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2005.05.11

生命の耐えられない軽さ

このところの国内外のニュースを見て心を痛めています。
いつもお世話になっている読売新聞の社説について書かれている kouheiさんの記事。
ブログ仲間の愛のまぜご飯
のheteheete さんの記事を読んでふと思った言葉がこれ。
「生命の耐えられない軽さ」

生命の神秘にはいつも驚かされ、その健気さには涙がでます。
数え切れない精子と一個の卵との出会い。
その偶然と必然の延長に私たちの、全ての動物の生命は在る。
その重さ。
その豊かな生命力と、神秘とも言える有り様に私たちはどこまで感謝すれればいいのか?
どこまでが人が許される境界か?
今、私たちの足元に横たわっていた自然の摂理の重さが、その存在の耐えがたい軽さに崩れようとしているのでしょうか???
地獄の門のまえで腕を組み考える人のように、たたずんで思案してしまう、、、
〜〜〜〜〜〜〜
永劫回帰の世界では、われわれの一つ一つの動きに耐えがたい責任の重さがある。もし永劫回帰が最大の重荷であるとすれば、われわれの人生というものはその状況の下では素晴らしい軽さとしてあらわれうるのである

ミラン・クンデラ
『存在の耐えられない軽さ』より、、、ニーチェの言葉
〜〜〜〜〜〜〜〜
そして、選択できない二者択一、
そして、アンビバレントな思いを背負いながら生きていく人間。
その犯す過ちを見極めることができない。
結果しか見ることが出来ないのか?
神は我々人間に予見する能力を授けはしなかったのか???
その生命のなんと軽いことよ、、、

いやいや。
違う。
人はその存在の重さと生命の重さを知っている。
と、再び思う私でした。

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毎日社説:日本人男性拘束 イラクの現実を直視せよ 5月11日付  (抜粋)「アンサール・スンナ軍」を名乗る武装勢力がウェブサイトを通じてイラクで日本人男性を拘束したとの犯行声明を出した。外務省はこの男性が英国系の民間軍事会社「ハート・セキュリティー」に勤務する斎藤昭彦さんと見て情報収集を始めた。  ハート社は社員の救援に特別の経験を持っているのだろうか。邦人保護は外務省にとって重要な責務である。斎藤さんは重傷を負っているという。まずは斎藤さんの保護に努めてほしい。、、、  しかし、斎藤さんにとっては... [続きを読む]

受信: 2005.05.17 08:16

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