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2005.09.12

釣り上げては

釣り上げては
〜〜〜〜〜〜〜〜
父はよく 小さいぼくを連れてきたものだ
ミシガン州 オーサブル川のほとりの
この釣り小屋へ。
そして或るとき コーヒーカップも
ゴムの胴長も 折りたたみ式簡易ベッドもみな
父の形見となった。

カップというのは いつか欠ける。
古くなったゴムは いくらエポキシで修理しても
どこからか水が沁み入るようになり、
簡易ベッドのミシミシきしむ音も年々大きく
寝返りを打てば起こされてしまうほどに。

ものは少しずつ姿を消し 記憶も
いっしょに持ち去られていくのか。

だが オーサブル川には
すばしこいのが残る。
新しいナイロン製の胴長をはいて
僕が釣りに出ると 川上でも
川下でも ちらりと水面に現れて身をひるがえし
再び潜って 波紋を描く=

食器棚や押し入れに
しまっておくものじゃない
記憶は ひんやりした流れの中に立って
糸を静かに投げ入れ 釣り上げては
流れの中へまた 放すがいい。


アーサー・ビナード
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

良いことも、そうでないことも、
時間と共に物事は流れ風化していきます。
記憶もまた同じです。
しまいこむことはしないで、
時々出してきて思いだし、
そして、また大切にしまいこむものなのでしょうか、、、
思い出とは。

それとも、
「憂しとみし世ぞ 今は恋しき」
なのでしょうか、、、

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