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2005.06.30

風来疎竹

今日、ブログを開いてビックリ。
いやぁ〜〜〜なかなか騒々しいと言うか賑やかになっていますねぇ。
目と口をパクパク(?)開けて大笑いしました。
まぁ、笑ってばかりいても、と言う事で、
今日は改めて、
トラックバック、コメントへの対応、
ブログ上での討論、議論の私なりの考えを述べます。
(併せてコメントについての考え方もご覧ください)


まずトラックバックやコメントの削除について。
(コメントについての考え方に書いてありますが)
基本的には、頂いたトラックバックやコメントは削除致しません。
(ただ、あまりに愚かなものは、本人の名誉のために削除する事はありますが、その場合も本人には通知させて頂きます。)

ブログ上での討論、議論。
私自身は、ブログ上での討論、議論は行わない方針です。
討論、議論する場としてはこのブログは開放はしていません。
何故か?
文は記号です。
自分の考えや思いを、文字という媒介を通して表現していきます。
また、逆に文字という媒介を通して、自分の考えを構築します。
しかし、自分自身の考えを100%文字で表すことが出来ているかと言うと、
努力しようと思いながらも、完璧でない自分という者をいつも見ています。
具体的な事象を一端、文字という抽象に置き換える。
その過程で、当然捨て去られたものがある。
抽象化された文字から読み手は自分に必要なものを大きくフィードバックして、具体的事象を組み立てる。
文を書く、読むということは、そう言う事なのではと考えます。
さて、私の書いた文が独立して「一つの表現」が一人歩き。
そこから類推されて「あれこれ」と述べられると、
「あらあら、私そんなこと書いたっけ?」と思って驚き、反省することも度々。
指摘して下さった方々にはいつも感謝しています。
そして、
誤解を解く、あるいはお互いに理解するための鋭意努力はできる限り致します。
しかし、「言葉のもつ限界」「言葉の二重性(辞書的解釈と個別具体的なその人だけの表現)」から逃れることは容易ではありません。
これは、話し言葉にも言えます。
自分自身でさえ、「今ただいまの自分」と「先ほどの自分」が違う事を考えていることはよくあるのですから、意見の違う方が(多分、100%同じ人はいないでしょう)いても、全然不思議ではありません。
それはジャンルが政治であれ、芸術であれ、なんであっても言えることです。
客観的な数字を述べるのではなく「思い、考え」を表現するのだから、、、
書き手である私の表現と、その読み手の受け取り方に違いが出ることは仕方がありません。

そういうわけで、私自身は当ブログにて「私の意見」を書きます。
また、それに対して、同意や批判は受け取ります。
しかし、その一つひとつにコメントをお返ししない場合もあります。
そもそも私が考える議論とは、
一つの命題(議題)があって、それに対して、
賛成の立場の人は客観的事実(できるだけ新しいもの)を述べ、そこから導かれる合理的な結論を述べる。
次に反対の立場の人は、同じように反対の客観的事実をのべ、そこから導かれる結論を述べる。
そして、次の段階は、お互いの「命題」に対して認識の違いを検討する中で、
「命題」が正しいか、そうでないかを考えていくものと私は思っています。
共通の認識、理解をブログ上で持つことができなくても、それは「むべなるかな」と、私は考えています。
まず、議論するための最低限の条件がそろわない相手と私自身は、意見を闘わせません。
ましてや、相手への批判や析伏させるような不毛な議論は致しません。

このような理由から、
頂いたコメントや、その方の書いてある内容(本人のブログなど)から、
自ずと分かる「書き手の力量」を見極め、
その上で、コメントするに値するかどうかは私自身の判断で決めます。

以上が私のブログに対して
コメント、トラックバック、議論に対する当面の考え方です。
(考え方が変更した場合はまたお知らせします)

なお、最後に、今日のタイトル「風来疎竹」は菜根譚から頂きました。
〜〜〜〜〜〜〜〜
風来疎竹、風過而竹不留声、雁度寒潭、雁去而潭不留影

風、疎竹に来たる、風過ぎて竹に声を留(とど)めず、
雁、寒潭(かんたん)を度(わた)る、雁去りて潭(ふち)に影を留めず

竹の葉はそよ風に鳴り、風過ぎて竹に声なし。
飛ぶ雁は淵をわたれど、去りし後、影をのこさず。
〜〜〜〜〜〜

ザワザワと風が吹いても、心騒ぐことはない。
過ぎれば、静かさは戻る。
飛んでいく雁は、一時は影を落とすが、飛び去れば、また元の静けさに戻る。
後々まで、執着、粘着はしない潔い毎日を過ごしたいと言う思いをこめて。

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コメント

 言いっぱなし、聞きっぱなしの、あなたの運営には不信感をもっています。しかし、それがあなたの方針なら、矯正のしようはありません。
 短文には意をつくせず、誤解もあるのは理解します。しかし、誤解だったら、訂正すればいいのではありませんか?
 フセイン政権下のイラク人女性に対する非人道的な施策は、米軍によって排除された。あなたは、この事実を正当に評価できなかった。そのあなたには「いわゆる従軍慰安婦問題で、旧日本軍を批判する資格はない」と言うわたしの指摘にも、なにか誤解が含まれているのですか?あなたは、まともに対応できないだけの話ではありませんか。

投稿: 罵愚 | 2005.07.02 15:33

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 過去記事『コメント・トラックバックガイドライン』をまとめて以後、上記記事には現在でもちらちらとトラックバックをいただきます。  同じく過去ログの『トラックバッ [続きを読む]

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