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2004.11.29

プロの仕事

昨日、父の一回忌の法要が行われ、私たち家族も実家に帰りました。
早いもので、もう一年が経つと思うと感無量。
大往生で、眠るように亡くなった父のことを偲びました。
さて、その父の法事で、お寺の偉いお坊さんがお経をあげに来て下さいました。
そのお寺は、かなり大きな寺で、昔は檀家も多く、下寺も沢山あったそうです。
幼い頃は、報恩講のたびにお経をあげに来ていたことを覚えています。
そのお坊さんが、今はかなりの年齢になっているのですが、まぁ、昨日は来てくださいました。
お経は、昔取った杵柄で、それはよかったのですが、
読経の時間は10分。
講話は、うううう====んんんと言う内容でした。
昔の人は、お坊さんから、いろんなことを教わり、日々の心の糧にして生活をしてきたので、
「おてらさん」は自分たちと密接に繋がり、尊敬もしていました。
そして、それこそ自然に「ありがたい」と思い、心から布施、心尽くしを差し上げました。
それこそ、お米一握りでも良かったのです。
感謝を込めて、差し上げたのです。
しかし、今の人は教育を受け、いろんな本に出会い、いろんな講演会に出席をして、人生観やら世界観は、
以前の人とは違って豊かになっています。
そんな人たちを前にして、講話をするには、それなりの「ありがたい話」でなければなりません。
いやぁ、これがボランティアで来てくれる僧ならいいのですが、
目が飛び出るくらいの布施を差し上げているのです。
(要求してくる(^^;)に等しい、、、)
それならば、それで、
僧もプロとしての自覚を持って、
釈迦の話を、哲学を、世界観を話して下さるべきでは、と思うのです。
もちろん、お経を読むことは誰でも出来ることではありません。
しかし、お経を読むことだけが僧の仕事ではない。
心をこめて読むなら私でも般若心経は読める。
私たちが、お坊さんに期待するのは、
生きている私たちに「証」を伝え、自信を与え、縁を大切にする豊かさを、思い出させてくださることです。
今、「葬式仏教」と言われ、次第に寺院から人々の心が去りつつあるその一端を、
昨日は垣間見たような気がしました。
仏教に携わる人々は、
たまたまお寺に生まれたから僧になっている、、、なぁんて甘い考えじゃなく、(その様な人ばかりでないことも承知していますが)
日々、研鑚してもらいたいものです。
なにしろ、法事というのは、亡くなった人のためでもありますが、
生きている私たちが、それを機会に更なる交流を深める場でもあるのです。
僧は、そのコーディネーターなのです。
自らを、プロとして厳しく見つめ、
品性ある講話、つまりその人の生きざまが、尊敬に値するものであるような僧が、沢山出られることを願わずにはいられません。
そんなことを思った父の法事でした。
そして、父はその言葉を私や私の家族にも語ってくれたものと思います。
私たちも、与えられた仕事では、
プロでなければならない、、、

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