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2006.04.13

新自由主義と教育基本法

新自由主義、新国家主義は教育基本法改正にあたりどの様な立場、位置をとるかを中心に見ていきます。
新自由主義法制的意味、新自由主義の教育改革の進展状況などについて今回は書きます。

1定義
法制的に見た場合、新自由主義の定義は、
「政府による供給、そのための財政支出の義務づけに関わるルールを撤廃・緩和。政府をそのルールから解放して、そのかわりに政府が保有する貨幣の使用目的、配分、方法、支給先の決定に関する権限を自由に裁量することを許す」というものです。
つまり、政府は公的とか公共から解放されるということです。
新自由主義の代表アメリカでは、基礎理論としてNG理論、PA理論などがあります。
(これに関しては、今回は書きません)

2日本における新自由主義の展開
いずれにしても「お金を持っている人の意見が通る」という考え方です。
それはビジネスの世界だけでなく国家にもあてはまるというのが新自由主義の国家統制です。
そしてそれを公教育に展開していこうという試みがなされて来ました。
新自由主義教育改革は2001年内閣府設置法で政府による科学技術の配分が法制化しました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・ 科学技術の総合的かつ計画的な振興を図るための基本的な政策に関する事項

・科学技術に関する予算、人材その他の科学技術の振興に必要な資源の配分の方針に関する事項
(内閣府設置法第4条の4,5項)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
つまり「トップダウン」方式になりました。
そして財界の経済諮問会議などが文科省に「改革プラン」を提示。
その中には
義務教育国庫負担廃止、学校選択制度、バウチャー制度、、、などなどがあります。
全て財界の思いのままと言うわけではありませんが、
しかし、
教育基本法「改正」は文科省の手から内閣府主導になり、
それはとりもなおさず新自由主義の考えかを反映するものであることは言うまでもありません。
先の科学教育と基本でも書きましたが、
「愛国心」問題だけが教育基本法の問題ではありません。
「戦争できる国造り」もそうですが、
新自由主義による教育の蹂躙も見逃してはいけません。

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コメント

「新自由主義」で凝り固まり考えると、
義務教育廃止・教科書検定廃止・教育基本法での規制廃止・公立廃止・
つまり昔の寺子屋?行きたい人(おかねあって)が行きたい所に・
なにをどう教えるかもここの自由となりそうですけど・・。

どうも規制緩和しながら規制進めるのはよくわかんないです。

投稿: あゆ | 2009.05.19 20:06

こんにちは、せとさん。

>新自由主義による教育の蹂躙も見逃してはいけません。

新自由主義(私は最近は「市場原理至上主義」という言い方をしています)が大きく伸びた背景に「硬直化して既得権益に固まった体制を壊す」というプロパガンダと結びついた事があります。現実に今ある制度がそうなっている部分を持っていることを否定はしないわけですが、前にも書きました様に、一つのシステムというのは限定された一つの目的にのみ対応している事は少なく、幾つもの目的と結びついている訳です。そのため、システムをその幾つかの目的を損なわない様に作り直そうとすると、必ず問題が生じます。「市場原理至上主義」の便利さというのは「壊すだけ」で良いといってくれるところです。壊して市場競争に任せさえすれば後は、市場競争が最適化してくれるという理屈ですからね。無能な政治家にとってこれほど使いやすい理論はなく、また、「新しいシステムを生み出す苦しみ」などは引き受けたくない国民にとっても「痛みに耐える」だけの簡単な事で済むと言われるのは嬉しいことだったのだろうと思います。

壊すより大変なのは常に作ることなんです。

投稿: 技術開発者 | 2009.05.20 09:11

あゆさん。
技術開発者さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。


あゆさん。
「規制緩和しながら規制進めるのはよくわかんないです。」
このあたりは、開発者さんがいつも言われる「仕様」なのでしょうか???
何というか「いかさず・殺さず」と言うのは、政治や教育全般に支配する側が行う策なのでしょうか???
いずれにしても、政治が教育に求めるものは、
3割のエリートと、後はひたすら言うがままに動けばいいというものなのでしょうね、、、
どうなんでしょう???


技術開発者さん。
すごくよく分かります。
結局「市場原理」なのでしょうね、、、
うむうむ。


「壊すより大変なのは常に作ることなんです。」

はい、、、
とても、身に浸みます。
そうなのでしょうね。
壊したあとに、何をつくるべきか???
何を作るために、壊すか???
この設計図をきっちりと、描くことの必要をヒシヒシと感じています!!!

投稿: せとともこ | 2009.05.20 11:49

こんにちは、せとさん。

>壊したあとに、何をつくるべきか???
>何を作るために、壊すか???
>この設計図をきっちりと、描くことの必要をヒシヒシと感じています!!!

少し言い訳になるけど、私はせとさんやあゆさんが、いろんな社会的ニュースに対して「酷い!、許せない!」とか憤っておられるときに、わざとピントをハズした別な視点を書き込んだりします。或る意味で、「利用されて欲しくない」んですね。今の社会システムに悪い所は沢山あり、そしてそこに巣くっている既得権益の亡者というのもいます。でも、その部分への怒りのみが表に現れるなら、「規制を壊したい、壊すことで大きな悪をもっと自由に解き放とうとする者」に利用されてしまう危険性があるんです。

なんていうかな、少なくともまだ、今の社会はベースに「共同体社会」が置かれています。国民が生きていく場として国があり、その国民が生きるために利便性を構築するためのものとして、会社であったり、政府であったりという様々な「機能体」が置かれているというのを前提に組まれている訳です。それを壊したい人たちがいるんです。機能体こそが社会であり共同体なんて存在しなくて良いと考える人たちが出てきている訳です。

共同体が機能体によって組み敷かれた社会の話として、私はスパルタの話をします。軍事国家として、強い軍隊をもち、周りの都市国家を侵略しては富と奴隷を持ち帰り、それで存続した国家です。でも国民は、たぶん不幸だったんじゃないかと思ったりします(実際に生きた訳ではないので想像です)。なぜなら、「強い軍隊を維持すること」に国民の全ての生き方が傾いているからです。男の子は6~7歳で親元から引き離され「優れた軍人になる」ことを中心として教育されます。途中で落ちこぼれると奴隷階級にされてしまうかので、必死に良い軍人になろうとする訳です(スパルタ教育の語源です)。女の子は「良き軍人の妻や母」となるように教育される訳です。

実は日本の社会はずいぶんとスパルタに近づいている気がしています。「強い軍隊」に代わる概念として「強い経済」、「良き軍人」に代わる者として「良き企業人」となっているだけに見える訳です。そして長い間かけて、「それが、何より良いことだよ」と刷り込んできた訳です。皆さんはもう、それに逆らうことが難しくなってきている。「経済を強くするために」と言われると「そういうものか」と思うところまで刷り込みは進んできている訳です。「強い経済を持つ事で我々は幸福になれるのか」という疑問は持つことすらできなくされているのです。

かっては、様々な規制があり国民を奴隷にすることはできなかった訳です。でも彼らは少しずつ皆さんの賛成をとりつけて、25年掛けて日本に奴隷階級をつくることに成功したんです、非正規労働者と呼ばれますけどね。後は教育です。舞台はできています。「きちんとした軍人になれないものは奴隷になる」のと全く同じように「優れた企業人(正規労働者)となれない者は奴隷(非正規労働者)になる」と既になっている訳です。後は教育を「優れた企業人になるように」のみに持っていけば良いだけです。皆さんには既に逆らう力は残されていません。逆らうと「お子さんが奴隷になる」という形で人質は既に取られている訳です。後はスパルタという軍隊国家ができたのと同じ様に日本という「企業国家」ができるために教育など様々な部分を変えていくだけです。

ちなみにスパルタがなぜ滅びたかというと、アテネを屈服させ、その膨大な富が流れ込んだからだと言われています。軍事一色に染まった国民にはその富を受け止めるだけの力が無く、内紛により滅びたと言われています。

投稿: 技術開発者 | 2009.05.20 14:07

まあコメントは冗談なんですけど。


規制といえば国じゃないでしょうけど教科書検定が細かい・教育現場への指導?とか介入ですね。国歌強制とか。

まあ介入がなんでもよくないわけじゃないですけど・・・。

「酷い!、許せない!」と思う事もたまにあるんですが、それは一部で生きることを奪う場合に限定されます。

社会のシステムの問題にふれても(あえてKYで視点かえます)、だからやめてしまえという白黒はうちも不安です。
(なんかネットにそういうの多そうな・・)


投稿: あゆ | 2009.05.20 21:48

技術開発者さん。
あゆさん。
コメントありがとうございました。

技術開発者さん。
ありがとうございます。
いつも、多岐に渡りお教えいただき、私も新鮮な思いで拝見しています。
「今の社会システムに悪い所は沢山あり、そしてそこに巣くっている既得権益の亡者というのもいます。でも、その部分への怒りのみが表に現れるなら、「規制を壊したい、壊すことで大きな悪をもっと自由に解き放とうとする者」に利用されてしまう危険性があるんです。」
これは、悪徳商法と正面から向き合っていらした開発者さんならの思いですね、、、

確かに、大きな悪をさらに解き放とうとするものへの利を送ることにもなりかねない、現状打開への道。
考えさせられます、、、
広く、深く、そしてどこまでも、公平をもとめていますが 、、、
なかなかです。
また、
いろいろ折につけアドバイス頂けたらと思います。


あゆさん。
「「酷い!、許せない!」と思う事もたまにあるんですが、それは一部で生きることを奪う場合に限定されます。」

はい。
私も多くの場合は保留という形です。
私にとっての正義(?)が必ずしも相手にとってもそうではない。
ならば、
どこでどう折り合いをつけるか。をすぐに答えを出すことなく見ていくタイプです。
が、
ただ庶民の利益を貪るような悪に対しては告発していきたいと願っています、、、

投稿: せとともこ | 2009.05.21 11:47

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