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2004.11.26

指先のフィーリング

「サッカー監督という仕事」という本の中で、著者の湯浅健二氏は、
「サッカー監督とは、ドイツではやじろべえの上に乗る椅子」といわれていると冒頭で述べています。
如何にバランス感覚が必要かということでしょうか?
守る時、攻める時。若い選手とベテラン選手。選手交代のタイミング。時間配分。
そしてメンタル面。
そんな全てを含めてのバランス感覚が要求され、しかもいつもフラフラあっちに傾き、こっちにグラリと「おっかなびっくりの椅子」に座っているのがサッカー監督だそうです。
さらに、あとがきで
「誰でも監督にはなれるが、良い監督は少ない」と書いています。
パーソナリティこそが最大の条件である。
知識、知性、応用力、実行力、批判力、表現力、誠実さ、道徳観、自信、、、、、
そんなもの全てを表し、さらに言葉で表せないものを、持ち合わせていることをパーソナリティというのでしょうか。
そして、優れたパーソナリティの指先からはオーラが出ている。
これを「指先のフィーリング」というそうです。

私はこの話を読みながら先日、コーラスサークルの友人が話していたことを思い出しました。
「オペラの先生は、出す声がすごく小さくて か細いのだけれど、周りの空気がビンビン震えて、先生の声と同化しているような気がした。オペラ一筋に生きてきた人。歌は勿論生活その物がオペラである人は違う。体現するということはあんなことなんだぁ〜〜〜」と感心していたことを。
一芸に秀でる。ひとかどの人物になるということは、その吸う空気、吐く息さえ精進しているのでしょうか。
その人がそこにいるだけで大きな山が聳えているような「気」を発しているのでしょうね。
そして、そんな大きな者は一朝一夕では作られない。
ひたすらの努力の賜物では、と思うのです。何事にも通じることだと感じました。

さて、先日のサンフレッチェ広島の第14節。
ホームでの最終戦。
相手は大分。
と、いうことで試合開始前から大勢のサポーター、ファンがスタジアムに押しかけました。
私もワクワクしながら、いつものメンバーと席を共にして観戦。
しかし、試合は0-0で引き分けでした。残念(^^;
その後のセレモニーで小野監督の挨拶がありましたが、
その中の一言。
「ホームでは負けてはいない」(引き分けということですが(^^;)
と、いう言葉が物議を醸して、あちこちのサイトやブログ、掲示板を賑わせました。
私もあれから、この発言に対して、いろんな方のご意見を読み、また自分なりに随分考えました。
そして、本棚から再び湯浅さんの本を引っ張り出したりしたのです。
そこで、出た結論。
「小野監督の真意は、小野監督でない私にはわからない。」
という単純なものでした。
監督がどう言うつもりだったのかを斟酌することは無駄なような気がします。
(監督自身も分かっていないかもしれない、、、そういうことは誰でも良くあることです。
その場に呑まれるということは)
それよりも、大切なことは、
小野監督が、指先からフィーリングを発せられるようなパーソナリティになるため、さらに自らの研鑚と謙虚さを追求してもらいたいなぁと思いました。
来期、どの様な体制になるかは分かりませんが、
どのような布陣であっても、監督自身が
「サッカーを楽しむ」ことが、何よりも大切で必要なことではと思いました。
結局は「人」「人格」なのでではと考えます。
マネージメントするのも、プレイをするのも、観戦するのも、みな「人」なのですよね。
人柄が私たちに
指先のフィーリングとして伝わってくるのでは、、と思います。
なにはともあれ、
今季最終節、浦和との戦い、気合いで臨んでもらいたいものです。
オーラがパッ、パッ、、、ビシビシと出るくらいに。
引き分けキングは、もうご勘弁。

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あえて台風による事務所冠水のことはいいますまい。。。 [続きを読む]

受信: 2004.11.26 23:18

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