« 何度でも教基法改正反対を | トップページ | 分岐点 »

2006.05.17

セクハラ問題

米企業はセクハラに厳格 お茶くみも不愉快と米紙と言うニュースがつい一昨日出ました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は15日、北米トヨタ自動車などが被告となったセクハラ(性的嫌がらせ)訴訟を例に、米国の法律・慣習は日本などに比べセクハラに厳格だと指摘した。同紙はまた、女性社員にお茶くみをさせれば、米国人スタッフは不愉快に感じるだろう、とも指摘している。
(上記ニュースより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
これは勿論北米トヨタ社長が辞任を受けての調査です。
このニュースが出たとき、私も気になり書かなきゃ、書かなきゃ、、、と思いつつ、
終盤国会に追われていました。
そんな矢先、数学屋のメガネの秀さんが「セクハラについて考える」と言うエントリーを出されました。
そこで私もセクハラについて考えることにしようと、昨日からずっと頭の中を駆け巡らせていました。
(昨日は、教基法に国民投票法案、そして共謀罪も同時に頭の中を暴れ回っていて、おかげで今日は頭頂部が痛い。知恵熱かぁ、、、)

セクハラとはセクシャルハラスメント(Sexual harassment)とのことで、日本語で「性的嫌がらせ」という意味で用いられる言葉で、今では市民権を得た言葉です。
これは広義では「差別」とともに評されることの多い言葉でもあります。
およそ女性なら生涯のうち一度ならず何回となく何回となく「おんな」であることを差別、卑下、揶揄するような言葉を浴びせられた経験はあるものと思います。
ひどい場合は、両親からその誕生にあたり投げかけれる言葉だって差別と言えば差別だったこともあるかもしれません。
さて今日は、ここで問題にしていきたいのは「対価型セクハラ」についてです。
職場や学校などにおける立場・同調圧力・階級の上下関係を利用し、下位にある者に対する性的な言動や行為を行う(強要する)ことです。
北米トヨタ事件はこれにあたります。
この事件は今後どのような展開を見せていくか気になるところです。
対価型セクハラの特徴は力による性の強要であることは見逃させません。
言わば「性暴力」です。
性暴力を話題、問題にするのはなかなか困難な作業です。
「差別」と言う概念を伴う場合もありますが「性的自由、快楽、表現の自由」と一体化する場合もあります。
キャサリン・マッキノンによれば、
「主として男性による支配と女性による服従は、セックスの快楽を経験するための決定的な記号となる。
性差別は性的に楽しめる、少なくとも不平等に楽しめる政治的な不平等である。この取り決めを作だし、それを維持する恐怖の一形態として機能するのが性暴力である。、、、、この取り決めは持続する限り、いかなる全体主義の不滅性をも保証するだろう」と、かなり厳しく告発しています。
性の問題が太陽の下で快活に伸びやかにあからさまに語られるた太古の時代は今はもう遠い。
ひたすら淫靡で、ひたすら悩しい問題にすりかわる事で、
女性からの告発が退けられてきた歴史があります。
つまり、「男性支配の権力」と「性の不平等」が女性をして社会に目を向けさせる事より、
自己への撞着を導かせることで性支配を自然に受け入れていくような社会構造が作られてきた、というのがキャサリン・マッキノンの説です。
とかく性被害は加害者よりも被害者への世間の目は冷たく、被害者は泣き寝入りという実態がありました。

そう言う意味からも、
セクハラ問題を単に個人の問題に帰着することなく、
今日的な社会問題として考えるようになった事は、とても大きな意味があると思います。
それはいずれ男性にとっても肩の荷が下り、晴れ晴れとした時代の到来でもあると考えるのですが如何でしょうか?
女性の性は「第二の性」として作られたものであるとした時代は、もう錯誤であると女性自身が
語る未来を想定しながら、この動きを今後も見ていきたいと思っています。

|

« 何度でも教基法改正反対を | トップページ | 分岐点 »

コメント

僕があのエントリーで問題にしたかったのは、極端なセクハラ論というのは、男と女の信頼感を壊し、連帯の意識を破壊するのではないかと思ったことです。本来、男と女に平等意識を持っていて、信頼し合える男女関係こそが本当の愛情も生まれるという意識を持っている男も多いと思います。

そういう男にとっては、本来のひどいセクハラには反対はしても、それを容認するということはないと思います。しかし、どんな愛情の行為も、相手の受け取り方によってはセクハラになってしまうということになると、男は愛情表現をすることを躊躇するようになるでしょう。

そういう社会状況は、男の気持ちが分かるのは結局は男同士だけだ、というような男だけで固まるような状況を作り出すのではないかと思います。

今までの男が優位の状況の反動だと思うのですが、女が優位の絶対的状況がセクハラ問題において作り出されるなら、男女の連帯感は失われるのではないかと感じます。

ひどいセクハラに対しては、男も反対だということを信頼してもらい、単なる勘違いに対しては重すぎる責任を背負わせないということを女にも理解してもらえれば、セクハラ問題に関する連帯が出来るのではないかと思います。具体的な区別を論じることが必要で、すべてを一緒くたにするような乱暴な論理は間違っているように僕は感じています。

投稿: | 2006.05.18 10:22

秀さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
秀さんが書かれた内容についてはよく分かります。
私はこの問題については、個別具体的な検討を加えることではなく、
資本主義の中で「性」が商品化され、
作られてきた現実を見ていきたいと思ったのです。
性暴力の対象としては直接暴力として強姦、虐待。儀礼的暴力として割礼。
間接暴力としてポルノ、セクハラがあります。
今回は誤解云々とか受取手の「心」の問題には敢えて触れませんでした。
何故なら、個別具体的な例や本人を直接知らないので私の想像の域を出ないからです。
秀さんのエントリーに対しての意見というより、
私が今まで取り組んできたジェンダー(このカテゴリーでかなり書いています)との関わりから今回は考えたのです。

>すべてを一緒くたにするような乱暴な論理は間違っているように僕は感じています。

いっしょくたにしたのではなくて、
あくまで「性」は支配の側に利用されてきたものであること、従って男性にとってもそれは被害者かもしれないことを述べたいと思ったのです。
この問題、今後も考えていきたいと思います。

投稿: せとともこ | 2006.05.18 18:55

一般論として「正義は正しい」あるいは「悪は悪い」ということを語れば、これは同語反復でありトートロジーなので、議論の余地なく正しいということになります。しかし、一般論として議論の余地がないということは、ある意味では議論しても仕方がないということでもあります。

それに対して、現実には、一見正義のように見えて本質では正義でない(例えばアメリカのイラク攻撃のように)、逆に、一見悪のように見えて本質的には悪くない(身体の一部を切断しなければ命が危ないとき、本人の意志に反して切断手術をするとか)、というものがたくさん存在します。

こういうものは議論の余地のあるものだと思います。しかし、「セクハラ問題」では、セクハラを受けたと主張すれば、それでもう議論の余地がないような展開をする人たちがいます。

筆坂秀世さんの場合も、そのような主張をちょっと見かけました。筆坂さんが議員辞職をするという重い責任を取ったことをもって、セクハラの事実があったと結論しているような意見です。

しかし、責任の取り方は、その人間の誠実さに関わるものであり、セクハラの事実があったかどうかとは直接の論理的なつながりはありません。あくまでも間接的なものであり議論の余地があるものです。

瀬戸さんが、これらのことを一緒くたにしているということではなく、一般的にフェミニズムと呼ばれている考え方が、このような誤りに陥りやすいのではないかと僕は考えています。それは、たぶん正しい主張をも傷つける誤りになると思うので、僕はこれに注意しておいた方がいいのではないかと考えています。

投稿: | 2006.05.19 10:03

俗説と現実を一緒くたにしているのはこの秀とかいう人の方だと思います。

投稿: クリープマン | 2006.05.19 16:06

秀さん。
クリープマン さん。
こんにちは。
コメントありがとうございました。

セクハラ問題の責任論については、私も以前エントリーで書いた「痴漢冤罪事件」や「女性専用電車」の記事を思い出します。
真相はどうであれ、一端決められた者に対しては過重な責任を負わす、負う場合があり、それは心情的には同情もし、その言い分にも共感します。
筆坂さんについては、ご本人から聞いていないので、私としてはなんとも言いようがないのです。
本人と相手の女性しか知らない部分に立ち入るとき、予断をもってして語ることは出来ないので、
私は何回も書いているように、ここでは「一般論」としての「性差別」について言及したかったのです。

>これらのことを一緒くたにしているということではなく、一般的にフェミニズムと呼ばれている考え方が、このような誤りに陥りやすいのではないかと僕は考えています。それは、たぶん正しい主張をも傷つける誤りになると思うので、(略)

一般的なフェミニズム運動は、その本質が理解される前に批判の矢面に立たされていると言う現実も見て頂けると嬉しく思います。
いずれにしても、この問題、丁寧に考えていきたいと思いますので、秀さんもクリープマン さんも、またご意見、アドバイスを楽しみにしています。
では、、、また。

投稿: せとともこ | 2006.05.19 17:50

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15797/10112252

この記事へのトラックバック一覧です: セクハラ問題:

» 大変な時期も2ヶ月 [お金持ちになりたいひとへ]
皆さん今日は。最近更新をサボっていましたが、ここのところ仕入が巧くいっていなく、そちらに注力していたため更新が滞っていました。ここのところというよりは、ゴールデンウィーク前から少し厳しく、かといって仕入をしないと商売は巧くいかないので何とかしなければ・・・と思い全力投球してきました。 そのかいあってか、目標の遅れの取り戻しのみならず、大きく上回って仕入ができそ�... [続きを読む]

受信: 2006.05.17 16:59

« 何度でも教基法改正反対を | トップページ | 分岐点 »