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2006.04.25

福知山脱線事故から一年

福知山線脱線事故1年、追悼慰霊式が行われました。
一年ですかぁ〜〜〜〜
あれから。
あの時の事、覚えています。忘れもしません。
その日は月曜日でした。
私は友人と出掛けて事故直後の報道は知りませんでした。
家に帰り、テレビをつけてビックリ。
マンションに電車がぶつかったとは、聞いていたのですが、
その映像を見るまでは軽く考えていました。
しかし、
衝撃の現場を見てしばらく呆然。
その後、体に震えが来ました。
もうテレビにくぎ付け。
事態がどうなっているかは現場の作業員の方も分からない様子。
右往左往だけが伝わってくる。
四月の霞がかった日差しが現場の騒然とした雰囲気を包み込み、静かに事実が事実として伝えられる頃には、多くの方の犠牲が明らかになってきました。

突然の死。
残された家族の悲痛な叫びが今も思い出されます。
私は翌日ここで以下のように書きしたためました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
何と言っていいのか、、、
言葉もない。
亡くなった方の無念を思い、残された家族、知人の方に心からお悔やみ申し上げます。
朝、手を振って行ってらっしゃい、、、と送り出す。
いつもの光景。
一日の経験を重ねて帰って来る。
そんな当然と思っている日常が切り裂かれた、、、
突然。
なんの前触れもなく。
今まで生きていた証を確認する事もなく、もぎ取られていく命。
日常を残したまま、、、逝ってしまった人々。
なぜ?
どうして?
一人ひとりの命と思いを乗せて、いつものように走っている電車が、いきなり宙に舞い、ちぎれていく車体とともに、
遠く帰らぬ人になるなんて、、、
いったい誰が思うだろう。
だれが、そんなことを思いながら毎朝、家族を送り出しているだろう、、、
朝の途切れる事のない忙しさにかまけて、時には声を荒げ、あるいは せかして追い出す日常。
保証されていると思っているのに。
安全だと信じているのに、、、、
なぜ?
どうして?
どこへ この気持ちを持っていけばいいのか?
やりきれない。
亡くなった方、残された者。
それは他人事ではない。
いつ、どこで、だれに起きるのか、、、
改めて日常とは何か。
そこに潜む危険をえぐり出された気がする。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
日常に潜む危機。
安全であるはずだと信じている日常が、簡単に転がり堕ちる、
そんな悲しい出来事は、二度と起こして欲しくないと言う誓いをたてた昨日の慰霊式でした。
本当に辛く悲しい4月25日の福知山線脱線事故。
改めてご冥福をお祈りいたします。

奇しくも昨日山手線でもあわやの事故寸前という事態が起きました。
「気を引き締めて」という警告でしょうか?
再びこの様なことが起きないように、JRや国が安全第一で業務することを、願ってやみません。

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コメント

>再びこの様なことが起きないように、JRや国が安全第一で業務することを、願ってやみません。

ご同感です。【「儲け」よりも「人命」優先】が社会的にも真剣に追求されるようにならなければ、この種の事故は後を絶たないと思います。

テレビ・インタビューに答えている遺族の方々の悲痛な発言に応えねば、との一日でした。

投稿: hamham | 2006.04.26 21:13

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