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2005.10.01

今日から10月

今日から10月。
旧暦では神無月と言ういいます。
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この神様の会議が行われるようになったのは大国主神が日本の国土を開発した神様でその時自分の息子や娘を各地に配置し、その地を管理させたことに由来します。子供たちは年に1度出雲の国に戻り、父親である大国主神にその年の出来事を報告し、来年の予定を打ち合わせするようになったのです。後に大国主神系以外の天照大神系の神様も出雲へ来るようになりました。
(中略)
そこでこの会議では一般的に人の運命について話し合われます。なかでも誰と誰を結婚させるかなどと言うことをこの会議では議題に上ります。遠く離れた見知らぬ同士が知り合い結婚するようなケースはこの会議の結果からかもしれません。そのため、出雲大社は縁結びの神様としても信仰されています。
(上記サイトより)
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と、いう微笑ましく楽しいエピソードがある神無月。
ウィキペディアによれば、
「これは俗説であると言われている。理由として、出雲に集う神様は大国主の系統の神様のみで他の多くの神様は出雲に集わないからである。」
ということ。
醸成月(かみなんづき): 新穀で新酒を醸す月
神嘗月(かんなめづき): 新嘗(にいなめ)の準備をする月
神な月(かみなづき):「神の月」の意
雷無月(かみなしづき):雷のない月
などが有力だそうです。
いずれにしても、
旧暦の言葉の由来は、どの月も素敵です。
自然を友にし、自然と共にあった古代の人々の感性が伝わってきます。
さて、神無月と言えば思い出すのは吉田兼好の徒然草。
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十一段
神無月のころ、心ぼそく住みなしたる庵あり。
木の葉に埋もるゝ懸樋の雫ならでは、つゆおとなふものなし。
あか棚に菊・紅葉など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。かくてもあられけるよとあはれに見るほどに、かなたの庭に大きなる柑子の木の、枝もたわゝになりたるが、まはりをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめて、この木なからましかばと覚えしか。
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いつの世も人は、少しでもすこしでも多くを望む業を持っているのでしょうか?
禅僧仙崖は、
「橋渡り時ばかりは、わき見もならぬ」
と、布袋さんの画に賛をつけています。
人間、持ちすぎると大変だよ。重いよ。足を取られるよ。
と、いうことでしょうか。
布袋さんのように、自分の分にあった荷物を、持ってニコニコ笑いながら人生を送りたいという心境になった私。
(実はケチだから、なかなかそうはいかないのですが^^;)
ところで、
勝ちすぎたと言われる自民党。
これから、どうなるのかな?
この重みが、足をすくうことになりかねない。
ただ、国民がいっしょに転ぶのはイヤだな〜〜〜

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