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2005.06.30

風来疎竹

今日、ブログを開いてビックリ。
いやぁ〜〜〜なかなか騒々しいと言うか賑やかになっていますねぇ。
目と口をパクパク(?)開けて大笑いしました。
まぁ、笑ってばかりいても、と言う事で、
今日は改めて、
トラックバック、コメントへの対応、
ブログ上での討論、議論の私なりの考えを述べます。
(併せてコメントについての考え方もご覧ください)


まずトラックバックやコメントの削除について。
(コメントについての考え方に書いてありますが)
基本的には、頂いたトラックバックやコメントは削除致しません。
(ただ、あまりに愚かなものは、本人の名誉のために削除する事はありますが、その場合も本人には通知させて頂きます。)

ブログ上での討論、議論。
私自身は、ブログ上での討論、議論は行わない方針です。
討論、議論する場としてはこのブログは開放はしていません。
何故か?
文は記号です。
自分の考えや思いを、文字という媒介を通して表現していきます。
また、逆に文字という媒介を通して、自分の考えを構築します。
しかし、自分自身の考えを100%文字で表すことが出来ているかと言うと、
努力しようと思いながらも、完璧でない自分という者をいつも見ています。
具体的な事象を一端、文字という抽象に置き換える。
その過程で、当然捨て去られたものがある。
抽象化された文字から読み手は自分に必要なものを大きくフィードバックして、具体的事象を組み立てる。
文を書く、読むということは、そう言う事なのではと考えます。
さて、私の書いた文が独立して「一つの表現」が一人歩き。
そこから類推されて「あれこれ」と述べられると、
「あらあら、私そんなこと書いたっけ?」と思って驚き、反省することも度々。
指摘して下さった方々にはいつも感謝しています。
そして、
誤解を解く、あるいはお互いに理解するための鋭意努力はできる限り致します。
しかし、「言葉のもつ限界」「言葉の二重性(辞書的解釈と個別具体的なその人だけの表現)」から逃れることは容易ではありません。
これは、話し言葉にも言えます。
自分自身でさえ、「今ただいまの自分」と「先ほどの自分」が違う事を考えていることはよくあるのですから、意見の違う方が(多分、100%同じ人はいないでしょう)いても、全然不思議ではありません。
それはジャンルが政治であれ、芸術であれ、なんであっても言えることです。
客観的な数字を述べるのではなく「思い、考え」を表現するのだから、、、
書き手である私の表現と、その読み手の受け取り方に違いが出ることは仕方がありません。

そういうわけで、私自身は当ブログにて「私の意見」を書きます。
また、それに対して、同意や批判は受け取ります。
しかし、その一つひとつにコメントをお返ししない場合もあります。
そもそも私が考える議論とは、
一つの命題(議題)があって、それに対して、
賛成の立場の人は客観的事実(できるだけ新しいもの)を述べ、そこから導かれる合理的な結論を述べる。
次に反対の立場の人は、同じように反対の客観的事実をのべ、そこから導かれる結論を述べる。
そして、次の段階は、お互いの「命題」に対して認識の違いを検討する中で、
「命題」が正しいか、そうでないかを考えていくものと私は思っています。
共通の認識、理解をブログ上で持つことができなくても、それは「むべなるかな」と、私は考えています。
まず、議論するための最低限の条件がそろわない相手と私自身は、意見を闘わせません。
ましてや、相手への批判や析伏させるような不毛な議論は致しません。

このような理由から、
頂いたコメントや、その方の書いてある内容(本人のブログなど)から、
自ずと分かる「書き手の力量」を見極め、
その上で、コメントするに値するかどうかは私自身の判断で決めます。

以上が私のブログに対して
コメント、トラックバック、議論に対する当面の考え方です。
(考え方が変更した場合はまたお知らせします)

なお、最後に、今日のタイトル「風来疎竹」は菜根譚から頂きました。
〜〜〜〜〜〜〜〜
風来疎竹、風過而竹不留声、雁度寒潭、雁去而潭不留影

風、疎竹に来たる、風過ぎて竹に声を留(とど)めず、
雁、寒潭(かんたん)を度(わた)る、雁去りて潭(ふち)に影を留めず

竹の葉はそよ風に鳴り、風過ぎて竹に声なし。
飛ぶ雁は淵をわたれど、去りし後、影をのこさず。
〜〜〜〜〜〜

ザワザワと風が吹いても、心騒ぐことはない。
過ぎれば、静かさは戻る。
飛んでいく雁は、一時は影を落とすが、飛び去れば、また元の静けさに戻る。
後々まで、執着、粘着はしない潔い毎日を過ごしたいと言う思いをこめて。

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2005.06.29

イラクへの主権移譲1年

米大統領演説:
「米国民は揺るがない」イラク民主化へ決意
ということで、
〜〜〜〜〜〜〜
28日夜(日本時間29日朝)、イラクへの主権移譲1年(6月30日)に合わせ、ノースカロライナ州フォートブラッグ基地で演説。
「イラクでの作業は困難で危険だ」と認めた上で、「米国の決意が試される困難な時期もあるだろうが、米国民は揺るがない」と語り、イラク民主化に向けた強い決意を表明。「敵が勝利する唯一の道は、我々が9・11の教訓を忘れたときだ」と訴えた。
中略
ーーブッシュ米大統領の演説要旨は次の通り。

 イラクでの任務は明確だ。テロリストを倒し、イラクの民主化を助け、中東に自由を拡大し、子孫の平和のために暴力の根を断ち切ることだ。イラクでの作業は困難で危険だが、犠牲を払う価値はある。米国の将来の安全にとって死活的だ。
 テロリストは、無実の人々を殺すことはできるが、自由の進展を止めることはできない。彼らに勝ち目があるとすれば、それは、我々が9・11テロの教訓を忘れてしまった時だ。
 イラクの経済と社会基盤を再建しようとするイラク人たちへの支援を続けていく。イラク人が、自国の治安と安定に、より大きな責任を担えるようにする。
 我々は多くの進展を成し遂げたが、まだ多くの課題が残っている。イラク治安部隊の育成をできるだけ早く進める。治安部隊育成のため、新たな3段階の措置を取る。
(1)多国籍軍との共同作戦を通じた技術指導
(2)イラク部隊内に米軍との連絡役となる「移行チーム」の設置
(3)対テロ戦闘能力を高めるための移行政府内務省、国防省との協力だ。

 米軍の撤退日程を明確にすることは、イラク人や敵に誤ったメッセージを送る。我々は、必要とされる間、イラクに残る。イラク人主導による戦闘に導くのが米国の戦略だ。米軍増派は、この戦略を損ない、駐留長期化を招く。
 (中東という)死活的に重要な地域での自由の台頭は、原理主義が育つ条件を取り除き、我が国をより安全にする。
 我々は、勝利を収めるまで、世界中でのテロリストとの戦いを続ける。

(毎日新聞 2005年6月29日 11時43分より抜粋)
〜〜〜〜〜〜〜〜
だ、そうです。
さて、ではイラクの現状はどうでしょうか?
イラク戦争 に、刻一刻と変わるイラクのニュースが伝わってきます。
日本の自衛隊が駐留しているサマワでも、デモや爆発やら、物騒な情報が届いてきます。
また、
イラクに駐留している外国軍の数は減少の一方です。
 これまで「多国籍軍」という名のもとの有志連合に加わったのは米英を含めて38カ国。
すでに16カ国が撤退を完了するか撤退を開始しています。撤退を予定・計画している国がさらに4カ国あります。
 派兵継続国は米英や日本、韓国など18カ国です。
〜〜〜〜〜
 ・撤退または撤退を開始 16カ国
 ニカラグア、ドミニカ共和国、スペイン、ホンジュラス、ノルウェー、フィリピン、ニュージーランド、タイ、ハンガリー、ポルトガル、モルドバ、トンガ、シンガポール、オランダ(2月撤退開始)ポーランド(2月撤退開始) ウクライナ(3月撤退開始)

・ 撤退を予定・計画 4カ国
 エルサルバドル、チェコ、イタリア、ブルガリア

・ 派兵継続 18カ国
 アメリカ、イギリス、ルーマニア、デンマーク、アゼルバイジャン、スロバキア、ラトビア、リトアニア、アルバニア、グルジア、エストニア、マケドニア、カザフスタン、韓国、日本、オーストラリア、モンゴル、アルメニア
〜〜〜〜〜〜〜

ブッシュさぁ〜〜〜〜ん。
「我々は、勝利を収めるまで、世界中でのテロリストとの戦いを続ける。」
それでは、いつまでたっても「憎しみの連鎖」は絶ち消えない。
戦いのロンドを舞っているうちに、
やがて、舞台は廃墟と化している。
そっ、そんな世界はSFか映画だけにして下さい。

「うでが落ちたな、ブッシュ」
スーハー  スーハー
「そういうお前も、フセイン」
スーハー  スーハー
(二人ともダークサイドに堕ちています)
(^^;

もう、これ以上、尊い命が犠牲になることがないように、
憎しみが増幅することのないように、
どうか、どうか、考え直してください。
グジャグジャになったイラクは、もうアメリカでは復興しないくらい反米感情が高まっています。
その一つひとつを「掃討作戦」なんて、無理な話です。
国連というか国際社会の良識に頼るしか、もう方法はないのです。
アメリカだけで、アメリカの言うところの「正義」を、いや力を振りかざすことは、もうやめにしませんか?
すでにダウニング街メモなどで、その大義は破綻しています。
貴方の言う「正義」の何を信じればいいのでしょうか?
ブッシュさん。

 

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イラク世界民衆法廷

6月23日からトルコのイスタンブールで開かれていた「イラク世界民衆法廷」は27日終了しました。
(米国のリチャード・フォーク教授(国際法)、国連人権高等弁務官事務所顧問のクリスチン・チンキン氏(英国際法学者)ら世界の著名な法律家や人権活動家54氏が参加)
この法廷は、
2003年3月のイラク戦争開始とほぼ同時に戦争に反対する知識人や市民が始めたもので、この2年間、日本でも「イラク国際戦犯民衆法廷」として、東京や大阪、広島など各地で開催。また世界13カ国でイラク戦争の戦争犯罪を裁く「公判」や「公聴会」が行われています。

さてさて、今回の世界民衆法廷は、
米英両国政府が大義ないまま引き起こしたイラク戦争を糾弾。
ブッシュ米大統領とブレア英首相の戦争犯罪を断罪しました。
そして、多国籍軍のイラクからの即時撤退とイラクが受けた損害に対する賠償を求めました。
声明では「イラクへの攻撃は正義と自由、われわれの安全、われわれの未来、われわれすべてに対する攻撃だ」と、イラク戦争を糾弾。
この戦争を「歴史上最も不正義で不道徳な戦争」の一つとした上で、「米英による27カ月に及ぶ(イラク)占領はイラクの国家と社会の破壊と荒廃に導いた」としています。
さらに、 法廷は米英の侵略戦争と占領に協力した「有志連合」諸国や、軍事基地・領空の使用、その他の後方支援で協力した諸国の政府、戦争をめぐる虚偽の報道を広めたメディアも告発しています。 
この戦争によって利益を得たハリバートン(石油関連)ベクテル(土木・建設)CACIインターナショナル(軍事請負会社)なども告発。
そして、その罪状の中味は以下の通りです。

 —国連憲章とニュルンベルク諸原則に違反して侵略戦争の最高の犯罪を計画、準備、実行した
 —イラクの民間人と民間施設を攻撃目標にした
 —不均衡な(大量の)兵力と無差別の兵器を使用した
 —軍事行動中とその後の占領中、民間人の生命を守る基準を守らなかった
 —平和的手段で訴えた抗議者に暴力をふるい、死に至らしめた
 —容疑や裁判なしに、集団的・個別的制裁を加えた
 —イラク兵や民間人に拷問や非人道的虐待を加えた
 —不法に侵略し、占領した国の法律を書き換えた
 —意図的に環境を破壊した
 —イラクの女性の地位を極端なほどまでに低める条件をつくりだした
 —イラクに存在する人類の豊かな考古学的・文化遺産を守らなかった
 —イラクのメディアの検閲を含め、情報の権利の行使を妨害した
 —拷問や不法拘束を認めさせるため、国際法に違反して拷問の定義を変えた

次に アメリカ国民の世論を見てみましょう。
6月27日発表のUSAトゥデー紙・ギャラップ共同世論調査によると、
ブッシュ大統領のイラク戦争遂行を支持すると答えた人は40%、不支持は58%。
同大統領の不支持率も過去最高の53%。
(13日発表のギャラップ社の世論調査結果では、米軍のイラク撤退支持は59%。)
さらに 議会でも変化が明らかに見えてきました。
今年1月に民主党議員25人が、米軍の「即時撤退」を求める決議案を提出。
そして6月16日には、共和党の議員もその中に加わりました。
与野党の議員が、この様な決議案を出す背景は、国内の高まる世論を反映しているからにほかなりません。
 混迷するイラク情勢は、イラク本土も勿論ですが、米軍兵士の犠牲も日に日に数を増しています。
主権移譲後の04年7月から05年6月26日までに死亡した米兵は892人です。
国際的にも国内からも批判が相次ぐ中で、
この24日、ブッシュ大統領は、イラク首相との会談後の記者会見。
「タイムテーブルを示す道理はない」として、撤退時期の明確化を求める要求をはねつけました。
 ブッシュ大統領の言う「われわれの目標は明確だ。すべてのイラク人を代表する民主的で平和なイラクだ」とはなんなのでしょうか?
彼の頭の中には、どんな設計図が描かれているのだろうか?

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2005.06.28

バンザイクリフ

天皇、皇后両陛下:バンザイクリフなどで黙礼、平和へ祈りというニュースを、今朝はテレビや新聞で見ました。
昨日からサイパンへ慰霊の旅に出かけられたお二人の姿を見て、なんだか胸がジーンとしました。
同時に流された当時の映像を見て、こみ上げてくるものがありました。

太平洋戦争さなかの1944年6月。サイパン島に上陸した米軍に7月に占領される直前。
投降を拒んだ兵士らがバンザイと叫んで身を投じた崖。
米軍に蹂躙されるなら死を選ぶと海に身をなげうっていく若い女性たち。
その名もバンザイクリフ.
紺碧の海、帚ではいたような薄く白い雲。
ゆっくりと静かに流れていく時間。
当時もそうであったのか、、、
生きているより死を選ぶことに何の逡巡もない。
ためらうことなく海に吸い込まれていく女性たちの、その思いはなんであったろうか、、、
国を守るために、いちずな思いで青春を捧げた若い兵士たちの、その思いは如何ばかりであったろうか、、、
どこまでも、どこまでも青いあの空と海は、そんな儚い人々の思いと命を飲み込んでいったのでしょうか。
60年の月日とは、残された人にとって、どのようなものなのでしょうか。
明るい日差しのように底抜けに陽気な人々の笑いが嬉しい。
恩讐の彼方にあるものは、
岩に打ち寄せ、砕ける波ばかり、、、なのかもしれません。

天皇、皇后のお二人が、サイパンの地へ慰霊に行かれ、当時の方々の生々しい話や、
あるいは遺族の方との対話をなさっている姿を拝見しながら、
その、おやさしいお顔と誠意と熱意を感じました。
「二度とこのような悲劇が起こらないように。
平和であるように」
という、思いの深さが伝わってきました。
戦後60年。
皇室が歩んで来た道は、一般のそれとは違い大変なものであったことは想像に難くありません。
天皇という立場に立ち、そして立場を超えて、人として「平和」への熱い思いを語られるお二人には、尊敬の念を抱きました。

さて、そんなお二人と、比較するのは、いささか無理があるのかもしれませんが、
小泉さんの「靖国参拝」。
どうして、こんなに私の受け取る印象が違うのだろう。
勿論、靖国が抱える問題を考量しても、、、
何故か、小泉さんの参拝は胡散臭い。
そして、その理由が今日、わかったのです。
天皇、皇后、お二人の姿から。
お二人は、人々の話を真剣にお聞きになり、気持ちを一つになさろうと努力していらっしゃいました。
歴史の中で生き抜いてきた昭和天皇についての、思いは、それぞれの立場でそれぞれであろうとは思います。
そして、今上天皇は、戦争を知り、平和とともに歩んで見えました。
その思いの深さは、到底はかることは出来ません。
が、
私はなさっている行動や、言葉から、
天皇、皇后のお二人は尊敬しています。

しかし、
しかし、
小泉さんは「口」だけなのです。
彼がどんなに「戦没者の方への慰霊」とか「不戦の誓い」と言っても、
彼の目が、そうでないことを物語っています。
沖縄でも、ヒロシマ・ナガサキでも、そうです。
犠牲者の遺族の方々、被爆なさった方々に耳を傾けて聞き入っている姿を私は、いまだ見たことが無い。
心が入っていないのです。おざなりなのです。
彼が口酸っぱくして言うところの「戦没者の方々」への慰霊。
体は、そこにあっても心はそこにはない。
その薄っぺらさが、人をして疑わせ、さらにさらに問題が大きくなっていくのでしょうか?
外交上の問題とか、一筋縄ではいかない事もいっぱいあることを承知しています。
優しい顔や、思いやりばかりじゃ政治が動かないことも分かります。
だからこそ小泉さん。
靖国は勿論、
いろんなこと、いろんなことに、
(拉致被害の方々、郵政のこと、税金のこと、などなど)
納得のいく説明をお願い致します。

そして、最後に、
サイパンに思いを寄せ、
再びこのような悲劇が起こりませんように、祈りをこめて

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2005.06.27

バトン トラックバック

ブログ仲間の隅田さんから、今、ブログ界隈で賑わっている Musical Baton をトラックバックして頂きました。
頭をかすめたのは、「チェンメール」や「○○のハガキ」。
トラバ下さった隅田さんも、
私が以前書いた、なんと『ジャンクメール」という記事へのトラックバック。
そのユーモアに思わず笑ってしまいました。
内容を読み、さらに皆さんの反応はどうかと、あちこちブログ仲間を訪問。
これが、また来ているんですね、、、
そして、多くの方が戸惑い、迷いながら
『まぁ、面白いから乗ってみます」という感じで回答。
そして、次にバトンタッチ。
そうそう、その折、必ずと言っていいほど、次の言葉が添えられています。
「どうぞ、お気になさらず。無視してくださっても結構です」と。
と、書かれていてもねぇ〜〜〜

私も質問の中味について、あれこれの回答をそれなりに考えました。
しかし、いざ記事に、と思ったらなかなか書くことができません。
と、いうわけで、今回のバトントラックバックは
皆さんの記事を楽しませていただく「見る阿呆」に徹したいと思います。
そんなわけで、隅田さん。
折角、声をかけてくださったにも拘わらず、ゴメンナサイ。

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2005.06.26

上野千鶴子著「家父長制と資本制」

今日は、上野千鶴子さんの「家父長制と資本制」を読んでいこうと思います。
要約のみを、私がまとめましたので、興味のある方は読まれることをお奨めします。
なお、私自身の感想はいずれ「ナショナリズムとジェンダー」とともに書きます。
今回は私自身の覚え書きとして、内容のみの まとめです。
最初に目次の紹介。
1 理論篇
マルクス主義フェミニズムの問題構制
フェミニストのマルクス主義批判
家事労働論争
家父長制の物質的基礎
再生産様式の理論
再生産の政治
家父長制と資本制の二元論
批判に応えて
2 分折篇(家父長制と資本制
家族の再編
結び—フェミニスト・オルターナティヴを求めて)
付論 脱工業化とジェンダーの再編成—90年代の家父長制的資本制

上のように本書は読者を案内していきます。

では、まず理論編から。
マルクス主義フェミニズムの問題構制
〜マルクス主義と女性解放〜
解放の思想は解放の理論を必要とする。
誰が、何から、如何に解放されたいのかをしらなければ、現状に対する不満や怒りのエネルギーは方向を見失う。
女性解放の理論は三つがあり、三つしかなかった。
1社会主義婦人解放
2ラディカル・フェミニズム
3マルクス主義フェミニズム

社会主義婦人解放は抑圧の解明の変数に「階級闘争」を持った。
しかし、現実にはこの変数だけでは到底女性の解放はあり得なかった。
ラディカル・フェミニズムはフロイト学説に依拠した。
フロイトの女児の男根崇拝から自分の劣等、内面化して「性支配」やがて「家父長制」に組み込まれていく女たちの解放を心理学の面から探求していった。
フロイトは抑圧からの適応、マルクスは抑圧からの解放を目指した。
社会主義婦人解放は女性の解放を社会主義革命に還元。
ラディカル・フェミニズムは性革命を尊重。
そこで登場したのが、どちらにも偏らないマルクス主義フェミニズムである。
今、ここに生きている中で要求されるものは「おのおのの理論の射程と限界を見極め、その限で理論構築の可能性を追求することである」

〜フェミニストのマルクス主義批判〜
「家族は階級の外にある」という言葉でフェミニストのマルクス主義批判がはじまる。
しかし、家族という領域が階級支配、したがって資本制の抑圧の外部にあり、それから自由であることを意味しない。
女性が労働市場に参入しても、過程にとどまっていても資本の間接的な支配を受けている。
女性にとっては市場のうちも外も解放ではない。この限においてはマルクスにも限界がある。
マルクス主義フェミニズムはマルクス主義に忠誠を誓うことでなく
限界を認め、そこから出発することである。
マルクス主義フェミニズムは女マルクス主義者でもなければ、フェミニストマルクス主義者でもない。性支配に物質基盤があると考え、解明しようとする「唯物論的フェミニストである」

〜家事労働論争〜
マルクス主義フェミニズムの最大の理論的貢献は、
「家事労働」という概念の発見である。
「家事労働」は「市場」と「家族」の相互依存関係をつなぐミッシングリングであった。
「市場」と「家族」への分離が生じた近代産業社会の要の位置に「家事労働」はある。
そして、ここから主婦論争へと発展していく。
「愛という名の労働」をどの様に考え、位置づけていくか。
世界各国、日本における一連の主婦論争のはてに、マルクス主義フェミニズムは三つの概念を発展させる。
1家父長制
2再生産
3イデオロギー

〜 家父長制の物質的基礎〜
家父長制とは何か。
以下に定義する。
〜〜家父長制の物質的基盤は男性による女性の労働力の支配のことである。この支配は女性が経済的に必要な生産資源日かずくのを排除することによって、また女性の性的機能を統制することによって維持される〜〜〜

〜再生産様式の理論〜
女性はその性ゆえ、いつでも再生産に関わる。
では再生産とは何か。
生産システムそのもの、労働者、そして人間という生物学的なもの。この3つが次々と生み出されることを再生産という。
どうすれば唯物論てきな分析方法を、生産と再生産とを単一の過程の部分として十分に統合できるような、また性差が階級構造の組織形態と分離できないことが明らかになるようなやり方で用いることが出来るか?

〜 再生産の政治〜
中絶、子どもの数、子どもの教育費、世代間支配などを分析。
再生産費用の均等。世代間支配の終了などを提唱。

〜 家父長制と資本制の二元論〜
統一理論(1,2,3)か二元論(4,5)か。
1性支配は理論的に無意味である。
2性支配は資本制的生産関係から帰結する
3性支配は独立した家父長制から帰結する
4性支配は資本的生産関係と分かちがたく結びつき、資本制的家父長制という単一のシステムを形成
5性支配はそれぞれ相互の独立した家父長制と資本制という二つのシステムの相互作用の結果。
しかし、今日の女性はさらに多面的な分野での考察を加えなければならない。
〜批判にこたえて〜

2 分折篇
〜家父長制と資本制〜
・第一期
工業の発達によってドムス(家内奴隷から家畜まで含む単位)が解体。単婚家族の芽生え。
・第二期
戦争によって「銃後」の女性たちの意識革命と未婚女性の労働市場進出。
・高度経済期
男にとって「一億総サラリーマン時代」であり女にとって「サラリーマンの妻時代」
近代的な家父長制の成立(封建的なそれとは違う)
主婦の大衆化と女性階級の登場
・第三期
主婦労働者、パートタイマの出現
その中での女のニ重労働。

〜家族の再編〜
人口問題。
女性の晩婚化と少子化。
再生産の自由などが論議される。

〜 結び—フェミニスト・オルターナティヴを求めて〜
「過去300年間にわたるフェミニズムの歴史をふりかえって、
その始動や高揚、ガタガタした発展ぶりを見れば、その開花の時期が特定の社会経済的な変動期に一致していないだろうか?その移行期には女性は生産への新たな参入、もしくは新たに認知された参入を通じて、一時的にももっとも先駆的な位置を占める」
(ミッチェル)

「女の経験を男の言葉で語る」ことではなく「男のやっていることを女の言葉で相対化できたとき、はじめて資本制と家父長制のもとに置かれていた女性は、それから脱してオルターナティヴを見つけるであろう。

〜付論 脱工業化とジェンダーの再編成—90年代の家父長制的資本制〜
略。

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2005.06.24

ダウニング街メモ

イギリス政府の機密文書が証明するイラク侵略という巨大な犯罪別名ダウニング街メモが5月1日、英サンデータイムズ紙で報道されて約一ヶ月半が経ちました。
この間、)天木直人さんのホームページや、あちこちのブログでも 静かに情報は流れています。
(「ダウニング街(ストリート)メモ」あるいは「イラク戦争は仕組まれていた」などの言葉で検索して下さい。)

今までも内部からの告発や証言はあったそうですが、いつの間にか闇に葬られていたそうです。
ところが、今回のメモはすでに本物であることは英政府が確認しています。

〜〜〜イラクをめぐる世界の情勢に関心を持ち、信頼できる資料や論説・証言を調べた人ならだれでも、イラク侵略が不法行為であることを「知っていた」けれど、どれほど説得力ある論証を重ねても犯罪を証明することはできなかった。しかし、今回リークされた秘密メモは、イラク侵略という巨大な犯罪をアメリカとイギリスが共謀して犯したことの確かな証拠となる。〜〜〜〜
と、上記のサイト管理者の安濃一樹氏は述べ、そのメモの中味を書き連ねていきます。
以下引用。
ーーーーーー
メモは、2002年7月23日に首相官邸で開かれた会議の内容を要約したものだ。会議に招かれたのは首相の側近と外交・情報・軍事・法律を担当する閣僚だけで、他の大臣たちは会議があることも知らされていなかった。
メモの核心となるのは、MI6(アメリカのCIAに相当する)のディアラブ長官による次の発言である。

──アメリカ政権の態度が明らかに変わってきた。武力行使はもはや当然だと見なされている。攻撃を正当化するために、テロリズムと大量破壊兵器を同時に[サダム政権と]結びつける。しかし、政策に合わせて情報を作り上げ、事実をねじまげているだけだ──

ブッシュ政権がイラク侵略を正当化するために、サダム政権とアルカイダの関係や大量破壊兵器の脅威を利用すること、そしてそれがすべてウソであることをイギリス政府は(そして、おそらく世界の数多くの政府も)知っていた。ストロー外相は、イラクを侵略する「理由が薄弱だ」として、次のように説明している。

──サダムは近隣諸国の脅威とはなっていないし、大量破壊兵器を開発するイラクの能力はリビア・北朝鮮・イランよりも劣る──

その上でストローは、武器査察団を受け入れるかどうか、サダムに最後通告を出すよう国連に働きかけるべきだと対策を提案し、サダムが拒絶すれば攻撃する理由となることを示唆した。つまり、国連のイラクに対する通告は、戦争を回避するためではなく、イラク侵略を正当化するために仕組まれたものだった。

それで法的な根拠がえられるのだろうか。ゴールドスミス法務長官の次の証言に注目しよう。

──イラクの政権交代がいかに望ましく思えても、それだけでは軍事攻撃の法的な根拠とはならない──

イギリス人が好む乾いたユーモアだが、長官が意味したことは、ブレア首相も会議に顔をそろえた面々もよく承知していたに違いない。侵略戦争は国際法に反する。もっとも厳しく裁かれる大罪である。ニュルンベルク裁判の判決文には次のように記されている。

──戦争は本質的に邪悪なものである。その影響は、交戦国の間にだけに留まらず全世界に及ぶ。よって、侵略戦争を遂行することは、単なる国際犯罪ではなく、究極の国際犯罪となる。あらゆる犯罪を引き起こす侵略戦争は、すべての悪を内包するという点で、他の戦争犯罪と隔絶している──

これを「平和に対する犯罪」と呼び、「人道に対する犯罪」と並ぶ大罪と規定している。ニュルンベルク裁判と東京裁判で、「平和に対する犯罪」を問われた戦犯は全員が絞首刑を宣告された。

アメリカは、自国の利益のために国際法の精神を踏みにじり、国際刑事裁判所(02年4月に効力発生)の権威も認めていない。しかし、ヨーロッパの諸国は国際法を尊重している。イギリスも例外ではなかった。だがゴールドスミス卿は、不法行為を憂慮しながらも、攻撃を正当化するために何らかの法的根拠を用意する役目を引き受けている。

会議の前に参加者に渡された報告書(これも秘密メモと同時にリークされた)によると、会議に先立つ4月にクロフォードへ招かれたブレアは、ブッシュとの会談でアメリカの計画に協力することを約束していた。イラクを侵略して占領する正当な理由がないことを心配する前に、外務省やMI6の報告を聞く前に、参戦することを約束していた。もちろん、この約束は内閣に計って決めたものではない。労働党の議員たちも知らなかった。イギリス市民に対しては、「イラク攻撃については何も決まっていない」と繰り返していた。

会議はイギリスが軍事攻撃に加わることを前提としている。だから、ブレアは次のように言い切った。

──政治状況が整えば、国民はイラクの政権交代を支持するだろう。そこで、重大な問題がふたつある。まず、この軍事作戦が成功するかどうか。そして、作戦を支障なく進めるために、政府がどのような政治戦略を立てるべきか──

「政治状況が整えば」とは曖昧な表現だが、リークされた別の文書を見ると、イギリス首相はアメリカ大統領に戦争の条件をもっとわかりやすく説明している。

──諸国の協力をえて連合軍を組織すること。そして、世論を作り上げること──
ーーーーーーー

英文は 
http://japana.org/peace/japana/secret_documents.html
でご覧ください。

また天木さんは、日本外交が、こうもアメリカべったりで、いいのか。そのうちハシゴを外されるのでは?と危惧され、使い捨てられるのではと述べています。
まさに、、、(^^;


<陸自車両通行中、道路脇で爆発 イラク・サマワというニュースが昨日流れました。
幸いにして自衛隊の皆さんは無事でした。ご家族の方もさぞやご心配なさったことと思います。
イラク戦争の現実については日々新たな被害の報告がなされています。
今も多くの普通の人々が戦火の中で命をかけて生活をしています。
流さなくてもよかった血が流れ、
失わなくてもよかった尊い命が奪われていったのか、、、

今、私たちに出来ることは何か???
一刻も早いイラクの安寧を保障するためには、
「武力は必要ない」ということの確認と実行ではないかと思います。
アメリカ国内でも兵士帰還を望む声が、日々大きくなっています。
日本でも自衛隊の皆さんが無事で、一刻も早く帰ってこられる事を祈っています。
そして、イラクの国の再建には、国連がしっかりと指導していくしか方法はないと思うのですが。
いずれにしても、
いずれにしても、
これ以上、犠牲者が増えることのないことを願ってやみません。

なお、この記事と同時に、以前書いた何故 私がイラク戦争は間違いだったのでは、と思うかも、ご覧ください。

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2005.06.23

今日は何の日

今日は、終戦60年、沖縄慰霊の日 です。
「沖縄全戦没者追悼式」には小泉さんも出席。
〜〜〜〜
沖縄で基地削減への期待感が高まっている在日米軍の再編協議に関しても触れるが、具体的な軽減策や見通しには触れず、靖国神社参拝問題への言及もしない見通しだ。
上記 記事より
〜〜〜〜
沖縄の人にとって基地とは何か?
職と反基地 ジレンマ もうひとつの沖縄1という記事にも見られるように、戦後60年、沖縄は基地と共に歴史を刻んできました。
米軍は生活の糧であったり、友人でもありますが、
しかし基地のない沖縄を求める自分の中の揺れ動きで生活してきた沖縄の人々。
そもそも沖縄に米軍の基地が出来た歴史について、ちょっと考えてみます。
1945年4月1日。米軍が沖縄本島へ上陸。
沖縄戦では県民の三分の一に近い十数万人が死亡。
米軍は本島のほぼ東半分を海軍、西半分を陸軍が管轄。
北部の東海岸に「軍政府」が設置されました。
こうして米軍はいったんは沖縄全島を基地化しました。
その後、終戦を迎えても米軍は、沖縄を足場とするための基地を押しつけて、今に至っています。
大騒音と犯罪、さらに米軍ヘリ墜落など県民の日常が脅かされている中で、
 日米両政府は、95年に、沖縄の米軍基地について検討するSACO(沖縄にかんする特別行動委員会)を設置。翌96年、普天間基地を返還するかわりに、辺野古沖に新しい基地をつくることで合意しました。
新基地建設反対の運動が広がり、多くの住民が、昨年来座り込みを続けています。
辺野古沖の基地建設は、海を汚し、サンゴの破壊、ジュゴンの生息場所を奪います。
基地のたらい回しが今、沖縄でなされようとしています。
もっとも、基地に関しては沖縄だけではありません。
当該関係者は負担のたらい回しという感覚を持っているようです。
戦後60年。
日米の新たな関係を見直す時期に来ているようです。

その関係の最たる新安保条約の締結が45年前の今日されました。
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約参照。
岸内閣・自民党は、国民の反対を押しきって衆院で単独採決(5月20日)、
6月23日に批准書交換・発効しました。
私たちにとって、最も注意を払うべき条約は、
日米経済協力(第二条)、
有事のさいに自衛隊が米軍と共同してたたかう日米共同作戦(第五条)、
基地提供(第六条)です。

とくに今般見るべき必要があるのは、
「有事のさいに自衛隊が米軍と共同してたたかう日米共同作戦」の解釈です。
実際、これまでにも、日本をベトナム侵略戦争などの足場とするとともに、アメリカの戦争に自衛隊を参加させる仕組みをつくってきました。
日米ガイドライン(日米防衛協力の指針)で、アジア・太平洋を範囲とする「日本周辺」でのアメリカの戦争に自衛隊を組み込む仕組みもつくりました。
さらにイラク戦争への自衛隊派兵。
後方支援を行い、多国籍軍に加わり、アメリカの戦争への参加にふみだしました。
これは、憲法に反するのはもちろんですが、現安保条約によっても説明のつかない海外派兵です。
なぜなら、安保条約第五条の日米共同作戦条項は、
「日本防衛」が目的です。
イラク派兵のどこが、日本本国の防衛になるのか?
これに関しては、政府も当時、きっちりと説明は出来ませんでした。

イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法を急ごしらえで作りましたが、本音は小泉首相自身は「日米同盟、この関係を重要視」(2004年1月21日)してのイラク派兵だと説明。安保条約の枠組み、規定さえ無視し、無制限に拡大したことは記憶に新しいところです。

こうしてみると6月23日、今日という日は、
「平和」を考える日ではないかと思います。
私にとっての平和とは、何か。
あなたにとっての平和とは何でしょうか?
考えてみたいと思います。
幸いに今日は梅雨空。
雨読といきましょうか、、、

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「戦争と有事法制」という本

戦争と有事法制という本があります。
著者はお馴染みの小池政行さんです。
今日は、この本を紹介していきます。
法案の制定までの歴史や、国際情勢。さらにこの法案の問題点、最後に私たち国民が、今真剣に考える時期に来ているというメッセージが述べられています。
とても詳しく、またわかりやすく書かれていますので、是非お読みください。
まず、本書は次の構成からなっています。
序章 「有事法制」は成立した
第1章 「有事法制」の歩み
第2章 戦争のルール
第3章 「有事法制」審議を読み解く
第4章 日本国憲法と「イラク派兵」
終章 シミュレーション「有事法制、発動す」

序章 「有事法制」は成立した
2003年6月6日日本に戦後初めての「有事法制」が成立。
制定に先立ち2002年2月4日の小泉純一郎総理の施政方針演説で、「備えあれば憂いなし」という言葉と共に、国会における本格的な審議が始まった。
総理の演説の中味について、「独立」「主権」「安全を平素から確保する体制」の具体的な考察を加えることがこの本の目的である。

第1章 「有事法制」の歩み
「即ち兵強し」という考えが日本には昔からある。
有事という言葉は遡れば「幹非子」に辿ることが出来る。
「無事なれば即ち国富み、有事なれば即ち兵強し」と。
次に時系列で時々の政府が行ってきた「法制成立」までの歩みを見る。
1955年 アイゼンハワー大統領の対日政策発表
「米国と強く結ばれ、共産中国への対抗勢力として役立ち、極東の自由世界の力に貢献できる日本が、最も米国の国益にかなう」
「より健全で積極的なナショナリズムが日本に発展することは、日本が大国として再生する上で緊要なことである。このようなナショナリズムを日米提携の文脈に取り込むことが、米国の対日政策の基本である」と。
そして、1960年新日米安保条約の締結
こうした中、三矢図上作戦計画
とくにこの三矢研究については、岡田春夫議員の国会で暴露したことにより世間に明るみにされた経緯が書いてある。
旧ガイドライン
      ↓
日米共同作戦の範囲をシーレーン防衛」に拡大
こうして、1978年福田内閣の時「有事法制」が本格的に研究されるに至る。
83年、中曽根内閣の「運命共同体発言」
「不沈空母」発言(ワシントンポスト紙)
 1995年 ナイ・リポート発表 
「日米関係ほど重要な二国間関係は存在しない。日米関係は米国の太平洋安全保障政策と 地球規模の戦略目的の基盤となっている。」と定義。
これにより、よりいっそうの防衛強化へと日本は突き進む。       
そして、1997年新ガイドライン制定。
旧ガイドラインと質的、量的に格段の差がある内容。
2000年10月 アーミテージレポート発表。
「両国の同盟関係は”負担の分かち合い”にとどまらず”力の共有する”時がきた。
そのためには”集団自衛権の行使””有事法制の成立””国連平和維持本体業務への参加凍結解除””情報面での協力の強化”を主張。
このような背景のもとついに2003年有事法制が成立。

第2章 戦争のルール
戦争はいかなる時代、いかなる場所でも起こってきた。戦争の現実は暴力による殺戮である。戦争となればあらゆる残虐非道なことが行われるのかと問われれば、その答えはイエスであ屡。あらゆる残虐非道なお子ないが許されているのかと問われればノーである。
と、して国際法の考え方へと導かれる。
その後、日本が組み込まれていく戦争へのシナリオに触れる。
現在の国際社会では、大国同士が、その正規軍を展開させて正面激突の可能性は極めて低い。日本の環境を考えると大規模テロの対象になる、北朝鮮などの日本を以前敵対視する国からの攻撃などがあるが、最も可能性の高いのは、米国の軍事行動を支援する形で戦争に巻き込まれていくシナリオである。
周辺事態に対応して、自衛隊が米軍との共同軍事行動をとる中で日本が有事体制になっていく。この現実に起こりうるシナリオの対応出来ない「有事法制」ならば無用の長物である。

第3章 「有事法制」審議を読み解く
国会での質疑を披露しながら、「有事法制」の欠陥を「国民保護法制」の不備を中心に紹介。
ごく単純に考えてみよう。
有事法制とは、その善し悪しはどうであれ、命の値段付という側面を持っている。その本質的な目的は、有事の際に「国家の安全と独立」を守ることである。
そのさいの国が果たすことは制定されている。また国民の義務についても決められている。
しかし、「国民保護法制」はいまだ具体的に制定されいない。
国民にとってまず何よりも大切な有事下の保護が曖昧な形で成立した現法案は、欠陥法案であると主張。
今後の成り行きに注目する必要がある。

第4章 日本国憲法と「イラク派兵」
まずアメリカ、ドイツなどの有事法制の比較。
次に有事のさいの基本的人権について。
第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
 
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

人間社会は権力と秩序を有し、またこれを絶対的に必要とする。
権力が肥大化し濫用されるとき、個人は人間として処遇ないし尊重されない事態に陥いる。この権力の濫用や逸脱に対して、個人が人間としての尊厳を保つ為に行う利益の主張が人権の主張である。
しかし、この権利にも様々な限界がある。
それは「公共の福祉」との比較衡量の場合が多い。
「精神的自由」と「経済的自由」との関連など明らかにしなければならない問題が山積である。
次に自衛隊がイラク派兵を行った法的な根拠について述べてある。
ここでは、国際紛争についてや、何故イラクだったのかなどを詳細に述べる。
そして、今の有事法制が本当に日本を守るためのものか、あるいは米軍の兵站活動の一方の担い手でしかないのかと疑問を投げる。

終章 シミュレーション「有事法制、発動す」
では、現実に有事になった場合はどうなるかということをこの法案にそってシュミレーションを試みる。
そこで明らかになったことは、この法案は決して国民をまもってくれはしない、という現実であった。
結語
このようにして、我々は有事法制を持った。
それは端的にいえば、自衛隊の活動を円滑にするための法律を持ったことである。国民の生命や財産を守るのが自衛隊の役目である。ならば、自衛隊の活動が円滑になることは、
我々の生命・財産が確実に守られることになるのか。答えは否である。
ならば有事を広く捉えて緊急事態に十分備えるものになるのか、例えば災害やテロ。それも否である。
これらの対策は「今後十分検討して作っていく」という程度の認識である。
また。肝心の「国民保護法制」は後回しである。
そもそも有事とは何かも曖昧なまま出来上がった有事法制。
もう一度、深く考えていかなければならない。

参考
日本国憲法
有事法制関連法

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2005.06.22

ワールドユース モロッコ戦

おお〜〜〜くまった、こまった。
なぁんて阿呆な駄じゃれから始めたい気分のワールドユース、モロッコ戦の観戦記。
結果は後半ロスタイムに失点して0-1で敗れ、2大会連続のベスト8進出を惜しくも逃しました。
(と、言っても勝ち上がった事の方が不思議だったのか?)
今朝から、この試合観戦記のブログや掲示板を見て、
思ったことは、「みんなの思いは同じだぁああああ」です。
では何が???
う〜〜〜んん。
言いたくない。書きたくない。
でも書かなければ。

「監督」ですよ。
監督。
あああ〜〜〜
なんか思い出しても脱力感。
結果に拘るわけではないが(いえ、本当は十分拘っています)監督の采配というか戦術が分からなかった。
素人の私だから分からないのか、と自分を責めながら、いろんなブログを拝見して、やや安心。
なぁんだ。みんな同じ気持ちだったのか。
監督の戦術が読めない。
どんな試合をしたいのか?
いつもは大声で指揮している大熊監督も、今朝はモロッコの大応援団の前には声をかき消されていました。
だからますます分からない。
もっとも聞こえても分からないのが常ですが(^^;
「つなげ、、、つなげ」と大声で騒いでいても、選手はだれも繋がずに平山の頭めがけてズド〜〜〜ン。
その平山がねっぇええええええ。
やっぱり、素質はあっても現役Jリーガとは差がついていたように思います。
それから、カレン。
頑張っていましたが、今大会は精度が悪かったようです。
しかし、
しかし、
平山君にしてもカレンにしても、それから後の選手たちも、今日は皆頑張っていたと思います。
特に、水本、水野コンビはOK.輝いていました。
梶山や小林もイキイキと走っていました。
みんな一生懸命やっていました。
途中出場の選手。
そりゃ、我らが広島の前田ですよ。
マエシュンも力を出していたと思います。自信が漲っていました。

と、いうことで選手は頑張っていました。
が、
が、
やっぱり、監督の采配、(ここで言う采配とは選手のメンバーや攻守のバランスなどです。)が見えてこなかったように思います。
実況のアナウンサーや解説の方も、多分見えないから、言いようがなくて苦労なさっていたようです。
お察しします(^^;
〜〜〜〜〜
前回大会でも指揮を執った大熊監督にとっては4点取られたコロンビア戦、5失点だったブラジル戦が「トラウマ」になっていて守備重視の戦い方を選択したのかもしれませんが、その戦術が逆に日本の良さを消してしまったように思えてなりません。リスクを避けることによってチャレンジする気持ちも忘れてしまった。それが、今回の低調な内容とパッとしない結果に繋がってしまったのではないか、と思います。
SANFRECCE Diaryより
〜〜〜〜〜〜
本当のところは分かりませんが、、、
知るのは本人のみ、です。
まぁ、監督の仕事は大変だと思います。勝って当たり前の勝負の世界だから。
捲土重来を目指して、また頑張ってください。

選手の皆さん。
お疲れさまでした。
今大会の経験を活かして、さらに大きく強くご活躍下さい。
楽しませていただき、有り難うございました。

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2005.06.21

夏至

今日は夏至です。
そう、一年で一番太陽の高い日。
昼の長い日です。この時期は梅雨で雨になることが多いのですが、
今年は日本列島、かなりの地域で「夏至」を感じることが出来るのではないでしょうか?
さて、ついでに今日はそれ以外になんの日?ということで調べてみたら、
・大伴家持が越中国使に(746年)
・正倉院建立記念日(756年)
・ガリレオに有罪判決(1633年)
・武家諸法度改定(1635年)
・「アメリカ合衆国憲法」が発効(1788年)
・日本がユネスコ、ILOに加盟(1951年)
などなど。

面白いと言っていいのか、どうか「ガリレオ有罪判決の日」。
ガリレオ裁判については、ガリレオ・ガリレイをご覧ください。

と、いうわけで今日はなかなか面白い日です。
さて、こんな面白い一日、あなたはどの様に過ごされますか?
私は、夏至という事もあって、本棚からまた「ゲド戦記」でも出して読み直しましょうか。
どうぞ、時間を大切に有意義にお過ごしください。

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もしかして第2の地球が

最小の太陽系外惑星を発見 「地球型」の可能性ということで、今天文ファンが熱い。
〜〜〜〜〜〜
見つかったのは、地球から約15光年離れた小さな恒星(太陽の3分の1の質量)のそば。この星の周囲では、巨大な「木星型」の惑星2個がすでに見つかっており、それについて詳しく調べる過程で、もう一つ小さな惑星が存在する可能性が強まった。
 中心の恒星が周りの惑星の重力で揺らぐ様子を、ハワイのケック大型望遠鏡で詳しく解析。質量が地球の5.9〜7.5倍の未知の惑星が、中心星から0.021天文単位(1天文単位は太陽と地球の距離)の軌道を、1.94日の周期で回っていると突き止めた。直径は地球の2倍ほどだとみられている。
(中略)
 カリフォルニア大のジョフリー・マーシー教授は「今回の惑星の成分は観測できていないが、大きさから考え、岩石でできた『地球型』である可能性が高い」と話す。
〜〜〜〜〜〜〜
地球以外に知的生物がいるかもしれない という事は随分前から言われていますが、
科学の進歩と共に、次第に他の星ぼしのことが明らかになってきます。
もしかしたら、
もしかしたら、
地球以外にも生命を育んでいる星がいて、その星の仲間達は宇宙に友人を求めているかもしれない。
形は人類のようではなくて、その星の環境に会せて一番合理的な形で進化したに違いないから、
イルカみたいだったり、タコみたいだったり、、、
まるでSFの世界だぁと、嬉しくなります。
なんだかワクワクしてきます。
地球は独りぼっちじゃないんだぁ〜〜〜〜と、力が湧いてきたりして。

丁度一年前くらいにこのブログに載せた谷川俊太郎の詩をもう一度。

〜〜〜〜〜〜〜〜
人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする

火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或はネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ

万有引力とは
ひき合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う

宇宙はどんどん膨んでゆく
それ故みんなは不安である

二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした

(二十億光年の孤独より)

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2005.06.20

名もなきアフリカの地で

名もなきアフリカの地でという映画を午後見てきました。
難しい映画でした。
帰る道すがらもずっと考えていました。帰ってからもなお、、、
忘れてはいけないので、新鮮なうちに感想などつらつらと書きます。

あらすじは、
ドイツで権力を握ったヒトラーのユダヤ人に対する圧迫から逃れ、アフリカへ脱出する3人家族の、およそ10年におよぶケニアでの暮らしと、こころの移り変わりを描いた映画です。
その中で、子どもが成長をし、初めはアフリカの生活を嫌がっていた妻が逞しく成長をし、夫もまた悩みながら戦争と家族を抱え込んでいく苦悩から成長していきます。
戦争への批難やユダヤ人という特殊な立場の人間が背負っていく運命については、淡々と描かれています。
悲しいのだけれど、なぜか涙がない。
アフリカの人々の逞しさが、大地と共に描かれていますが、不毛な土地から命を生み出す喜びが何故かない。
出会い、別れ、そして決別するその哀しみが描かれているけれど、その理由がなぜかわからない。

とにかく、とにかく全体が曖昧なのです。
何故?
どうして?
と、言う理由がずっと、ずっとぼやっとしたまま描かれていました。
なんとなく、なんとなく映画の時間がゆったりと過ぎていきます。
終わった後、この映画のテーマはなんだったのだろうと、本当に悩んでしまいました。
では、面白くなかったか・と言われれば、
いや、面白かった。と答えます。
では、感動しなかったのかと聞かれれば、
感動したと言います。
では、何が面白くて、何に感動したの?と聞かれたら困る。
そんな映画でした。
ずっと考えていて分かったこと。
まさに、これがこの映画のテーマである。
と、いうことです。
人は好むと好まざるとに関わらず大きな、おおきな運命に翻弄されて生きていく。
抗うことのできない宿命から、如何に人は適応していくか、それはなにもドラマや劇的な出来事ではなく、
日常なのである。
そこにこそ、人は生きていく価値を見つけるものである。
と、いうことが全体に淡々とながれているテーマなのでは、と私は思いました。
出会いと別れ。
それは、何もこの映画だけのテーマではありません。
成長していく主人公。
何もこの映画だけが訴えているものではありません。
タンタンとした日常。
これこそが、この映画のテーマです。
戦時下という非日常にあって、そのことが日常としていかなければならない人々の成長と哀しみの物語だったのでは、、そんなことを思いながら今、備忘録として書き留めておきます。

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原爆60年 オークリッジでは

原爆60年 米テネシー州で記念行事 日本人との間に溝というニュースを見ました。
〜〜〜〜〜〜〜
米テネシー州オークリッジで16日、原爆開発60周年記念イベントが開かれ、マンハッタン・プロジェクトと呼ばれた原爆開発製造計画に関与した研究者らと家族約70人が参加した。参加者のほとんどが「原爆投下は戦争終結のため必要だった」と話し、「原爆」に対する日本人との溝の深さを感じさせた。
 オークリッジは広島に落とされた原爆に使用されたウランを分離・濃縮した工場があり、プルトニウムを生産したワシントン州ハンフォードや、原爆の設計製造を担ったニューメキシコ州のロスアラモスなどと共に、マンハッタン計画の中核となった。
(中略)
  原爆開発計画は極秘だったため、オークリッジは49年までは地図にも存在しない「秘密」の町だった。郵便物の住所は別の町になっていた。「口が軽ければ、船が沈む」。町に住む7万5000人の研究者たちはウランという言葉を使うことも、勤務地を話題にすることも禁じられた。マンハッタン・プロジェクト歴史保存会のマイケル・ビッキオ代表は、「原爆開発の重要な歴史を保存したい」と話した。この町に、キノコ雲の下の惨状への思いは感じられなかった。
(毎日新聞) - 6月18日10時18分更新より
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

この記事を読みながら、静かなオークリッジの町を思い出しました。
このブログでもオークリッジについては何回も書きましたが、
普段はこの町は本当に閑静な清潔な町です。
アメリカにあって鍵をかけずに夜眠ることができると言われているくらい安全な町です。
町の新聞は、ニュースと言えば「○○さんの結婚」とか「□□さんが足を滑らして怪我をした」とかとか、、、
本当に長閑なこの町。
しかし、この長閑さは なんによって保障されているかは、この町に住んでいる人は皆知っています。
「研究所があるから」です。
そう、今でもこの町には、核兵器を製造保管するY−12施設があります(8/6には日本からも数名の反核団体?の人がやってきてシュプレヒコールをあげています)。
小さな町には原子力の研究施設が沢山あって、世界中から研究者がやってきて原子力の平和利用をしています。そのため警備が厳しいのでしょうか。普段は犯罪とは程遠い町です。
しかし、
しかし、
ここには先の記事で述べられているように、マンハッタン計画の拠点になった足跡が資料館には満載しています。
展示には一つひとつ説明があって、アメリカの原爆に対する考え方が書かれています。
以前も書きましたが、日本人である私とは、深い溝がありました。
とりわけ、広島から来た私には、多くの被爆なさった方を直に知っているから、
アメリカの「戦争終結のため必要であった」という意見には、賛成することは出来ませんでした。
(ワシントン・スミソニアン博物館でも同様の考えを現場の説明官から聞かされました)
ただ、何回も書いていますが、これが全てのアメリカ人の意見かと言えばそうではありません。
ヒロシマの悲惨な当時の様に心痛め、今なお引きずっている人々への思いを持っている方も大勢います。
戦後60年。
それぞれの人がそれぞれの思いで過ごした60年。
そして、今戦争を知らない私たちの世代が、その経験を引き継ごうとしています。
どのように、引き継ぎ次代に渡すべきか、、、
問われています。
過去からも、未来からも。

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2005.06.17

介護保険と混合診療

郵政民営化もひどい法案で、その矛盾は討論、議論するほどに噴出、明るみになってきます。
しかし、その影で秘かに進んでいる「介護保険」と「混合診療」の行方も見逃してはなりません。
介護保険法改正案が参院厚労委で可決、今国会で成立というニュースは小さく取り上がられています。
しかし、その中味はかなり辛い。
自己負担が軒並み続きます。
・経度者を対象に筋力トレーニングなど「新予防給付」導入で訪問介護抑制。
・施設利用者の居住費、食費を全額自己負担。
・保険料の年金天引きを障害年金、遺族年金にも拡大。
・保険料徴収年齢の引き下げ(2009年度より)
などなど、、、
「過剰介護の抑制」とか「財政維持でやむなし」という理由です。
なぁ〜〜んとなく涙が出てきました。
そう言えば、
昔話「姨捨山」を思い出したりして、、、
小泉さ〜〜〜ん。
殿様を救ったのは、年寄りの知恵ですよぉおおお

さて、もう一つ見逃せないのは「混合診療」
昨年末、担当大臣間(昨年十二月十五日に尾辻厚生労働大臣と村上行革担当相)の基本合意で、その対象医療が増えることになり、この夏具体化される見通しです。
 混合診療は、公的健康保険と保険のきかない診療(自費診療)を併用するものです。
現在行われているのは医療で一番思い出しやすいのは歯科医療です。
「保険のきく治療にしますか?」と必ず聞かれます。
私は悩まず「はい、保険のきく範囲で精一杯治してください」といいます。
さてこの解禁。
公的保険を縮小することで、保険財源の国庫負担を減らし、その分、民間医療保険の市場を増やすのが狙いです。
[混合診療]についての見解に詳しく書かれていますが、現場の医療チームにとっても、今回の動きは「医療の原則」から外れることとして反対の声が多いようです。
では基本合意の中味を見ると、、、
これまでも例外的に混合診療を認めてきた「特定療養費制度」を拡充するというものです。(同制度は1984年に導入されました。)
つまり「差額ベッド」や「高度先進医療」などを別途料金で患者から徴収できるようにするものです。
このときの合意で、がん患者らから要望の強い新技術や薬を自費とし、保険診療との併用の枠が拡大しました。
新技術ごとに一定水準の要件を満たす医療機関が届出により実施できます。
(新技術は約100。実施医療機関は約2000所)
さらに今回の合意で、新しい技術や薬を導入する際に、国が科学的に評価した後、まず特定療養費の対象として、自費診療部分に留め置くルールをつくりました。
つまり、お金持ちだけが先進、高度の医療技術を受けることが出来るようになります。
私のように「あっちが痛い」「ここが痛い」と言っているものは辛い(^^;
今度からは、歯医者さん以外も「保険の範囲にしますか?」とまず聞かれるようになるのでしょうか?
はい、と答えたら入り口が違っていたりして(^^;
「はい、あなたは保険組です。こちらから勝手に入って、、、」
「はい、あなたは自費診療の方ですね。どうぞ、どうぞ、こちらからお入りください。」
なぁ〜〜〜んて事が、すぐそこの近未来にはなっていたりして、、、

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2005.06.16

あすなろ村の未来

昨日15日の衆議院郵政民営化特別委員会で民主党の議員の紙芝居。
話題になっているようです。
私も見ながら笑ってしまいました。
ついに国会もここまできたか、、、という感もしましたが。
さて、紙芝居が終わってチャンチャン、
「おもしろかった」で終わり、幕引きというわけにはいきません。
私たちの今後のことなのだから。
そこで、今日はじっくりとこの問題を考えていきます。

「公社であるかぎりリスクのある資産運用ができないが、民間になればそういう点で経済的に活性化する」と公然と述べる小泉さん。
「もうかる時は大きいが失敗すれば大損することもある投機的性格の強い金融商品も含まれ、例示した事業(貸付、シンジケートローン、私募債、株式、クレジット・スワップ、債権買収など)のなかで、元本割れしないものはない」と、認める竹中さん。
実際、今の郵政公社でなんの不都合もないというのは、多くの議員が国会で答弁しています。
郵政公社が続いた場合は、納付金を納めた後でも、692億円の黒字となります。
分割・民営化会社の一つである郵便貯金銀行の経営の見通しについては、2016年度の収支が6百億円の赤字になり、以降も赤字続きになることが、政府の試算でも明らかなことは、この間、何度も言われています。
そして政府が出してきたのは「新規事業で収益があがる」ということで上に述べた金融商品になるわけです。
「私が総理大臣だから郵政民営化が国会の俎上に上った」と胸をはる小泉さん。
郵政民営化を、「資金の流れを『官から民へ』」変える「改革」だと強調。
「民営化によって、「官」(特殊法人)のムダ遣いに流れる資金を絶つ」ということです。
しかし、01年度の財投「改革」で特殊法人と郵貯・簡保の資金は切り離されていることは、もうすでに国民は知っています。
すると、小泉さんは次にはこう言います。
郵貯・簡保の資金を「民に流す」と。
しかし、私たちのどれほどが 国にそのようなお願いをしたのでしょうか?
ここで、ちょっと堅い話。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1日の経済財政諮問会議に、郵政民営化による「資金の流れ」の変化を試算した資料が提出されました。
 それによると郵貯・簡保の資金は03年度末の350兆から17年度末には210兆円に縮小。
縮小分の140兆円と経済拡大による預金・保険の増加分の440兆円、計580兆円はどこへ???
全部 民間金融会社(先に上げた投資先)が吸い上げることになります。(本来は私たちの個人資産であったものが、、、)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
これについては、昨日の国会でも野党の議員に追求されていましたが、小泉さんも竹中さんも、わかりやすい返事は下さいませんでした。


こうして考えていくとあすなろ村の未来は、ひたすら暗い。
さらに、この紙芝居に付け加える必要があるのではと思いますが、、、

「あすなろ村には廃墟になった郵便局だけが残った、、、
そして、隣の ひのき町には大きく英語で”POST OFFICE"と書かれた建物と,
そばにもっと大きい銀行の建物以外は何もなかった、、、
ジャンクフードのゴミ袋が風に舞うばかり。
おしまい」と。

一体誰が最後に笑うのでしょうか???

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しこふんじゃった

このところの若貴騒動。
ワイドショーのかっこうのネタなのか連日、どの局も、どの時間も長々と放送。
やや食傷気味の私ですが、、、
今日は、意欲的(?)に貴乃花親方がテレビ各局に登場して発言をなさっていました。
見るともなく見ていたのですが、、、
個人的には兄弟の確執は「まぁ、お好きにどうぞ」という感じであまり興味はありません。
しかし、相撲界の今後の展望と言うか、未来に対しては気になります。
親方は、伝統的、古い体質をいまだ抱える相撲界に新しい流れを作ろうと、今までにない形で相撲界に単身のりこんでいるような印象がありました。
今日の親方の話を伺いながら真剣に角界のことを考えているその誠実な姿には、清々しいものを感じました。(兄についての話は聞いていませんでした)
古き良き伝統ではあるが、その上にドップリ座り込む時代はすでに今はない。
たえず新しいものを探り、次なるものを育てていかなければならない立場にある人の、悲愴なまでの
決意がありました。
「今、相撲をしている子どもたちがいない」
「学校に土俵が無い」
「日本人の横綱がいない」
などなど、相撲人気が低迷している原因を探りながら、ならばどの様にしていくか?
どうすればいいか?
真剣に考え、行動する人の姿がそこにはありました。
ややもすれば孤軍奮闘の感も否めませんが、若い親方ゆえの勇み足かもしれません。
テレビを見ながら私も考えました。
どうすれば大相撲人気が戻るかな???と。
前にも書きましたが私は幼い頃は大相撲は大好きでした。
「ひ〜〜〜がーーーしぃーーー」
「にぃ〜〜〜〜〜〜〜〜しぃ」
なんていうのは、日本の音だったように思います。
しかし、いつの頃からか相撲が自分の生活から消えました。
この春、実家に帰って久々に母と大相撲を見たのですが、
見ると なかなか面白いのですよね。
朝青龍も笑うと可愛い。
なんといっても国際的になっているのにはビックリ。
じっくり、ゆっくり見ると面白い。
と、いうことは自分自身が慌ただしくなったのかな????
あの「間合いの長さ」が自分の生活ペースに合わなくなったのでしょうか。
とか、とか、考えこみました。
それにしても、なんとか相撲人気、戻らないものでしょうか?
親方を見ていると、映画「しこふんじゃった」をふと思い出しました。
待っていても来る時代とは違います。
あの映画のように「相撲って楽しい」ということを、もう一度多くの人たちに伝える必要があるのでしょうね。
貴乃花親方。
大変だとは思いますが、どうぞ頑張ってください。
応援しています。

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2005.06.15

ナショナリズムとジェンダーを読む

 〜〜国民国家を超える思想は論理必然的にこの結論へとわたしたちを導く。「女」という位置は、「女性国民」という背理を示すことで国民国家の亀裂をあらわにするが、そのためには「女=平和主義者」という本質主義的な前提を受け容れる必要はない。「国民国家」も「女」もともに脱自然化・脱本質化すること——それが、国民国家をジェンダー化した上で、それを脱構築するジェンダー史の到達点なのである。〜〜

上野千鶴子さんは「ナショナリズムとジェンダー」の最後をこの様にして締めくくります。
彼女の一貫した主張は、今までの歴史の数々が語る正史とは、
それが民族の解放であれ、階級闘争であれ、いずれも女性解放が高らかに謳われ、勝ち取られたことはかってない。というものです。
ちょっと長いですが、さらに引用。
 「フェミニズムは国家を超えたことがないという歴史にもとづいて、フェミニズムは国家を超えられない、と宣告すれば、わたしたちはふたたびさまざまな国籍のもとに分断されることになる。もはや「シスターフッド・イズ・グローバル」という楽天的な普遍主義に立つことは誰にも不可能だが、ジェンダーという変数を歴史に持ち込んだのは、そのもとで階級、人種、民族、国籍の差異を隠蔽するためではなく、さらなる差異——しかもあまりに自然化されていたために認識されていなかった差異、いわば最終的かつ決定的な差異——をつけ加えるためではなかったか。
 ポストモダンのフェミニズムのもとでは、ジェンダーのほかに 人種や階級という変数が加わった、と言われるが、むしろ人種や 階級という変数がジェンダーという変数を隠蔽してきたことを、 フェミニズムは告発したはずだった。人種や階級という変数は、 新たに発見されたのではなく、ジェンダー変数を契機として、よ り複合的なカテゴリーとして「再発見」されたのである。」

何故彼女がこ