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2006.03.19

イラク戦争と小泉語録 その2

前の記事より。

2004年版
1月26日衆議院予算委員会。
「イラクの大量破壊兵器問題は未解決。
持っていないとも断定できない、持っているとも断定できない。」

そして断定でき無い現状なのに、
2月3日、イラクに向けて陸上自衛隊は出発。
この年10月アメリカの調査団は「イラクに大量破壊兵器は無かった」と結論をだします。
しかし日本は「イラク特措法」の変更で自衛隊の派兵一年延長。
こうして2004年は終わる。
明けて2005年。

どんなにしても見つからない大量破壊兵器。
小泉さんは1月27日の衆議院予算委員会で次のように言う。
「私もあの頃はいずれ見つかるんじゃないかと思っていた。
しかし、結果的にはないということ。
思いと予想と見込みは外れる場合がある」
と、言いながら
行ったことは、
この年12月8日基本計画の変更で更に自衛隊の派遣を一年延長。

そして今年の2月2日の参議院予算委員会。
「大量破壊兵器があると装丁するにはあの当時不思議ではない。
イラク戦争支持は正しい決定だと今でも思っています。」


今までの小泉語録、
イラク戦争分を書き写しながら、
なんとも溜まらなくなりました。

如何表現したらいいんだろう???
総理の「心の闇の深さ」にただ虞戦くばかりです。
総理は、自らが行った無分別で多くの無辜の民が犠牲になったことを、
「コワイ」とは思わないのだろうか???
自らの判断の誤りで、
どんなに大きな罪を作り、その種を撒いたか、
省みて、鳥肌がたつような恐怖に戦くことはないのだろうか?

なんとも言い難い思いで、
今年も「イラク戦争開始の日」を迎えます。

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コメント


TBいただきました。
「フセイン大統領が見つかっていないから、大統領は存在しなかったと言えますか。言えないでしょう。大量破壊兵器も私はいずれ見つかると思う」(小泉語録)
今からふりかえると、「国政の場ではきちんと裏付けを取って発言してもらいたい」と民主党のガセメール事件と同じ指摘があたりますね。
 民主党のガセメールは幸い事情が明らかになるのが早く多方面には害が及ばなかったものの、「いずれ見つかると思う」との認識で莫大な税金が注がれ多くの人命が失われたことになります。

関連でリンクしておきます
女王の教室 エピソード2 悪魔の降臨 「どうして人を殺してはいけないんですか」
http://blog.goo.ne.jp/kouhei2_2005/e/e9dfed59784b8d01191a510856130741

投稿: kouhei | 2006.03.19 21:11

「イラク戦争支持は正しい決定だと今でも思っています」という言葉の前に、「私の立場では」という言葉を補うと、小泉さんの語っている意味が分かりやすいのではないかと思います。

この正しさは、日本国民だれにでも当てはまる一般性・普遍性はないのです。自らの権力基盤を固めるためにアメリカにすり寄った小泉さんとしては、「イラク戦争支持」は、正しい判断だったと思います。そうしなければ、アメリカの力をバックにすることは出来なかったでしょうから。権力ゲームの判断としては「正しい」のだと思います。

しかし、「大量破壊兵器」の存在は、権力ゲームで、自己決定的に選び取れる判断ではなかったので、「正しい」判断が出来なかったのだろうと思います。これが正しいか正しくないかは、小泉さんの立場に関係なく決まってしまうからです。

ただ、客観的判断において間違えたと言うことは、小泉さんの主張が客観的な正しさから出てきたものではないということも我々に理解させてくれるのではないかと思います。「大量破壊兵器」の存在は、存在してくれないと、アメリカ及びそれを支持する小泉さんとしては困ることなのだと思います。だから、これが存在するという判断は、客観的論理展開からするのではなく、立場が反映した、最初から正しいとしなければならない無理な判断だったと思います。無理はどこかで破綻が来るのだな、ということを示す例ではないかと思います。

投稿: | 2006.03.20 08:40

kouhei さん。
秀さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
今日3月20日。
アメリカ、イギリスは国際社会の安全と平和という名目で、
イラクを攻撃。
結果、イラクはグチャグチャになり、米英自国の民衆も今や見放しつつある現状です。
それにもかかわらず、日本は「おめでたい」。
いまだ自衛隊を派遣。
小泉さんに至っては「あの戦争は当時仕方がなかった。判断は正しかった」と開き直ります。
そして、それに追随する自民党、公明党、民主党。
なんだかお粗末な限りです、、、

kouhei さん。
本当に私も民主党のガセネタ発言を思い出しながら書いていました。
呆れたものです。
仰るように民主党の永田さんは「先走り」ですみますが、
小泉さんの方は何人も何千人もの、何万人もの命を奪った罪作りをしたわけで、その対価は大きい。
しかし、小泉さんにはそんなことどうでもいいんでしょうね。
国民の命だって投げ出すことでしょう。彼は。
本当に冷い。
この先、日本は軌道修正を如何に行うか、、、
暗澹たる思いながら、それでも呼びかけていくことの必要を感じています。
これからも宜しくお願いいたします。
なお、ご紹介の記事、拝見いたしました。
なんとも言えない暗いものです、、、
が、頑張りましょう!!!


秀さん。
この記事を書きながら貴方のことを思っていました。
秀さんなら、小泉さんのこの酷い論理(論理とも言えないか)にどのように斬られるか、、、と。
全くめちゃくちゃです。
しかし、さらに悲しいことに、この小泉さんの開き直りに、
敢然と立ち向かえない野党にも些かがっかりしたりするのです。
それは、国会での質疑の時間があまりに短いこととか、
小泉さんの権力があまりに大きいこととか、色々あるのでしょうが、
とにかく「言い放題」です。
自分が攻められたら、
「人生色々」「貴方はそうかもしれないが私はそうは思わない」「心の問題」
などなど政治に、主観を取り入れて、「好み」の問題に変質させるやり方は美事です。
が、
所詮、誤魔化しだから野党は「もっと、もっと政治として、経済として、感情を交えずに」論戦していただきたいものです。
いずれにしても、小泉さんほど、「子どもに見せたくない大人」はいません、、、
「子どもにまねさせたくない大人」はいません。
どんな風に育てたらああなるのか、、、
知りたいと思う私です。
と、いうことで、怒りながらも、今日も書き続けていきます。
またこれからも宜しくお願いいたします。

投稿: せとともこ | 2006.03.20 11:36

こういう小泉のスタンスってやつはいわば日本政治の伝統ですね。

主体がないのです。政治に対して責任が自分に如何にかからないようにすることができるか?
が、日本の政治家の大切な資質です(笑)

「イラク戦争も日本が行ったわけではなく米英が行ったので私には責任がない」わけですね。その戦争を積極的に支援したのはだれだっちゅうの?

もうひとつわすれちゃなんねーのが、香田さんを殺したのは小泉さんあんただよ。

投稿: とほほ | 2006.03.25 07:14

私は、派遣は、国際貢献なら仕方ないと思いますが{その時々の政治判断}いかんせん説明がない(`´)またそれを唯々諾々と受けている国民。
情けなく思います。この伝統は小泉さんからですよ。小渕さんは苦しいながらそれなりに説明していました。非難覚悟で…評論家ではないのですから当然ですが…
沖縄の基地問題もこんなにこじれているのは
話がなく勝手に決めて最後に少し譲歩という
米国的な手法が原因と思っています。
そんなに米国好きならば小泉氏と竹中氏の地元に全て持って行けばいいのだと思ってしまいます。

投稿: のり | 2006.03.25 22:44

とほほさん。
のりさん。

コメントありがとうございました。
週末は広島へ行っていました。
お返事遅くなり失礼を致しました。
昨日、予算が成立しましたね、、、
ますます「格差社会」の到来と言われている予算案でしたが、
果たしてどうなることやら、、、
先行き、本当に不安です。
言論規制も厳しくなる兆しがあちこちで見受けられているようです。
日本は、今のままでは未来はない。
と言っても過言ではないのでしょうか???


とほほさん。
お元気ですか?
先日はサンフレッチェの応援に広島に参りました。
とほほさんはサッカーはお好きではないのですか???
広島は野球もあるしバレーもあるし、楽しみですね。
流川で食事をしたとき、ふと貴方のことを考えました。
いつも研ぎ澄まされたような鋭い記事を書かれるとほほさん。
どうしているかな???と。
さて、「日本の政治」というのは極めて日本的なのでしょうね。
群れをなすというか、集団心理と言うか、
とにかく皆と同じでないと落ち着かない、、、という。
小泉さんは「寄らば大樹」でアメリカに擦り寄りながら、影で悪いことばかりする姑息な政治家ですが、日本人の集団心理のおかげで、今日までのうのうと総理をやってのけました。
何とも悪運の強い、、と関心します。
しかし、いつか悪運は尽きることを信じて、頑張って書くことの出来るうちは書き続けたいと思っています。
これからもよろしくね、、、
ではまた。

のりさん。
トラックバックありがとうございました。
エントリー、何回も拝見を致しました。
本当にそう思います。
日本人は集落の中で文化を作ったと言う歴史、土壌があります。
いちいち「私」と主語を言わなくても「わかる」「わかりあえる」というお互いの中での安心感、連帯感。
その紐帯が強固であれば在るほど、一方で排他的でもあったという歴史もあります。
そんなか、時代の変遷で「個」という概念を受け入れる事になったのですが、
いまだ途上というのが現実です。
黎明期とでも言えば聞こえはいいが、むしろ混乱期のような気がしなりません。
原因はずばり「政治の貧困」と私は思います。
都合のいいときに「集団」を、都合のいいときに「個」を出し、レトリックで誤魔化す総理の下で、政治経済だけでなく「倫理」もまた崩壊したのでしょうか???
悲しいことです、、、
文化が崩れていくのは。
ではどうすればいいか???
と問われれば、
今一度「自立」とは何か?
をみんなで討論、議論していくのも一つの手かと思います。
この問題、深刻です。
これからも考えていきたいと思いますので、
ご意見など頂けたら嬉しく思います。
では、、、また。

投稿: せとともこ | 2006.03.28 18:57

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