« シンプル イズ ザ ベスト | トップページ | 驕れるもの久しからず »

2005.03.03

ひなまつり

今日はやはりひな祭りの話題。
ひな祭りの歴史はとても古く、その起源は平安時代の中ごろ(約1000年前)と言われています。
三月の初めの巳(み)の日に、上巳(じょうみ)の節句(中国が起源といわれ、すでに万葉集の大伴家持のうたに詠まれています)といって子どもの無病息災を願って
お払いをする行事をしていたのがその始まりと言われています。
陰陽師(天文、地層、人間などの吉凶を占う人)を呼んで、天地の神に祈り、食べ物を供え、人形に災いや凶事を託して川や海に流すのです。
私が幼い頃はまだこうした行事がに残っていて、小さな男の子と女の子の人形を川に流していました。
また、当時の宮廷の婦人や子どもの間では、”ひひな遊び”という遊びが行われていました。「ヒヒナ」とは「雛形」を意味し、「小さくて愛らしい」といった意味です。紙で作った人形と、身の回りの道具をまねた玩具で遊ぶもので、いまの”ままごと遊び”のようなものです。
清少納言の”枕草子”でもうつくしきものとして雛の調度と書かれています
上巳の節句が三月三日になったのは、室町時代(約600年前)からです。
しかし、このころから、安土、桃山時代ごろまでの三月三日の節句は、雛人形を飾って祝う女の子のお祭り
とはかけ離れたものでした。
三月三日の節句が女性のお祭りになったのは、世が平和になった江戸時代(徳川政権下)のことで
す。
そして、ひな祭りは、武士階級から町民へ、江戸から地方へと広まっていきました。
江戸中期には、女の子の誕生を祝って、初節句に雛人形を飾り、毎年盛んにひな祭りが行われるようになり
ました。
その後も明治政府では贅沢廃止のため、おひな様も憂き目にあいました。こうした紆余曲折を重ねて、おひな様は今に至っているわけです。
貴族の遊びであったおひな様が庶民に広く普及して、いまでは団地サイズのかわいいおひな様をよくみかけます。
お内裏様とおひな様も時を越え、試練をくぐり抜けていらっしゃったのですね、、、
そう思って見ると心なしか「したたか」なお顔に見えたりして、なかなか好感がもたれます。
頑張っていたんだねぇ〜〜

♪ひなまつり
赤いもうせん しきつめて
おだいりさまは 上のだん
きんのびょうぶに ぎんのだい

五人ばやしや 官女たち
そろってならぶ 下のだん
どれもきれいな おひなさま

あられひしもち おしろざけ
ぼんぼりかざる おもしろさ
きょうは三月 ひなまつり

|

« シンプル イズ ザ ベスト | トップページ | 驕れるもの久しからず »

コメント

 ひな祭りですか。千年の昔からよく続いて来ましたね。 私には苦い思い出が有ります。30ウン年前、娘が生まれて3年目の今日3月3日の夜、会社から帰ってみると整理箪笥の上に飾られたお雛さんがあった。見ればなんと、そのひなさんは折り紙ではないか。(; ;) ゼロからの出発でしかも安月給だった。よくぞ娘を納得させてくれたと妻に感謝したものです。 それからは脇目も振らずに働いて今日の幸せが有るのだと思っています。(^o^)

投稿: hitoriyogari | 2005.03.03 17:23

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15797/3153679

この記事へのトラックバック一覧です: ひなまつり:

« シンプル イズ ザ ベスト | トップページ | 驕れるもの久しからず »