たけくらべ
樋口一葉のたけくらべを読んでいます。
はっきり言って難しい〜〜〜
まず文体が擬古文で書かれています。一葉は和歌の勉強を幼いときからしていたので平安調の文学には慣れ親しんでいたのです。
そもそも「たけくらべ」と言う題名からして「伊勢物語」から取られたものです。
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むかし、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でてあそびけるを、大人になりにければ、おとこも女も、恥ぢかはしてありけれど、おとこはこの女をこそ得めと思ふ、女はこのおとこをと思ひつゝ、親のあはすれども、聞かでなんありける。さて、この隣のおとこのもとよりかくなん。
筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
女、返し、
くらべこし振分髪も肩すぎぬ君ならずして誰があぐべき
などいひいひて、つゐに本意のごとくあひにけり。
(伊勢物語二十三段より)
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これは、幼なじみの男女が、成長するにつけ、お互いに恥ずかしくなり、本音を言うことが出来ない。そこで和歌に詠んで思いを告げたという話です。
一葉のたけくらべは、この二人の男女の相聞歌から取られて名がつきました。
主人公は幼馴染みの男女。美登利と信如です。
あらすじは簡単です。
吉原に近い大音寺界隈の子ども達仲間では、二組の派閥が対立していた。
お祭りの日、この二組が乱闘をする。
その影で、主人公の美登利と竜華寺の信如はお互いの気持ちを言い出せないままに、
別々の人生を歩いていくことになる。
御本山に入って修行をするという信如と花魁に出る美登利。
初見世のその日。水仙の作り花が格子門の外から入れられている。
ただそれだけの話なのです。
淡々と時間は流れ、人物も全て輪郭がボンヤリとしていて、いつのまにか終わっているのですが、
読み終えた後は、切なさと歯がゆさが残ります。
時代に翻弄され、貧乏に押しつぶされ、それでも生きていく人々のやりきれない様が浮き彫りになってきます。しかし、それだけではないのです。そこから這い上がってくる熱くてしたたかな知恵が描かれています。
パステルカラーのように曖昧な色づかいの登場人物に比して、話のところどころにあでやかな対称が鏤められています。
白い水仙と、深紅の友仙。
お寺と遊郭。
その違いが強烈な分、主人公の曖昧さに隠れている思いの深さを見透かすことができます。
この小説が出て、一葉は女流文学の頂点に立ちました。
初めは難解なこの小説。
読み解くほどに深さ、美しさが伝わってきます。
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コメント
土曜日はコーラスの練習です。「たけくらべ」「こえくらべ」?「こえあわせ」か。「雨水」の過ぎた午後のひととき、でした。
投稿: hitoriyogari | 2005.02.19 17:47
TBありがとうございます。一葉の何気ない描写にも、その背景を汲み取られているので、TBさせていただきました。
投稿: rion | 2005.03.15 15:02
rion さん。
こんにちは。
トラックバック、コメント有り難うございます。
rion さんのブログ、拝見させていただきました。
充実していますね。
蘊蓄の深さ、鋭い洞察に教えられることばかりです。
目から鱗が随分落ちました。
また、いろいろ教えてくださいね。
これからもよろしくお願いいたします。
では。
投稿: せとともこ | 2005.03.17 17:13