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2005.12.13

異常と正常

紗也乃さんの葬儀営まれる 京都・小6殺害と言うニュース。
どのように、なんと書いていいのか、言葉が上手く見つかりません。
元気に塾に行った我が子の変わり果てた姿を目にしたご両親の胸のうちを思うにつけ、
短絡的な犯人の行動に怒りを覚えます。
どうぞ、安らかにお眠りください。
と、
ご冥福を祈る言葉だけが先へ先へと出てきて、
哀しみを募らせます。
何回も、どの局でも流されるテレビの映像を見ながら、
やり場のない怒りを感じています。
たとえようのない哀しみで一杯になります。
そして、居ても立ってもいられない不安がシンシンと浸みてくるのです。
何故?
こうした惨しい事件が、こうもこうも連続で起こるのだろう?
何故?
弱くて可憐な子どもたちの命があさっりと奪われていくのだろうと、、、

今回の事件でも、テレビ番組は多くの識者をゲストに向かえ、
犯人の異常性を「心の闇」と評して、
日常に潜む危険について「子どもたちが狙われている」というタイトルでセンセショーナルに取り上げていました。
しかし、どの番組を見ても、
誰の意見を聞いても、
本当のところは分かりません。
何故なら、
みんな限られた情報の中での解釈で、本人ではないから。
情報の解釈をする場合、誰もが陥りやすい主観的な意見からの呪縛にからめ取られている識者の見解は、説得力と迫力に欠けます。
如何に客観的に情報を処理するか。
マスコミのそんな存在意義が問われています。
残念ながら、
勧善懲悪方式のような気がしてなりません。
それでは、いつまでたっても問題の解決にはならない。
泥棒を捕まえてから縄をなうと言ったものです。
尤も、マスコミはそれでいいのでしょうが、識者はもっと識者らしい答弁が欲しい。

さてさて、
私は今回の犯人。
普通の人だと思います。
私や、あなたや、そのまた隣にいる普通の人です。
人は、誰でも生きていく中でストレスに晒され、思うようにいかないことだらけ。
そのストレスと如何に向き合い、折り合いを付けていくか、、、
誰だって、朝起きたら「チョウチョ===チョウチョ〜〜〜」と焦点の合わない目で歌ている可能性はあります。
その異常と正常の狭間で揺れ動きながらバランスをとって生きています。
時には怒り、時には力にまかせてしまうこともあります。
時には言葉で人を傷つけ、言葉で傷つけられ恨むこともあります。
そんな繰り返しの中で人は生きている。
異常と正常とは紙一重。
その中でストレスを発散する知恵を身につけていくものと思います。
そんな危険な自分の中での撞着。
しかし、
この犯人は一線を超えてしまった。
何故?
答えは、
幼いからではないかと思います。
これに関しては教育関係の識者の方も言われていました。
少なくとも、マスコミが取材しているような近所住民の語る異常性は、問題の本質を見失わせると思います。
単に幼いのではないでしょうか?
では、何故幼いか?
と、言う次なる質問になったとき、
社会の問題、親子の問題へと移っていくと思います。
社会の問題としては、
やはり学歴重視の日本が抱える病理の一つではと考えます。
勝ち組、負け組で二極化されようとしている今日の日本。
幼い頃からギュギュで勉強してきた。
しかし大切な何かを育てることを忘れたのでしょうか?
その判断材料が、ますます学歴であるとしたら、心の闇より社会の闇に光をあてることが先決ではないでしょうか?
次に親子問題。
この問題も社会の問題と不可分です。
世の中、世間と言われる実態はないが厳然とある評価に振り回されながら、
いつの間にか、世間の目で自分を評価することに安心してしまった親たちのなんと多いことか。
しかし、一人ひとり子どもたちは違う。
型にはめることは楽だけれど、丁寧ではない。

いつの間にか、
私たちは社会においても、
異常と正常の綱引きの中で翻弄されてきたのでしょう。

本来、自由とは自らが由って立つことなのに、、、
自由にものを考えられなくなったのかもしれません。
残念なことです。

この事件。
いろんな意味で、私たちに警告を発していると私は思います。
まだまだ追求していく必要がありそうです。
今回はここまでとしますが、
今後もこの問題、考えていきたいと思います。
どうぞ、おつきあいください。

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コメント

今の社会環境と、政治政策が弱い物いじめを奨励しているから根本を変えないと駄目でしょう。

投稿: とき | 2005.12.15 01:46

TBありがとうございます
この問題についてのテレビ番組はわざとみないようにしています。
少し時間がたってから、検証記事をネットや雑誌でみることにします。
その前の事件で、被害者家族たちからの要請で小学生への取材を取りやめた理由を、マスコミは何も理解していないということがわかるからです。したり顔の取材自粛しますという記事はなんだったのか。
子供を守るということを誰もできない社会だということでしょうか。
以上のように情報から耳を閉ざしているので、エントリーに対するコメントは後日ということにさせていただきます

投稿: 隅田 | 2005.12.17 08:15

ときさん。
隅田 さん。
おはようございます。
コメント有り難うございました。
そちらは雪は如何でしょうか?
私の所は、今のところ、大丈夫です。


ときさん。
本当に仰るとおりだと思います。
根本的な解決を図りたいです。
が、
本質は何か?
しっかり見極めていきたいです。

隅田さん。
この問題、奥が深くてそう簡単には結論は出ないと思います。
個人の問題、そして社会の問題、いろんなことを考えさせられます。
私は、この記事にはあなたと、もう一人数学屋の眼鏡さんにトラックバックをいたしました。
それは、お二人の意見をお聞きしたかったからです。
勝手に一方的にトラックバックをしてご迷惑をおかけしました。
私もこの問題に関しては、
これからも考えていきたいと思っています。
その折は、またご迷惑を顧みずトラックバックをすることもあろうかと思いますが、どうぞお付き合い下さいね。

では、この寒さ、どうぞご自愛くださいね。

投稿: せとともこ | 2005.12.18 08:16

いえいえ迷惑だとはおもっていないです。
私自身も書きたい気持ちが強くあります。自分の欲望や不満を弱い者をいじめることではらそうとするよくある事件とはちょっと様相が違うように思えます。
現場におられる瀬戸様には緊急の課題だとは思いますが
もう少し時間をいただきたいです

投稿: 隅田 | 2005.12.20 07:02

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