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2005.04.15

壊れた脳 生存する知

壊れた脳 生存する知を読みました。
御存知の方、読まれた方も多いと思いますが、
医師であり、脳卒中患者でもある著者の山田規畝子さんの闘病の記録と貴重なデータでもあります。
以前、ランス・アームストロングのただマイヨ・ジョーヌのためでなくと言う本についても書いたことがありますが、
いろんな病気、障害を抱えながら、人生と前向きに向き合っている人の本は迫力があります。
山田さんの本も、読み終えた後の第一声は「凄い」でした。
何回も脳卒中の発作に見舞われ、生死の境をさまよいながらも生還。
自らを「徳俵の女」と称しています。
心の底をえぐるような事柄を流れるような端麗な静かな表現で語られていてドッキリとします。
それは静かな分、鬼気迫るものがあります。
およそ人が誰でも持っているであろう思いが切々と描かれています。
空間認知ができない、
時間がわからない、
記憶力の低下、、、、
などなどの障害を乗り越え、さぁ次と思った途端の発作、遂に左半分の麻痺が後遺症として残る。
できて当たり前と思った機能、が次々と掌からこぼれる砂のように失っていく。
落ち込み、恨み、脱力しながらも、さらに「生きようと」するその姿は読んでいる私に大きな力を与えてくれました。
不自由ではあるが不幸ではない。
シャッキと前向きに生きるその姿は気高い。
感謝で見つめるその視線の向こうにはやさしさが横たわっている。
人はどう生きるか、、、
人類始まって以来、探し求めているテーマの解決の緒を示してくれているような気がします。
「脳」はボロボロになり、空っぽになっている。
しかし、懸命に「脳」は生きようともがいている。
その健気な有り様は、「人間って素晴らしい」という讃歌に繋がります。
そしてよりよく生きること、今を一生懸命に生きることへの応援歌でもあります。
周りの人々との関わり、
私たちがともすれば忘れがちな「思いやる心」「理解すること」などを訴える告発本でもあります。
将来、見舞われるかもしれない、あるいは身の回りの人の介護に携わるときの指導書でもあります。
ご自分のことを冷静に客観的に分析しながらも我が子への愛が滔々と書かれていて、読みながら涙がジワッ〜〜〜と出てきて仕様がありませんでした。
まだ読まれていない方は是非読んでみては如何ですか?
先に書いた「マイヨ、、、、」もお奨めです。

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