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2005.04.28

53年目の沖縄

53年前の1952年4月28日、サンフランシスコ平和条約が発効しました。
「サンフランシスコ条約」の正式名称は「日本国との平和条約」と言います。
アメリカ合衆国、イギリスなど対日戦争参加諸国の代表がサンフランシスコ市(合衆国)で対日講和会議をひらき、そこで調印された条約なので一般にサンフランシスコ条約と言われています。中国、ソ連など多くの国が、この条約には加わりませんでした。
条約の内容は、日本との戦争状態の終結、朝鮮独立の承認、台湾、千島など近接する諸島の権利の放棄、沖縄、奄美、小笠原諸島をアメリカの施政権のもとにおくことなどを決めました。そして第六条で、日本を占領していたすべての軍隊は九十日以内に撤退することになりました。
しかし、この第六条には、「ただし書き」あることはご存知のとおりです。
つまり、〜〜または複数の「連合国」と日本との間で締結される協定にもとづく「外国軍隊」の日本の領域における駐屯、駐留は「妨げるものではない」〜〜と定めたのです。
そして、この条項にもとづき、サンフランシスコ条約と同時に日米間で結ばれたのが、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(日米安保条約)です。
現在の安保条約は、これを1960年に改定したものです。
とくに近年の米軍ヘリ墜落事故などで、地位協定と言う名で脚光を浴びている第六条のみ抜粋しておきます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリ力合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。
 前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、千九百五十二年二月二十八日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定(改正を含む)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

では、現実には米軍基地と日本との関係はどうか?
北は三沢基地からはじまり、キャンプ富士、首都圏には横田、横須賀、厚木、キャンプ座間、
そして岩国、佐世保、その次が面積ではじつに75%(自衛隊も使用)を占めている沖縄。
自衛隊との共同基地化は、面積で見て1980年から2005年までの25年間で7倍近くになりました。
(14874ヘクタール→69917ヘクタール)
日本の米軍基地がなくなれば、アメリカ軍の能力の8割が喪失するとも言われています。
また、財政面での支援は、ズバリ「思いやり予算」です。
53年経った今でも沖縄は、基地の町です。
米軍の後を絶たない暴行事件や、米軍ヘリ墜落事件。
そして今は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の代替施設建設計画で注目を浴びている辺野古。
沖縄の人たちにとって、
私たちにとって、
本当の意味での戦後とはなんなのだろうか???
今、日本国憲法があちこちで取り沙汰されていますが、
「日米安保条約」とは何か?という議論はしなくてもいいのでしょうか???
遠く沖縄の人々のことを思いながら、そんなことを考えてしまいました。

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コメント

 「戦争はイヤ、平和が好き」なあなたが、家族や恋人を戦場にも送らずに、平和に暮らせるのは、在日米軍が存在するからでしょう。いわば、米軍がタマゴの殻になって、中身の黄身や白身を守っているのが、日本の平和の現実でした。
 あなたの話題は、その現実からの逃避するのか、その現実を打ち破るのかの、方向性によって、読者をまったく別の世界にいざなう話題ですね。

投稿: 罵愚 | 2005.04.29 14:19

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