因果応報
未来は予見できないものなのでしょうか?
未知なるものなのでしょうか?
私は決してそうではないと、このごろ思うのです。
仏教の言葉では「因果応報」というようです。
過去の行為は、形を変えて現在に影響を必ずや及ぼしている、今行ったことは将来、結果として現れる、ということです。
FAIRNESSさんは、ブログでたびたび「過去の上に今があり、今の延長に未来がある」と書かれています。
イラク人質事件は、何もポッと出たものではありません。
日本の政府の取ってきた政策の上にあり、それは選挙の結果であったり、
アメリカとの力関係であったり、財界からの要求であったりするのでしょうが、
とにかく、一つの小さな(?)ことの積み重ね、偶然の上に必然が生まれ、ここに在るということです。
そして、今、あらたに新しい偶然がここに積み重ねられていきました。
アメリカ大統領再選という、、、
私たちは、日常の中では、「今こうしたら、未来にこの様に返ってくる」なんて、そうそう思わずに生活しています。
ましてや、自分の行動が、「世の中を動かす原動力」の一つだなんてあまり実感していません。
しかし、実は、
私たちの「今、まさに、ここにいる」そのことが、
未知なる未来への一歩だと、
つくづく感じています。
ブッシュさんは勝利した。
小泉さんは大喜びした。
彼等は、過去に、今日ある努力(?)をしたのでしょ。
だから、彼等にとって、「今日」があるのでしょ。
彼等の「今日」が、未来にとって害以外のなにものでもない(とりわけ戦争という意味では)ことを、信じている私は、
今日を、「平和な未来」のために、努力したいと願っています。
〜善因善果
悪因悪果〜
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