up only sky / 上にも空があるだけ
Imagine all the people / 想像してごらん
Living for today... / 全ての人が今日のために生きている世界を

「未来を願うな。」は、死後に救済されると思うな、ということかもしれません。

投稿: yoshihiroueda | 2004.09.08 00:09

瀬戸さん、こんばんわ、ごぶさたしております、

「今日の日は今日にてたれり。明日を思い煩うなかれ。」というのは、私の父の座右の銘のひとつです(彼は座右の銘をかなりの数もっています)。小さいころから何度も聞かされた言葉です。

いま、机の上に山積した書類の山を見て自分に言い聞かせます。

「今日の日は、今日にてたれり...」

いやいや、こういう意味で使ってはいけないのですけどね(笑)。

私も門前街に育ち、仏教的な教育を習うともなく習ったせいか、いまでも宗教の持つ知恵に深く惹かれます。私も宗教が宗教集団になってしまったものにはいただけないものを感じるのですが、例えば葬式仏教といわれながらもお寺さんが残ってこなければ、やはり今の我々はこうも空気を吸うように気軽に仏教的な智恵に触れることはできなかったのだと思います。

最近、宮沢賢治への興味から法華経関連の本などを読んでいますが、私のように信心の足りないものには、これだけ「この経を伝えなければいけない」ということが繰り返し、繰り返し出てくるお経も珍しいという程度にしか感じられません。しかし、宮沢賢治や(意外なことに)高山樗牛などが読むと全く違う意味と意思を読み取ってしまうのですね。ああ、これ以上書くといろいろ誤解を受けそうなのでやめておきます。

ちなみに、なんか書いているうちに自分の立場を明らかにしなければならないような気がしてきたのが書きますが、仏教に関して私の家は真言宗の門徒です。ただ、個人的には道元に深く興味をもっております。

投稿: ひでき | 2004.09.08 00:50

FAIRNESSさん。
Hama さん。
yoshihirouedaさん。
ひできさん。
おはようございます。
コメント有り難うございます。

FAIRNESSさん。
仰ること、とてもよくわかります。
そうなんですよね。
「過去も未来も無関係で、ただいま現在に生きたい。
しかし、現在の今ある自分ってな〜〜〜に?」
と、思うと、もう足がすくんでしまう。
アプリオリに、「そうか、、、今に生きよっと〜〜〜」なんて出来ないですよね。
過去の、積み重ね、「必然」の積み重ねの中で、
今があるのだから、、、
FAIRNESSさんが、書かれていた記事、胸を突かれる思いで拝見をしました、、、
さて、仏教では、この辺りを「縁起」というのでしょうね。
まだまだ、考えることが山積。
楽しんで勉強していきたいです。
では、また。
お元気で。

Hama さん。
台風いかがでしたか???
すごかったでしょう。
どうか、お疲れが出ないようにしてください。
さて、Hamaさんの仰るとおりと思います。
今や、宗教は「金持ちのため」にあるような感じがするのは私だけかな???
ところで、頂いたコメントながら、失礼とは思いますが、こっちで書きます。(貴方の所に書けばいいのに。ゴメン)いつも貴方のブログ、楽しく拝見しています。
〜波田陽区は我が母校の後輩らしい・・〜
オモシロかった。
波田陽区、大好きです!!!
うらやましい〜〜〜
では、また。
PS
今日のサッカーどうなるかな??

yoshihirouedaさん。
はじめまして。
早速、yoshihirouedaさんのブログ、拝見を致しました。
その蘊蓄の深さにはビックリ。
また、コメントなさっている皆さんが素晴らしくて、
教えられることばかり。
ちょっとや、そっとでは分からないことばかりなので、もうすこし自分の頭で考えます。
これからも、いろいろ教えて戴けたらと思います。
よろしくお願い致します。

ひできさん。
お元気ですか???
お仕事、お忙しいそうですね。
お体、無理なさらないでください。
さて、ひできさんが道元に深い蘊蓄を持っていらっしゃることは、ブログやその他書き込みなどで存じていました。
私も金沢うまれなので、
道元が開いた永平寺や大乗寺は、よく出かけました。
正法眼蔵も、読みかけです。
いつまでたっても、、、(^^;
また、ご教示下さいね。
楽しみにしています。
では。お嬢ちゃんにもヨロシク。

投稿: せとともこ | 2004.09.08 10:38

uedaです。
> 蘊蓄の深さにはビックリ
え~。なにをおっしゃいますやら。
瀬戸さんだけでなく、瀬戸さんの記事にコメントを下さっている皆さん、トラックバックされている皆さんから学ぶことだらけです。知識だけでなく、考え方、投稿姿勢(良く調べられていますよね)も。今後も訪問させていただきます。よろしくお願いします。

投稿: yoshihiroueda | 2004.09.09 05:10

yoshihirouedaさん。
おはようございます。

私のブログに来てくださり、
トラックバック、リンク、またコメント下さる方の博識なことや、深い洞察力には、いつも教えられています。
yoshihirouedaさんのブログも拝見させて頂いても感じましたが、
こういったコミュニケーションこそが、
本来の「考えの交換としてのネットの在り方」なのでしょうか?
私は、以前「ブログってな〜〜に?」と悩んだりもしました。
その時、FAIRNESS さんから力と勇気を頂いたりしました。
悩み、後戻りし、また突っ走ったりしながら、
進んでいく「自分」を感じています。
こんな私ですが、これからもよろしくお願いいたします。
では、また。

投稿: せとともこ | 2004.09.09 10:18

こんにちは、意味不明のトラックバックしてしまいすみません。

 ランボーの詩は、私には、戦争で死に行く兵士の家族の必死の願いにもむなしく、神がその悲劇をとめられないこと、戦争が神への信仰を助長しているととらえ、神を「悪」だと断じている激しいものだと思います。私はパレスチナをはじめ、世界中で繰り返される悲劇を思うとき、このランボーの詩に激しいシンパシーを感じます。でも誤解を招きかねませんでしたね。すみません。

 宗教について、何度目かになるエントリを書きましたので、もうひとつトラックバックさせていただきます。

投稿: Rough Tone | 2004.09.11 00:10

Rough Tone さん。
こんにちは、
ひさしぶりですね、、、お元気でしたか???
手の捻挫はもうよろしいでしょうか??
私も腱鞘炎で、ヘェヘェ言っています(^^;
お互いに体には気をつけましょうね。

さて、頂いたトラックバック。
何回も読ませていただきました。
そうなんですね、、、
そもそもの「神」はもっとエネルギッシュで、ここかしこの民衆の中に在ったのでしょうが、、、
教会の光り輝くステンドグラスの中には、なかった。
それが、変質していき、
「神は力」になったとき。地に堕ちたのでしょうか???
宗教という、誰もが侵さざるものを隠れ蓑にして自分の力を囲っていった人間たちの悪行を、
さらに背負う神とは、なんと有り難いものか!!!
悪いのは神、あなたではなく、
ひたすら人間です。
そして、こんな人間に罪と罰を与えるのも、また人間であり、許すのも然です。
思えば、とても深遠なことで、
私には、すぐに答えが出ません。
しかし、探していきたい。
どうか、
またいろいろ教えてくださいね。
では、お元気で。

投稿: せとともこ | 2004.09.11 16:07

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