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2006.04.11

検定教科書の歴史

ちょっと教科書に拘ります。
現在、世界の教科書発行制度は次の4つに分類できます。
自由発行制(イギリスなど)
認定制(アメリカなど)
検定制(ドイツ、日本など)
国定制(韓国、タイ、マレーシア、インドネシアは初期教育で。中国は検定制と併用)
各国には各国の事情や特徴があるのですが、
今回は日本の検定制について見ていきます。

日本は戦前、国定教科書でした。
しかし、戦後新教育制度において検定制度が採用されました。

1947年の学校教育法にて検定制度の採用。これは3つの特徴がありました。
・「監督庁=県民の公選による教育委員会」。
・検定教科書以外に「認可」による教科書も使用。
・「文部大臣の定める基準」による検定。
教育が不当な支配に服することなく国民全体に対し直接に責任を持つ」など教育基本代10条に基づいていました。
1951年「教育制度の改革に関する答申」発表。
文部大臣の権限が強化される、国による標準教科書の作成答申。
これに対し日教組が反対。
1953年「学校教育法の一部を改正する法律」によって教育委員会から文部大臣に教科書検定権
が移る。
1956年教育医院法廃止、教育委員は任命制。
教科書法案は審議未了で廃案。
1958年学習指導要領に「法的拘束力」を付与。(官報発表)。
これより中央集権的、官僚的支配体制が強化される。

こうした中、家永裁判などにみられるような教科書の検定制度に対する疑問や、あるいは外交など多くの問題が出てきます。

この様な動きの推移を見ながら、やはり一番感じることは、
「子どもたち」にとってどの様な教科書が一番いいか、学ぶ喜びが得られるかを抜きにして、
あれこれの政治的な思惑で教科書が出来ることは反対です。
教科書で選択する教材の自由化や検定基準の透明性、をしっかり保障することが大切ではと思うのです。
日本の子どもたちの学力低下、思考力の相対的低位が問題になっている昨今、
教科書制度の行き詰まり打開が緊急課題であるのかもしれません。

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コメント

 あなたの話の進行は逆転している。検定で不合格になるような家永三郎氏(東京教育大教授)著の『新日本史』があったから、つくる会のような反動が生まれたのであって、家永さんが常識的な教科書をつくっていれば、この問題は生じなかった。

投稿: 罵愚 | 2006.04.12 16:09

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» 日本の教育はどうなってしまうのか [小泉内閣の支持率が一桁台になるまで]
かなりの危機感を持っています。あるべき姿とはどんどんかけ離れていく。年度末、いわゆる先月末ですが、高校の教科書検定のニュースがたくさん流れました。歴史上の問題についても思うことはありますが、過去の歴史は歴史学者に任せるべきものであっていい。... [続きを読む]

受信: 2006.04.12 12:54

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