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2004.11.04

教育と競争原理

教育基本法改悪のシナリオ作りが急がれている今、
中山文部科学省大臣の言動が注目されています。
〜〜〜〜〜〜〜
「努力して自分を磨く」
「秀でることへの憧憬の念」
などを教育で教えないから社会に出てから激しい競争に耐えることが出来なくて、
出勤拒否や離職者が増えて来ているのだ。
もっと競争原理を教育の現場に導入するべきだ。
〜〜〜〜〜〜〜
と、いうような内容を折に触れて発言しています。
一見、尤もそうなこの意見。
しかし、その底にあるのは
「企業の論理」であることを忘れてはいけません。
社会にでて役たつ、ということは勿論、教育の目的の一つでもありますが、
それは、教育の付加価値でなければならないと思うのです。
教育の目的は、
あくまで「学問、真理の探求」です。
教育の現場は、社会に役立つために、人材、つまり材料としてのヒトをつくる工場ではありません。
中山大臣のような考えが、蔓延すると、
「勝つこと」に執着する人間が出来上がってきます。
表面的な事象にしか興味を示さない、
損か得かだけしか考えない。
他人はどうでもいい。
、、、、、、、
すでにその失敗は検証され、誤りを正すために、
試行錯誤を繰り返していたわけですが、
そんなこと、全てをひっくり返して、元に戻そうとしています。
いま、
教育の現場に国家が入り込もうとしていることが、よくわかります。
こわい、、、

しかし、怖がってばかりはいられません。
声をあげて、伝えていかなければ。
「教育とは、国からの縛りを受けない自由なものである」ことを。

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コメント

智子さん こんにちは。いつも楽しく拝見しています。
あなたの教育問題に対する主張には、大筋として大賛成。
ただ「勝つことだけが必要か?」と疑問を投げかけていますが、
私は「違う」と思います。

右肩上がりの成長時代には「勝者と敗者」があっても、政治的な配慮で配分できたのですが、
先行き不透明な時代(21世紀》では、それは不可能です。

「ボーダレス社会」といわれる21世紀は、国内で「勝った、負けた」の論議は意味のないことです。

国際社会での「勝ち組をいかに多く育てるか」が教育のテーマです。
そして、勝ち組が世界中で稼ぎ出した「富」をいかに負け組みに「配分」するか?が「政治のテーマ」です。

日本の教育は「正解は一つ」という教育でしたが、これでは「人材」は育ちません。
21世紀は「見えない大陸」だといわれています。つまり、「正解は一つではない」社会です。

個人がそれぞれ「自分の答え」を出して、「だれの答えが正しいか?」について議論すること。そのような能力を磨く教育が求められています。
先行き不透明な「ジャングル」から抜け出し、「勝ち組」になるためには、どちらに進むことが「より効果的か」という「判断力」が求められているのです。

今、文部科学省が考えているような「教育理念」では、とても実効ある教育行政は不可能でしょう。

政治家や官僚は政策が行き詰まると「基本法の改正」を主張しますが,法律が悪いのではなく、その理念を無視した「運用」がまずいのです。

国民一人一人が「子供達の教育」について、もっと真剣に考えることが求められていると思います。
「お上まかせ」では解決できない重要な問題です。

投稿: シンコーサン | 2004.11.04 19:30

 そもそも、離職者なんて昔は少なかったなんて幻想。終身雇用なんて大手企業やお役所だけのものだったんですよね、昔から。それは統計ではっきりしています。中山大臣はそれを知らないんでしょう。

 教育って、受験戦争の「勝ち方」は教えても、「負け方」はなかなか教えません。けど、教育に限らずスポーツでも企業経営でも何でも同じだと思うんですけど、負けた時のほうが学ぶことは多いはずなんですよね。フィードバックですね。僕なんかは中山大臣とは逆に、うまい負け方、プラスになる負け方を本人や周囲の人たちが知らないから、競争に耐えることができないんじゃないの、なんて思いますねぇ。
「本来のヒーローは、その学習能力にこそある。どれだけ負けても戦闘を継続し、問題を学習し、また戦う。最強なわけだ。負けなくなるまで成長するのだから。」というのは某ゲームのヒーローのセリフですが(^_^;)、まさにそうなんですよね。失敗したら、問題点を修正すればいい。間違えれば、次間違えなければいい。
 だけど今の世の中、一度や二度失敗したぐらいで、お前はもうダメだと失格の烙印を押す人が多すぎますね。この大臣のようにね。

投稿: さいと~ | 2004.11.05 03:48

シンコーサンさん。
さいと~ さん。
おはようございます。
コメント有り難うございます。

シンコーサンさん。
いつも励まして頂いて有り難うございます。
また、今回は、とても深いコメントをいただきました。
何回も読み返し、考えてしまいました。
本当にその通りだと思います。
「正解は一つでない」社会にたして、どのように対応するか、教育の現場では問われているところです。
私は子どもたちと接していて、すぐに答えを求める雰囲気がある子には、それを戒めながら、「解く」事の喜びを伝えていますが、なかなか、、、難しいです^^;
さて、
私自身は、教育は国家でも、事業でも行政でもない独立したものでなければならない、、、権力が介入してはならないものとかねがね思っています。そういう意味で今回の記事を書きました。
この問題、本当に難しい、、、
また、いろいろ教えてください。
よろしくお願いいたします。

さいと~ さん。
こんにちは。
わかります。
おっしゃっていること、、、
そうなんですよね。
人は、変わるものである。発展成長するものである。
というやさしい観点、物の見方が、必要であると思うし、また求められていると思います。
これからも、ブログをとおして、また論議していきましょうね。
よろしく(^.^)
尚、京都教育大付の問題、もうちょっと、待ってくださいね、、、
では。

投稿: せとともこ | 2004.11.05 11:04

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