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2006.05.08

刑事立法

数学屋の秀さんが国家権力の暴走に対する「恐れ」の感覚というエントリーを上げられました。
この間、秀さんは「死刑廃止か否か」と言う問題を実に多彩に色々な角度から切り取られています。
私も同じ記事を、何回も読ませていただきました。
さて、その中でも今日の記事はまさに私の思うところと同じでありました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
民主主義にも欠陥はあるし、平和と繁栄を求めるのも難しい。しかし、それは今のところ、他のどの道よりも健全な方向を向いているのではないかと思う。他にもっといいものが見つかるまでは、この方向を向いて努力するしかないのではないだろうか。だからこそ、今のところは死刑廃止が正しいと思うし、国家に対する「恐れ」の感覚を鋭く持ちたいと思うものだ。
(上記ブログより抜粋)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

今、時代は「立法動乱の時代」を迎えています。
1945年、天皇制治安立法廃止。
1947年、不敬罪、姦通罪廃止。地方分権的警察法制定。
1948年、現行刑事訴訟法制定。

その後、90年代に至まで、刑事立法の大がかりな動きはありませんでした。
しかし、90年代に入ると、激震が法曹界にも走っているということです。
1999年、通信傍受法。
2000年、少年法改正。
2004年、裁判員制。
そして今、問題になっている共謀罪。

一連の動きの中で、犯罪が凶悪かつ増大したという理由が一番大きいものでありました。
被害者の状況は極めて悲惨で、同情に値するもであることは言うまでもありません。
犯罪者への憎しみは人として当然の感情であります。
これ自体にはなんら問題はありません。
また、犯罪により乱された秩序を取り戻すべく、犯罪者への刑罰を必要とすることも当然です。
しかし、刑罰が重くなり厳しくなるということが、即犯罪を無くすことには繋がらない現実の前に、
人は動揺します。
そして、次第に徐々に刑事立法化が一つ、二つと増えてくるという一方の現実があります。
いつの間にか、処罰や警察への権限拡大について鈍感とも言えるような状態が作り出されたのかもしれません。
権力の濫用・弊害への警鐘があまりになされなかったのでしょうか。
市民の安全を守るために信託した権力は、決して市民を侵害してはなりません。
自由・独立・平等の理性人として本来あるべき権力の担い手となり、
市民生活を自らの手で守ることこそが近代民主主義が標榜してやまない「国家と市民との関係」だと思います。
刑罰は重くなるほど一方に権力が集中するという事実に対して、
私たちは必要性と危険性、双方を視野に入れて考える事の大切さを改めて思いました。
この問題、さらに考えていきたいものです。

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コメント

エントリーを取り上げてくださりありがとうございます。死刑廃止論を考えたのは、まったく偶然のことから始まったのですが、それを深く考えていくと、他のすべての問題との関連が見えてくると言うことが面白いことだと思いました。

きっかけは、瀬戸さんの安田弁護士と光市の事件に関するエントリーを読んだことにあります。安田弁護士に対する、感情的な反発というのは、他のブログを見てもかなり感じました。しかし、死刑廃止論は、感情的なものによって否定されてはいけないという思いが僕には当初からありました。

それは、抽象的に一般化して考えることによって正しい結論に至るのではないかという考えです。そう考えて、いろいろなものを見ていると、最近の一連の「悪法」の成立も、感情に流された人が、一般論を忘れているために、将来的な弊害を見通せないところから提出されているように感じました。

もしかしたら、この「悪法」を提出している議員は、これがいいものだと勘違いしている善意の議員かも知れません。「地獄への道は善意によって敷き詰められている」という格言の正しさを証明しているのかも知れません。しかし、もしそうだとしたら、善意から出てきた行動を阻止するのはかなり難しいものになるのではないかと思います。

善意という感情に対抗するだけの、しっかりした論理を構築したいものだと思います。

投稿: | 2006.05.09 08:56

秀さん。
こんにちは。
コメントありがとうございました。
コメントと言うには勿体ないくらい、素晴らしい文章で、
これだけでも一つのエントリーになりますね。
何回も読ませていただきました。
私も全く同感です。
〜〜地獄への道は善意によって敷き詰められている〜〜
全く。
まったく。
そうなんですよ。
みなさん、第一歩は「よりよく」とか「明るい未来」とか考えてのことだと思います。
誰も『世界を奈落のそこに」「地獄へ」とは思ってはいません。
しかし、
一つひとつ何気ないことの積み重ねが、
ある時、とんでもないモンスターを生み出す。
以前FAIRNESSさんが、「レイヤーの積み重ね」という意味で書かれていたことがありますが、、、

>善意という感情に対抗するだけの、しっかりした論理を構築したいものだと思います。

私も、そうありたいと望んでいます。
時々の感情、感性はそれとして、
「と、あらねばならない」理想については論理的に構築していきたいと、ひたすら思っています。
これからも、ご意見、アドバイス宜しくお願いいたします。
では、、、、また。
季節柄、お体大切に!!!

投稿: せとともこ | 2006.05.10 13:59

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