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2004.12.01

自虐史観

中山文科相は30日、自らの「歴史教科書発言」について陳謝しました。
事の発端は27日、「歴史教科書から従軍慰安婦や強制労働の記述が減ってきたことは、本当に良かった」と発言したことです。
この発言をめぐって物議が醸され、大臣も「反省とおわび」に至ったわけです。
さて、この問題、非常に難しくてそれぞれの立場の人が、それぞれの思いで歴史と現実を背負っていらっしゃるものと思います。
このデリケートな問題に立ち入る前に、
このところよく耳にする「自虐史観」。
私はこの言葉を聞く度に不思議な気持ちになります。
「自虐史観?、、、それってなーに?」
言葉通りの意味ならば「自分のことを虐げる、貶めるような歴史の解釈」とでもなるのでしょうか?
しかし、この言葉、私の感覚にはなじみません。
「では、他虐史観ならいいの?」って思っちゃうんですよねぇ。どうもへそ曲がりなもんで。
日本は先の戦争で明らかに他国に対して侵略行為を行ったと思います。
そこで繰り広げられた様を想像することは容易です。
その「事実」を事実として認め、反省をして、二度と行わないように決意することが自虐なのだろうか?
他国を虐げたことは認めていいのだろうか???
と、考えてしまうのです。
勿論、必要以上に自分たちの先輩たちの行為を貶めることは無用ですが、
「戦争というもの現実」をありのままに捉えることは必要ではと思うのです。
つまり戦争には、いずれの立場にも正義はないということを。
先の戦争で日本は攻めもしたし、攻められもした。
被害者でもあり加害者でもありました。
他の国も同様です。
また、歴史における戦争、紛争はすべて、攻められ、攻めの連続です。
いずれかの国が一方的に正しく、他の国が一方的に間違っているということはありえない。
戦争の真実とは、何回も言うように、
「ころし、ころされる」ことです。
人々を蹂躙し、抑圧していく戦争に自虐も他虐もありません。

日本は先の戦争を行ったということは事実です。
その事実を、それとして冷厳に受け止め、
再びこの様なことが起きないように、
本当に、こんな過ちを再び繰り返さないことを願うことにこそ
価値があり、意義が求められると思います。

どうぞ、中山大臣。
今回の陳謝が口先だけ、その場しのぎだけでなく、
本当に豊かな未来を子どもたちに保障する教育のために頑張ってください。
子どもたちの「愛する国」が緑豊かな実り多い瑞穂の国でありますように、と祈らずにはおられません。

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