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2004.10.01

科学的とは何か

科学はロマンからからを受けて、さらに考察をしていきたと思います。

科学は日進月歩に進んでいます。
昨日の真理が、今日はウソだった、ということは、
よくあります。
ノーベル賞を取った研究でも、後の科学者によって、
実は、あれは間違いであった、、、
なんてことは、珍しいことではありません。
あるいは、
失敗から新しい発見、発明があることも、
よくあります。
なにしろ、初めてのこと、わからないことを研究しているのだから。
そういう意味では、
今までの経験と、新しい失敗とのバランスのうえに
科学は成り立っているのかもしれません。
したがって、
無駄なことは一つもありません。
失敗さえも、
大切です。
何もない、
その事実さえ意味があることだってあります。
その場で、すぐに役立たない、
あるいは一生、役立たないことの積み重ねで、
私たちは、
今、
ここに在るのだから。

しかし、
学校教育の現場で、
「天動説4割」の子がいても
「いいじゃな〜〜い」
と、文科省が言うのは、(それに近いことは言っています)
私は間違っていると思うのです。
現実に、学校の現場では、
理科教育は、日ごと隅に押しやられ、
観察、実験は、極端に少なくなりました。
理科は、
自然を観察して、
実験をして、
そこから引き出された結果から、
「真理」を導き出す学問です。
その理科が、今、机の上での暗記に終始しています。
先人が、すでに見つけた法則、定義を覚えること、理解することに、
汲々としています。
(実は、この法則も間違いかもしれないのに、、、)
自分で、考え、
自分で、納得をし、
自分で感動する機会が無くなりました。
感動をしなければ、
子ども本来の内なる「学問への要求」へと繋がらないと思うのです。

私たちは、
なにも「天動説4割」というそこだけに危機を感じているのでなく、
それが意味すること、
そこから波及することに危惧を抱いているのです。
「天動説4割」いいじゃな〜〜〜い。
太陽はどっちから昇ってもいいのよ。西、東なんて所詮人間が決めたことだから。
、、、、、
と、つづく論理は、
いずれ、
「勉強が嫌い?
あ〜〜〜いいじゃない。
それも個性よ。」
と、繋がっていく道を開いていくのではないでしょうか???
文科省が、最終的に期待している(?)考えない子への
道に続いていると思うのは、私ひとりでしょうか?

私は、
この問題が意味することは重要であると思います。
大人である私たちは、
子どもの学ぶ環境や条件を、守っていかなければならないのではないでしょうか???
まずは、
しっかりと、
真理(現在、真理とされているもの)を教えていきたいものです。
感動するということは、
大切ですが、
「ただ感動する、」
ということは、本来ありえないのでは???

知ることと、感動することの二つの違いを、
教育に携さわる立場の人たちに考えてもらいたいものです。

最後に、百人一首の次の歌を載せます。
〜〜〜逢ひみての 後の心にくらぶれば
 昔はものを思はざりけり〜〜〜
この歌は、恋の歌だと思うのですが、
私は、
「真理」「科学」「学問」でもあると思うのですが、
如何でしょうか???

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コメント

彰の介と申します。
私の書いてきたことに、教育者の視点が欠落していることに気付きました。尻切れのまとまりの無い記事をトラバさせていただきましたので、お暇でしたら見てください。
今後、時々無駄論も展開したいと思っています。
ある意味、実験教室も無駄論的教育かも・・、いやこれ失礼しました。切腹してお詫びいたします。

投稿: 彰の介 | 2004.10.02 02:39

彰の介 さん。
コメント、有り難うございます。
早速、ブログ、拝見を致しましたよ(^.^)
私も、全く同じ意見です。
握手!!!

さてさて、
仰るように「実験教室」自体が「無駄」だと、私は思っています。
私の所に、
「勉強」を教わりに、
と、言う目的で来てくれる子どもと、お母さんに、
「無駄」の大切さ、伝えることは、
かなりエネルギーがいります。
たいていは、
「少しでも成績上げてくれ、、、」です。
目の前にある点数が、一番。
と、言う感じです(^^;
相手は手強い、、、ですよ。
それでも、
無駄と思わず頑張りますね、、、
これからもよろしくお願いいたします。
では。

投稿: せとともこ | 2004.10.02 10:23

 経験があって初めて知識が生まれるはずなんですけど、「経験はどうでもええ、使える知識さえあれば」というのが最近の世論ですね。そう僕も感じます。
 けど、経験を積み重ねる作業は楽しいですが、知識だけを積み重ねる作業(=暗記)は苦痛です。
 そんな苦痛なことをさせておいて、子供達が勉強を好きになるはずがないと思うんですよね。

 天動説という子供が4割ということについて、いろいろ論議がなされてますが、それって子供に完璧を求める、教育学者の広田照幸さんのいう「パーフェクトチャイルド願望」以外の何ものでもないと、僕は感じるんですよね。詰め込めば詰め込み教育批判がなされるし、詰め込みをやめれば学力低下と騒ぎ出す。。。
 たったひとつの知識を知ってるか知っていないかということを問題視するべきではないのではないか、それよりも、たとえば「知ることの楽しさ」や「経験の面白さ」を教えることのほうが先なのではないか、と僕は思ったりしてしまいますね。

投稿: さいと~ | 2004.10.03 05:58

さいと~さん。
こんにちは。
コメント有り難うございます。
本当に、私も同じ意見です。
「経験の面白さ」を教えること、
道草のように思っても、
その方が絶対、子どもにとって、
本来の能力が付き、伸びると思います。
今、一番大切なその部分が、
ないがしろにされています。
困ったことだ!
これからも、考えていきたいと思います。
どうぞ、またご意見おきかせください。
では。

投稿: せとともこ | 2004.10.03 15:01

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