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2004.12.02

祥月命日

今日、12月2日は父の祥月命日です。
早いもので一年が経ちます。
以前から、老衰で老人病院に入っていましたが、小康状態で、安心していました。意識を失ってから二時間足らずでスッーと眠るように息をひきとりました。私は遠方で、父を看取れませんでしたが、母や、兄たち夫婦、姉たち夫婦に看取られ、静かに逝きました。みんなが言うには見る見る安らかな顔になっていったそうです。生前から「お迎えが来たら有り難うといって向こうに行くから、自分が死んだら、みんなでにぎやかに葬式してくれ」と言っていました。本当に幸せに荘厳という感さえする顔で旅立ちました。まさに大往生でした。
だが、残された者は寂しい。思い出ばかりが押し寄せてくる。何もできなかった自分自身への後悔だけが先に立つ。そして、再び寂しさがヒタヒタと胸に波打ってきます。
生きているときは、当たり前のように思っていたその存在が、亡くなって初めて如何に大切なものであったかと思います。
実家の近くにいる姉は、父の入院の時、世話をよくしてくれました。
兄たち夫婦も何回も仕事を休んで、父の病院探しに駆け回りました。
私は何も出来なかった、、、
しかし、みんなは言ってくれました。
私が遠い地で幸せなことが父の一番の安心なのだと、、、
その言葉は、私にはとても有り難くやさしく聞こえました。
もう、ここにはいない父。
だが、思いではしっかりと心に刻まれています。
そして、私だけでなく、すべての人にもかけがえのない存在があることを、思います。
また、すべての人は他の誰かのかけがえのない存在であることも事実です。
それならば、だからこそ、仲良く、大切に精一杯生きていかなければ。
この一瞬後に何があるかわからないのだから、、、と改めて思いました。
そんなことをつらつらと思い、小春日和の空を仰ぎながら書いています。

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コメント

瀬戸さん おはようございます。
私もエントリーに近しい人との別れについて書いたばかりでした。
人の命の重さは同じだけど、人生の終り方の違いは残った者の心にも違いを残しそうですね。
残った人に「寂しさ」だけを残すように逝けたら幸せかもしれない。
それもこれも今の生き方が決めるのでしょうね。

投稿: FAIRNESS | 2004.12.03 04:06

FAIRNESS さん。
こんにちは。
コメント、有り難うございます。
FAIRNESS さんのブログも拝見させていただいているので、叔母様のこと、存じています。お寂しくなられましたね。
ご冥福をお祈りいたします。
本当に仰有るとおり、
>それもこれも今の生き方が決める
と、私も思います。
せっかく生まれてきたのだから、丁寧に生きていきたいものです。
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。

投稿: せとともこ | 2004.12.03 15:49

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