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2005.06.20

名もなきアフリカの地で

名もなきアフリカの地でという映画を午後見てきました。
難しい映画でした。
帰る道すがらもずっと考えていました。帰ってからもなお、、、
忘れてはいけないので、新鮮なうちに感想などつらつらと書きます。

あらすじは、
ドイツで権力を握ったヒトラーのユダヤ人に対する圧迫から逃れ、アフリカへ脱出する3人家族の、およそ10年におよぶケニアでの暮らしと、こころの移り変わりを描いた映画です。
その中で、子どもが成長をし、初めはアフリカの生活を嫌がっていた妻が逞しく成長をし、夫もまた悩みながら戦争と家族を抱え込んでいく苦悩から成長していきます。
戦争への批難やユダヤ人という特殊な立場の人間が背負っていく運命については、淡々と描かれています。
悲しいのだけれど、なぜか涙がない。
アフリカの人々の逞しさが、大地と共に描かれていますが、不毛な土地から命を生み出す喜びが何故かない。
出会い、別れ、そして決別するその哀しみが描かれているけれど、その理由がなぜかわからない。

とにかく、とにかく全体が曖昧なのです。
何故?
どうして?
と、言う理由がずっと、ずっとぼやっとしたまま描かれていました。
なんとなく、なんとなく映画の時間がゆったりと過ぎていきます。
終わった後、この映画のテーマはなんだったのだろうと、本当に悩んでしまいました。
では、面白くなかったか・と言われれば、
いや、面白かった。と答えます。
では、感動しなかったのかと聞かれれば、
感動したと言います。
では、何が面白くて、何に感動したの?と聞かれたら困る。
そんな映画でした。
ずっと考えていて分かったこと。
まさに、これがこの映画のテーマである。
と、いうことです。
人は好むと好まざるとに関わらず大きな、おおきな運命に翻弄されて生きていく。
抗うことのできない宿命から、如何に人は適応していくか、それはなにもドラマや劇的な出来事ではなく、
日常なのである。
そこにこそ、人は生きていく価値を見つけるものである。
と、いうことが全体に淡々とながれているテーマなのでは、と私は思いました。
出会いと別れ。
それは、何もこの映画だけのテーマではありません。
成長していく主人公。
何もこの映画だけが訴えているものではありません。
タンタンとした日常。
これこそが、この映画のテーマです。
戦時下という非日常にあって、そのことが日常としていかなければならない人々の成長と哀しみの物語だったのでは、、そんなことを思いながら今、備忘録として書き留めておきます。

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