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2005.01.06

アダムとイブとそしてヘソ

世界中で最も有名な夫婦、アダムとイブにヘソがあったかどうか?
ルネッサンスの画家たちは真剣にこの問題について悩みました。
「われわれが普通ヘソと呼んでいる、あのねじれた、ないし複雑な形をした突起をしたもの」を人類最初の夫婦がもっていたかどうかをめぐっての論争は、創世記が書かれて以来、現在に至るまで熱心なファンダーメンタリストの間では続いているそうです。
この愉快な論争、あるいはコートニー・ブラウン教授の透視能力などなど、ユニークではあるが、はたして科学かどうかという疑問を投げかけている本が、
マーティン・ガードナーの「インチキ科学の解読法」です。
私たちは、科学という言葉には、弱く、甘い。
つい、そんなものかと受け入れてしまいがちです。
しかし、そこには大きな罠があって、ウカウカと入り込んでしまい、抜けられなくなることもあります。
人はいつでも真理を求め、
真理の前に敬虔で、謙虚であらんとします。
だがしかし、その真理とて、人間が作ったものであることも、頭の一方の片隅に置いておかなければなりません。
そんな警告と啓蒙を込めたのが、「インチキ科学の解読法」です。
正しい、間違っているはともかく、あなたに新しい物の見方を提示してくれるかもしれません。

さて、先の問題、あなたはアダムとイブにおへそはあったと思いますか?
私?
私は、もちろんあったと思います。
キリスト教は一神教ですが、私はどちらかというと多神教、八百万(やおろづ)の神々が好きです。
(好みの問題ではないか(^^;)
森羅万象、どこにも神というか精霊が宿っていると言う方がロマンがあり、好きです。
もっとも、日本にもアダムとイブほどではありませんが、イザナギ、イザナミの夫婦が「国作り」をしていますが、
こちらはちゃんと服を着ているので、よかった、よかった(^^;
年末、年始とキリスト教徒になったり(?)仏教徒になったり(?)神道になったり(?)と、忙しかった私。
イザナギとイザナミなら笑って許してくれるだろうか???
まぁ、おおらかでいいかぁ。日本人って。
いつものろぶさんの神様の憂鬱という記事を拝見しながら、神様も大変だなぁと納得。
そしてキリスト教と神道の有名な夫婦のことを思い出しました。

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コメント

 古事記によりますと、アメノウズメノミコトが岩屋にお隠れになっている天照大御神の前で、裸で踊ったのがストリップの元祖であるとの事です。読んだ事は有りませんがね。

投稿: hitoriyogari | 2005.01.06 17:33

僕的には神道以外は少し恐ろしいですね。

だって一般的な宗教って「信じるものは救われる」でしょ?
コレってうがった見方をしたら「信じなけりゃ地獄行きだぜベイベー、覚悟しなぁ!」って風な脅迫に見えちゃうんですよねぇ。んまぁこう見えるのは僕の性格がねじ曲がってるせいだろうけど(笑)。

神道の神様の「昔からただその土地で守ってる」っていう控えめなスタンスが僕は好きです。

投稿: ろぷ | 2005.01.07 06:31

hitoriyogari さん。
ろぶさん。
コメントありがとうございます。

hitoriyogari さん。
「年の初め、、、」に頂いたコメントもこちらでさせていただきます。
皇室やら靖国はデリケートな問題で、みなさん、いろんな立場でそれぞれの思いがあることはわかります。
ただ小泉さんの公式参拝は私個人は疑問を感じてしまいます。靖国の御霊を慰霊することが即戦争への道に通じるとは思いませんが、もっと慎重であってもいいのではと考えます。それにしても、皇室は身近になりました。皇室が象徴とするものについてもしっかり見ていかなければと思います。
さて、古事記の話、素敵ですね。
まぁ、その後の人間たちがなんの起源にしたかはともかく、、、神々の豪放で快活な姿を描いているのでしょうか???
hitoriyogari さんの辛口エッセーブログ、拝見してとても勉強になりました。経済問題についてまたいろいろ教えていただきたいと思います。楽しみです!
では、また。

ろぶさん。
>神道の神様の「昔からただその土地で守ってる」っていう控えめなスタンスが僕は好きです。

わかります。わかります。
私もまさにそう思います。キリスト教にしてもあるいはイスラムにしても、もう少しゆったりとかまえてくれればいいのに、、、と私も思います。
罪を犯す人間、えへへと笑いながら許しをこう人間。
そんなすべてを受け入れて、その土地を守っている健気な神様、やっぱりいいですよね。
今年ははたしてどうなるんだろう???
西南西の方に向かって頭をペコリと下げておきますね。
では、、、
また。

投稿: せとともこ | 2005.01.07 16:57

 遅くなりましたが、あけましておめでとうございまする。

 えー、わたくし、一発目の大学では、宗教社会学のゼミでした。
 仏教、キリスト教、イスラム教といった三大宗教から、旧宗教、新興宗教、新新宗教、そしてアイドルまでと、幅広くやらされましたね~。
 で、思うこと。
 たいていの旧来の宗教は、どの宗教を信じようと、またはちゃんと教えを守ろうと守るまいと、そこんところはめちゃくちゃ寛容です。神道だけじゃなく、キリスト教も、イスラムもね。悪いことさえしなければ、信じなくても救っちゃう。
 で、自分の宗教以外を許さないのは、間違いなくカルト。キリスト教原理主義、イスラム過激派と呼ばれる人々ですね。
 イスラムなんてこの過激派のせいでめちゃくちゃ印象が悪いですけど、イスラムほど寛容的な宗教はないんですけどね。

投稿: さいと~ | 2005.01.09 23:49

さいと~ さん。
あけましておめでとうございます。
昨日は奈良へ行ってきました。
さいと〜さんのこと思い出していましたよ(^.^)
静かでゆったりしていて、独自の文化がいきづいているような町ですね。

さて、キリスト教やイスラム教って、そうなんですか、、、
じゃ、間違ったイメージが根強いですね。
映画のイメージや、あるいはいろんな歴史が、そもそもの教義からはずれてきているのでしょうか?
あるいは
>自分の宗教以外を許さないのは、間違いなくカルト。キリスト教原理主義、イスラム過激派と呼ばれる人々ですね。

なのでしょうね。
また、宗教についていろいろ教えてくださいね。
楽しみにしています(^.^)
では。

投稿: せとともこ | 2005.01.10 10:02

 奈良のどちらのほうですか~。ワタシは奈良でも西のほうです。こないだの事件の犯人のいた近所っす(爆)。
 ニュースや映画になるのはいつも過激派ですからねぇ。まじめで普通な人はメディアには載らないので、ついついみんな過激派が「平均」なのだと思ってしまうんですよね。
 宗教って、社会が不安定になると必ず流行ります。現代の日本で宗教対立がないのは、日本人の気質ではなくて、ただ単に日本が平和だからです。
 で、過激派というのは、社会の不安のはけ口としての意味が大きいです。日本でも、戦国時代には一向一揆っていう過激派がいましたし、平安時代にも僧兵という過激派もいましたね。

 そうそう、靖国神社については、みんな靖国神社について知らなさすぎなのが僕は一番の問題だと思いますね、中国を含めて。あそこは「戦争で日本側として戦って死んだ人」をまつるために明治時代に造った神社で、むちゃくちゃ合理的なんです。街にある戦没者慰霊碑が神社(宗教)になったようなものです。
 でも、憲法には「国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」とあります。首相は個人で「機関」ですから首相は、意味を持って特定の宗教に参拝するべきではないと思いますね。

投稿: さいと~ | 2005.01.10 12:16

本文の
>年末、年始とキリスト教徒になったり(?)仏教>徒になったり(?)神道になったり(?)と、忙>しかった私。
について、疑問があったので、投稿しておきます。
教徒と言うということは、多数の墓を持っているのでしょうか?また、葬式なども、教会や寺、神社などでやられているのでしょうか?
一般的に、日本人のクリスチャンの場合、キリスト教徒ではなく、仏教徒です。言い換えますと、仏教徒クリスチャンです。

教徒とは、墓や葬儀などの形式的なものを言います。
また、信仰だけをする宗教については、教徒には該当しません。

奈良県在住のクリスチャンより

投稿: 通りすがり(奈良県民) | 2005.03.03 00:58

通りすがりさん。
こんにちは。
コメント有り難うございます。
>教徒とは、墓や葬儀などの形式的なものを言います。
また、信仰だけをする宗教については、教徒には該当しません。

ご指摘、有り難うございます。
曖昧な表現で書いてしまいました。
そうだったのですか、、、
教徒とは形、しかも信仰だけは教徒とはいわない、、、
本当にそうですよね。
すがる、たよる、といつも自分自身の弱い心と向き合っている私ですが、宗教のそもそもは『教え」ですよね。
心の在り方や、考え方を学ぶ、真剣に取り組むべきものです。
曖昧な表現を私がしたために もしや通りすがりさんが不愉快な思いをなさったとしたらゴメンナサイね。
これに懲りず、またいろいろ教えてください。
生半可なことを書いたらバシバシ、ご意見忠告、お願いいたします。
では、まだ春とは言え肌寒いこの頃、お体大切になさってくださいね・

投稿: せとともこ | 2005.03.03 15:13

★初めまして
★今日トラックバックした者です
★筆勢で「アダムとイヴにはヘソがない」というタイトルにしましたが、ばっちぃは何教徒でもないので、どっちでもいいです(笑)

★奈良県在住のクリスチャンさんは、自分の宗派あるいは自分の定義した「教徒」のことを語っているようですね
★三省堂の国語辞典では…
【教徒】 ある宗教を信仰している人。信徒。
…となっています
★用語は、団体や分野によって定義が違うので、気にせず一般に使われる意味で使ってよいと思います
★ちなみに「仏教徒」という言葉は対外的に使われ、仏教内だと「信徒」と言うほうが普通かもしれません

投稿: ばっちぃ | 2005.05.04 18:14

ばっちぃさん。
コメント、トラックバック有り難うございました。
ばっちぃさんのブログ拝見いたしました。
ユニークでとても楽しいブログに時間の過ぎるのも忘れました。
とくに頭の体操は面白かった。楽しい。そして悩みました。
うううう????
さて、アダムとイブのおヘソもなかなか愉快なテーマですが、これをめぐって画家のみならず議会や科学者まで総動員で物議を醸したというところが、面白いですね、、、
なお、信徒について、お教え有り難うございました。
これからも、いろいろお教え下さいね。
よろしくお願いいたします。
では。

投稿: せとともこ | 2005.05.07 16:43

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[[attached(1,right)]] ★ヘソは母親から生まれた証である ★だとしたら、神様が作ったアダムとイヴには、ヘソがないはずである ★昔の宗教画家はさぞかし悩んだことだろう ★ルネサンスの画家ミケランジェロがヘソを描いているのに対して、進化論のダーウィン(1809-1882)以後のクリムト(1862-1918)がヘソを描いていないのが笑える ★この「アダムとイヴ」は、クリムトが晩年描き始め未完成のまま亡くなったので、右手も描かれていない ★これで完成とする説も含め、ヘ..... [続きを読む]

受信: 2005.05.04 16:08

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