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2004.11.20

明極まれば則ち察に過ぎて疑い多し。

今朝は霧。
もうもうと立ちこめる霧の朝は、まさに冬景色。

さぎりきゆる〜〜〜〜
です。
流れ星はついに今年は見ることができませんでした。
そんな空を見上げながら
思い出した言葉があります。


「明極まれば則ち察に過ぎて疑い多し。」

近思録という本に出ていた言葉だそうです。
明とは窗(けい と読み窓の意味)と月との会意文字だそうで窓から見る月のことだそうです。(まさに昨日の私のように)
察というのは宀(べん と読む)と祭りが合わさった字から出来ていて、宀は廟ということで、つまり神意を伺うということだそうです。
そこでひろさちやさんは、さきの近思録を解釈して「あまりに明らかになると欠点まで映し出されてよくないですよ。まあ、あまり深く考えると疑い深くなって何もできませんよ」と書いているのです。(これはとても乱暴な私の要約ですから興味のあるかたは本を読んでくださいね。)
が、がそうだろうか???と思いました。
明が極まれば物事の道理がきっちりとわかり、本質が見え、疑うことはないと思うのです。近思録を書いた人には悪いけれど「それって中途半端な明じゃない?」と言いたいです。
もちろん、ひろさんが本当に言いたいことは何でも疑うな、、、という事なのでしょうが。
そんなことを、あれこれと思いながら流れ星をさがした夜でした。

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コメント

僕はこの言葉にすごく共感できました。
…瀬戸さんに真っ向から対立する意見で申し訳ないですけど…

いえね。
ホントの『知る』ってのは問題点も欠点も全部含めて「知る」って事だと思うんです。だから、道理や本質が見えて「その道理はおかしいよ」と疑う事も起こると思うのです。
もっとも、後半の「だから考えなさんな」って意味合いは共感できませんが(笑)。

最近の例だと、一連のアメリカ主導のイラク問題なんかその通りだと思いますけどね。
パッと見は「正義の為」であり「テロと戦う」という見た目。
んでもちょっとでも考えてみれば、ボロボロ問題点が出てきて、「その道理ってどうなの?」思いっきり疑っちゃいませんかね??

僕はそんな風に理解できましたがね。

投稿: ろぷ | 2004.11.20 08:06

ろぶさん。
おはようございます。
コメント有り難うございます。
さて、いただいたコメント,何回も読ませていただきました。
私もろぶさんのおっしゃる通りと思います。
最近の情勢なんか考えると本当に、もう疑いばかりです。だからこそ明らかこそ明らかにしていかなけれと思います。
ひろさんや、近思録の著者は、「物事をとことんと突き詰めなさんなぁ、」つまりおおらかに、おおらかに生きて行きなさいと、教えてくださっています。
この言葉自体は、自分自身への戒めにはいいなぁと思っていますが、社会の動きや子どもたちの科学に対する態度にしては、ちょっと中途半端かなと思ったのです。
ろぶさんと同じ事を書きたかったのですが、言葉不足でごめんなさい。でもコメントいただいて、また深く考える事ができ、とてもうれしく思いました。ありがとう!!!
ところで、ろぶさん、オレオレ詐欺の記事拝見しました。世の中、悪いやつがいる,,,許せませんよね。
政治が悪いのか???
では、、、
また、いろいろ教えてくださいね。
じゃ、またね。

投稿: せとともこ | 2004.11.21 07:38

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