児童憲章を見直しています。
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児童憲章
われらは、日本国憲法の精神にしたがい、児童に対する正しい観念を確立し、すべての児童の幸福をはかるために、この憲章を定める。
児童は、人として尊ばれる。
児童は、社会の一員として重んぜられる。
児童は、よい環境のなかで育てられる。
一、すべての児童は、心身ともに、健やかにうまれ、育てられ、その生活を保障される。
二、すべての児童は、家庭で、正しい愛情と知識と技術をもつて育てられ、家庭に恵まれない児童には、これにかわる環境が与えられる。
三、すべての児童は、適当な栄養と住居と被服が与えられ、また、疾病と災害からまもられる。
四、すべての児童は、個性と能力に応じて教育され、社会の一員としての責任を自主的に果すように、みちびかれる。
五、すべての児童は、自然を愛し、科学と芸術を尊ぶように、みちびかれ、また、道徳的心情がつちかわれる。
六、すべての児童は、就学のみちを確保され、また、十分に整つた教育の施設を用意される。
七、すべての児童は、職業指導を受ける機会が与えられる。
八、すべての児童は、その労働において、心身の発育が阻害されず、教育を受ける機会が失われず、また児童としての生活がさまたげられないように、十分に保護される。
九、すべての児童は、よい遊び場と文化財を用意され、わるい環境からまもられる。
十、すべての児童は、虐待、酷使、放任その他不当な取扱からまもられる。あやまちをおかした児童は、適切に保護指導される。
十一、すべての児童は、身体が不自由な場合、または精神の機能が不十分な場合に、適切な治療と教育と保護が与えられる。
十二、すべての児童は、愛とまことによつて結ばれ、よい国民として人類の平和と文化に貢献するように、みちびかれる。
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全ての児童は、
「生きる権利」それも「豊かに生きる権利」を有していることを高らかに謳った児童憲章。
この12の内容のどれ一つをとっても、
それはかつて「当たり前」のことでした。
学校から帰ったら、
友達と公園や裏山で遅くまで遊ぶ、
道で困っている人がいたら、
知らない人でも声をかける。
勉強は嫌いだけれど、学校は楽しかった、、、
等など。
しかし、
今、その当たり前が音をたて崩れ去っていく気がしてなりません。
昨今の惨しい殺人事件。
幼い命が、無情にももぎ取れていく、、、
なんの躊躇も無く。
生きることを許されて、この世に生をうけ、
自らも力強く、スクスクと育ち、
周りも愛情豊かに育てた大切な宝物。
それを、アッサリ、バッサリと切り捨てる権利が、
神ならぬ人間にあろうはずがなく、
許されるはずがない。
犯人の罪は深く、
犯人のこれから負うであろう罰は大きい。
が、
が、
ご家族のことを思うと、
関わっている全ての人のことを思うと、
ただ、私はおろおろしてしまう。
実際、
私も、私の周りの子どもたちには声を大きくして言ってしまうのです。
「絶対、一人じゃ帰っていけないよ」と。
我が子が幼いとき、
今より日本は子どもたちにとって安全だったように思うのです。
いつも、どこかにフラフラ遊びに行く我が子を探すのが、夕方の私の勤めの一つでした。
どこかの家に上がり込んでいるのですが、、、
しかし、
その同じ時期、アメリカに行った折、
公園で遊ばせていたら、
同じく遊ばせているお母さんから、しっかり注意されました。
「絶対、我が子から目を離すな」と。
この頃の日本。
当時のアメリカの子育て事情を思い出します。
二度とこんなことを起こさない。
なんど言ったことか、
何度書いたことか、
何回、願ったことか、、、
しかし、
起きてしまう。
何故?
なぜだろう。
不透明で見えにくい世の中で、
怒りだけが、静かに、ゆっくりと蠢いていくのが感じられる。
怒り。
なのだろうか?
恨みなのだろうか、
その出口のない怨嗟が、
弱き者に牙をむく。
のだろうか。
弱き者を守る、
かつての豊かな情愛は薄れ、
さらに弱き者をいじめ抜く構図は、
やはり社会が生み出した産物いがいのなにものでもない。
と、思い至れば、
やはり子どもたちを守るために、
何をすべきか。
は、
明らかになってくる。
それは、
決して、
「知らない人についていっちゃいけないよ」
ではない。
それは、
大人たちが、
大人たち自身を、受け入れる社会をまず作ることからではないか、、、
と、私は思うのです。
もう一度
児童憲章を見ながら、、、
最後に、今回
亡くなった二人のかわいいお子さんたちのご冥福を心から祈ります。
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