« 道路交通法の一部改正 | トップページ | 監督辞任 »

2006.04.17

民主主義とは何か?

民主主義とは何か?
Q貴方はすぐに答えることが出来ますか。
私は考えて、考えて、、、さらに考えてしまいます。
「民主主義ってなんだろう?」って。
いえね。そりゃ民主主義と言えばいろんな言葉が思いつきます。
まずは選挙です。多数決の原理とか、まぁそんなところでしょう。
それから、それから、、、とまぁ私なりに色々頭の中を行き交うわけです。
そして、それはどなたも同じではないかとも思います。
では改めて民主主義とは何か???
こんな時、まず定義をもう一度確かめる事から始まり、
次にそれが現実にはどの様に人々に影響するものか、普遍妥当性はあるかと考えを進め、
肯定できるものなら、さらに先へ、、、
否定ならば、では何故?と原点に立ち戻ります。

と、言うことで私もまずは民主主義の定義。

wikipediaによれば以下のとおりです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
民主主義(みんしゅしゅぎ)は、デモクラシー(democracy)の日本語訳で、君主の対概念として民主なるものを立て、人民(ないしは国民)が主権(支配の正統性および実際の政治権力の双方を含む)をもち授与、為政者たる民主と人民が同じ(治者と被治者の自同性)であるとする政治的な原則や制度。哲人政治などの治者に何らかの条件を求めるものと違い、治者と被治者の自同性のため、失政による被治者への損害は確実に治者によって補償される。
転じて、個人の人権(自由・平等・参政権など)を重んじながら、多数で物事を決める原則を民主主義と呼ぶ場合もある。
また、民主主義は連邦主義などと同時におこなわれることもある。
単純な多数決と混同されることが多いが、多数決が単に多数であることに正当性の根拠を求めるのに対し、民主主義は最終的には多数決によるとしても、その意思決定の前提として多様な意見を持つ者同士の互譲をも含む理性的対話が求められる点でこれと区別される。
個人が等しく平等である民主的な社会の反対は、上位者が強い権限を持つ階級的な社会である。
よく同位に列せられる自由主義とは凡そ出発点が違う。民主主義は社会共産主義より派生し、自由主義は資本(帝国)主義より派生している。よって個人の自由責任は、民主主義の方が薄い。一般的に、自殺が多いが、社会的革新が進むのも自由主義の特色である。現代では、自由責任を甘受すべきか敬遠すべきかによって政権交代が広く行われる傾向になってきている。所謂、平等の地点をスタートに求めるかゴールに求めるかの違いである。現代市民の結合の形を理論化した位相の一つが所謂、民主主義である。
(上記Wikipediaより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
なるほど。
なるほど。
私はこの定義には納得しました。
そして民主主義の対極は「独裁制」「君主制」であることも改めて確認をしました。
〜〜転じて、個人の人権(自由・平等・参政権など)を重んじながら、多数で物事を決める原則を民主主義と呼ぶ場合もある。〜〜なるほど格調高い日本国憲法の精神に合致しています。
さらに
〜〜個人が等しく平等である民主的な社会の反対は、上位者が強い権限を持つ階級的な社会である。〜〜だそうです。

Qでは、貴方は民主主義と独裁制、どちらを選びますか?
私は民主主義を選びます。
従って次に進みます。
もし、納得していない方は是非「定義」や独裁制の方がよしとする理由そのものをお教え下さい。
Qでは階級社会はどうですか?
私は民主的社会がいいと思います。
さて、
「現代市民の結合の形を理論化した位相の一つ」が民主主義と言うことです。
そして、この理論に対して、実践として行う場は政治であり、経済であり、教育であり、つまり私たちをとりまくあらゆる環境です。
政治にのみ民主主義が摘要されるということは現実的にはありえません。
なぜなら政治こそ「生活」と不可分だからです。
実践であり現実だからです。
ここで再び質問。
Q貴方は[政治=生活]であることに異論はないですか?
私はありません。
もし「政治」にだけしか通用しない論理だと言う方がいたら、
政治とはなんですか?
およそ生活とかけ離れた政治とは何か???
つまり、
私たちが生活しているどんな社会でも、それが家族であれ、地域社会であれ
国家であれ、ルールで生きています。
そのルールこそが民主主義の論理で成立していることを近代社会は獲得しました。
そして、そのいずれも構成員として民主主義に対して権利と義務を持っていることに私は異論はありません。
政治だけが「民主主義」の現場ではありません。
万人が納得する場合はよし。もし意見が分かれた場合は、選挙です。
その方法は挙手でもジャンケンでも選挙でもその時々の構成員が決定します。
「選択する権利」を普く構成員は持っているのです。
一般には多数決と言われます。
ただ、ここで問題になるのは「少数意見の尊重」であることは言うまでもありません。
そして、義務は決定に対して履行する責任です。
責任が伴うからこそ、権利を行使するとき考えることが必要です。
民主主義とは、
人をして人たらしめるために自らが考える権利と義務です。

権利だけが与えられても、義務だけが強いられてもそれは既に民主主義は破綻しています。
そして、もう一度書きます。
民主主義は、生活の全ての場「近代市民社会」に摘要される理論です!!!
現実の中で未だ民主主義の徹底を見ていない場面に多く接します。
それは、民主主義に問題があるのではなく、私たちが「成熟した市民社会」を経験していないのでは、、、と考えます。
この問題、まだまだ考えていく必要がありそうです。

|

« 道路交通法の一部改正 | トップページ | 監督辞任 »

コメント

TBありがとうございました。
よくよく考えていきたいと思っております。

投稿: 半平太 | 2006.04.17 20:47

半平太さん。
おはようございます。
コメント、トラックバックありがとうございました。
半平太さんのブログ、拝見しての感想。
熱い思いと柔らかな感性が鏤められている誠実な書き手を彷彿とさせるブログですね。
今回頂いた「教基法と民主主義」。
とても勉強になりました。
私たちが標榜する社会はどのようなものか、、、
改めて考えた次第です。
これからもご意見、アドバイス宜しくお願いいたします。
楽しみにしています。
では、、、また。

投稿: せとともこ | 2006.04.18 08:36

私は難しいことは分からない愚鈍な存在ですが、民主主義は弱い人たちが自分達をイジメていい思いをしている強い人たちに抗して、人間らしい生き方を切り開いて行くことではないだろうか、などと思っております。 

投稿: hamham | 2006.04.18 10:23

民主主義の一般的な定義としては、ウィキペディアの通りでいいのではないかと思いますが、僕は板倉さんが語っていた「民主主義は最後の奴隷制」という言葉が気になります。

民主主義による決定は、それが現在の我々の能力では正しい予測が出来ないという条件が必要なのではないかと思っています。正しい予測が出来る人間にとっては、民主主義によって間違った方針が押しつけられるのは、奴隷制にも似た感覚を持つのではないかと思います。

このような考え方から導かれるのは、決定に対して賛成したものは責任を負わなければならないと言うことです。それが正しいかどうかは、決定後の現実を見なければ分かりません。正しいという結果が出れば問題はありませんが、正しくないと言う結果が出た場合は、その決定をしたものは大きな責任を負うべきだと思います。

郵政民営化は民主主義的な決定をされましたが、これがもし将来問題を起こしたなら、その決定をした人間が責任を取るべきだと思います。

それから、今破綻している年金は、どのようにしてそれが制度化されたかを良く掘り返さなければならないと思います。どこかで民主主義的な決定がされたはずですから、その決定にあずかった人間は、破綻の責任を取るべきだと思うのです。そうでなければ民主主義というのは堕落するだろうと思います。

たとえ間違った決定であろうとも、多数が賛成したと言うことで正当化されるなら、民主主義という制度は、もっとも悪い決定の制度になって、むしろ優秀な独裁者を求める気分が高まるのではないかと思います。

投稿: | 2006.04.18 11:06

hamham さん。
秀さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
民主主義、、、私も考えています。
実際、自分自身が生活の中でどれくらい意識して、なおかつ人との関係で実践しているかと自問自答もしています。
人類が長い歴史の中でかちえた財産の一つが「民主主義」であるとも思うのですが、、、

さて、hamham さん。
このエントリー以外にもコメント頂きありがとうございます。
こちらで纏めてさせていただく失礼をお詫びしながら、
返事とさせていただきます。
基地問題、やはり民主主義の観点から考えても、
政府、アメリカの破綻した言い訳が浮たってきます。
地元住民の意思の尊重を願ってやみません。
それは他の基地を抱える所も同様です。
日本国政府は、日本国民のために何をして、どうのようにこの国をしていきたいのか、わかりません。
当事者である、あるいは主権者である私たち自身がもっともっと啓蒙される必要があるのかもしれません、、、
この問題もあるいは駐車場にしても、いろんな事を考えるにあたり基準となる考えこそ「民主主義」の本分かもしれませんね、、、
これからもご意見など色々お教え下さいね。
楽しみにしてます。
では、、、また。


秀さん。
>たとえ間違った決定であろうとも、多数が賛成したと言うことで正当化されるなら、民主主義という制度は、もっとも悪い決定の制度になって、むしろ優秀な独裁者を求める気分が高まるのではないかと思います。

そうです。
そうです。
だからこそ「少数意見の尊重」が大切と言う事になります。ただ、私が思うに、そうしたマイナスの側面は、民主主義の本来の形とは違うのではと考えます。
どんなことでもマイナス、、プラスの側面があり、絶対はありえません。
こと民主主義に関して言えば、
マイナスを考えても余りあるくらいプラスがあり、またそうでなければと思います。
従って大切なことは、マイナスに関して如何に私たちが補完していくか、、、ということであって、
「民主主義」に罪は無いと思うのです。
いずれにしても私たち自身が成熟した「近代社会」を作っていく担い手であるという自覚の問題でしょうか???
この問題、本当に難しい。
だからこそ考えていきたいと思います。
これからもご教示、アドバイス宜しくお願いいたします。
では、、、また。

投稿: せとともこ | 2006.04.18 12:31

 wikipediaによれば民主主義は自由主義との比較で説明している。それを、瀬戸先生は、独裁制との対比におきかえている。すりかえの欺瞞ですね。
 つぎに、民主主義は政策選択の手法として説明されているのに、すくなくとも、それは政治体制にすぎないものなのに、瀬戸先生は社会のあらゆる組織に拡大している。これも、すりかえの欺瞞ですね。

投稿: 罵愚 | 2006.04.18 18:12

おはようございます。
民主主義を政治の分野でみた場合の原理を考えてみました。つまり、民主政治の原理です。

1)国民主権
2)思想・信条、言論・出版、信仰の自由を絶対    的な権利として保障する。
2)議会制民主主義
3)複数政党制
4)三権分立制
5)国定の思想を持たない

等々。

投稿: hamham | 2006.04.19 10:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15797/9637662

この記事へのトラックバック一覧です: 民主主義とは何か?:

« 道路交通法の一部改正 | トップページ | 監督辞任 »