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2004.10.15

泣いた人々

泣いた赤鬼という絵本があって、私はこの本が大好きです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
人間と仲良くなりたいと思っている赤鬼。
それを拒む村人。
ある日、親友の青鬼と相談。
そして、青鬼が村に現れ、暴力三昧。
それを赤鬼が、懲らしめる。
青鬼は退散。
村人は、赤鬼に感謝して仲良くなる。
赤鬼は念願かなってご機嫌。
ところが、あるとき、気がついた。
この頃「青さんが、見えない」
心配した赤鬼が、訪ねてみると家には張り紙がしてあった。
「親愛なる赤鬼くんへ。もし君が悪い青鬼の友達とわかったら、村人たちは君から逃げてしまうでしょう。だから僕はもう君には会いません。一人遠くへ行きます。どうか村人たちと仲良く暮らしてください。さようなら。青鬼より。」
青さんを失って初めて、その大切さに気付いた赤鬼は、いつまでも泣き続ける。
〜〜〜〜〜〜
この話、現代の感覚にはなじまないかもしれないけれど、私は好きです。
何回読んでも、涙が出ます。
すぐそこにある大切なもの、
いつも気がつかないで、何気なく見過ごしているもの。
失ってみて、初めてその大きさ、深さ、有り難さに戦き、泣くことしかできない、、、
泣いた赤鬼は、まさに自分自身です。

ところで、
私たちは、いま、まさにそんな赤鬼さんの立場に立っていないだろうか???

=======

アメリカと仲良くしたいと、願っていた人々は、
ある日、日本国憲法に相談をしました。
健気な日本国憲法は、
「わかった。じゃ僕が犠牲になるから、アメリカと仲良くなるんだよ。」
と、言って前から消えました。
人々は、アメリカと仲良くなれてウレシヤウレシ。
ところが、ふと気がつくと、
いつも戦ばかり。
あちらが攻めてくる前にこっちからやろう、、、という感じで、
だんだんトゲトゲしてきました。
いつも疑いばかりが先に立ちます。
自分の得になることしかやりません。
次第次第に、昔が懐かしくなりました。
「こんなはずじゃ、なかったのに、、、
そうだ、日本国憲法にもう一度お願いしてみよう」
人々は、むしのいいことを考えました。
そして、憲法の住む六法全書を訪ねてみました。
しかし、そこには、もう日本国憲法はありませんでした。
ただ、上に張り紙があっただけです。
「ここに、以前平和を願った
ただ一つの憲法があった。」
と。
人々は、失って初めて、その偉大さに気がつきました。
========

なぁ〜〜〜んてことのないように、、、祈らずにいられません。

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コメント

初めまして。
"泣いた赤鬼"非常に良い話で心を打つものがありました(…と、言葉にすると陳腐ですネ)。
最近は、この絵本のように感動を与えてくれる物や出来事から遠ざかってる気がします。

何と言うか、日頃他人に伝えやすいこと(論理的な事)ばかりやってても個人的に味わう感動を忘れないようにしたいなぁと当り前のことを思い返しました次第…恥ずかしや。

投稿: きの | 2004.10.15 14:09

きのさん。
こんにちは。
コメント有り難うございます。
そうですよね。
仰るとおりと思います。
感動が少しづつ、私たちの生活から消えていってるのかも知れませんね。
とくに、きのさんのなさっているような、理論物理や、数学では、文字や絵本からの感動は、なかなかないかもしれませんね。
しかし、数字に潜むロマンや、自然の合目的性などに理論として触れる感動があって、素敵ですね。
私には得難い世界です。
どうか、また教えてください。たのしみです。
これからもよろしくお願いいたします。

投稿: せとともこ | 2004.10.16 12:18

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