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2006.05.11

移植医療

晴耕雨読の早雲さんからトラックバックを頂きました。
タイトルは「死ぬ権利、死なす権利、死ぬ義務」。
重いテーマです。
早速、拝見。
読んだ後、さらに重みがド===ンと伝わってきました。
話題は「脳死」を中心とした移植医療。さらに問題の核心は立法へと広がります。
脳死が「人の死か否か」論争は臓器移植の問題と不可分です。
医学的見地、法律の見解、そして宗教、哲学、倫理、道徳とあらゆる観点から考えられ、討論されているこの問題。
実に難しい問題です。
それぞれの立場での賛成、反対の意見があるものと思われます。
「助かる命を助ける」ために医学は人類に貢献してきました。
普遍妥当な法律を作るために法曹界では「死の基準」を考えてきました。
そして宗教家は、「生きることと死ぬこと」について説いてきました。
どの意見、主張もみな「そうだな〜〜〜」と思ってしまう私なのです。
が、
が、
移植医療と聞くと涙が出てくるのです。

この冬、夫の先輩が亡くなりました。
生体肝移植というテーマで昨年の11月に記事を書きました。
先輩は奥様の肝臓を移植なさり、手術は成功しました。
奥様も術後は順調に回復。
先輩も徐々に回復ということを聞いていたのです。
しかし、今年に入って「院内感染」をしたのです。
大病院ゆえそこで生き残る菌はかなり強力らしく、結局先輩は帰らぬ人になりました。
最期のさいごまで「生きるために」戦い抜いた方でした。
さて、この話。
実は、これから少々不思議な話をします。
亡くなった当日のこと。
夫は夕方、ふと先輩を思い出して、病院へ見舞いに行こうと思ったそうです。本当に「ふと」。
そして病院へ行ったら「集中治療室にいる」と看護士さんに言われ、帰ろうとしたのですが、
それでも、ふと「やっぱり行ってみよう」と思い、集中治療棟へいきました。
そこで出てこられた看護士さんが「連絡がいったのですか?」と言ったそうです。
「?」と不思議な顔をすると看護士さんが「先ほど亡くなられました」と言われたそうです。
奥様は最期をみとっていたのですが、その他のご家族はまだみえていません。

私は夫からその話を聞いて、先輩の奥様への感謝というか深い思いを感じました。
家族が来るまで心細いだろうから、しばらく傍にいてくれ、、、と言う先輩からのメッセージだと私は思いました。

死後の世界や魂のことは私にはわかりません。
また仏教は「分からないことは考えるな」と教えます。
つまり考えても分からないことは、いずれ執着になるということです。
私も死後のことは考えていません。
また魂のことも分かりません。
しかし、
今は亡き先輩の冥福を祈りながらも、いつもこの時の夫の経験を思い出すのです。
人は死ぬ瞬間まで「思い」を発するものである。
それは強烈な生への願望であったり、
豊かな思いであったり、、、
とにかく「生きてきた証」を残しながら自分の生を閉じていくものと思います。
それがたとえ「意識不明」の状態であっても。
なにしろ先輩は2〜3日前から意識は不明だったそうです。
意識不明とは外からの観察で、本当は深いふかいところでは「覚醒」しているものと思います。
この経験は私に以下のことを教えてくれたようです。
亡くなった方へはひたすら感謝を。
生きている私たちにはひたすら優しさを。
そんな人間関係を育んでいけ。
と。

早雲さんのテーマ。
これからも考えていきたいと思っています。
今後、医療がどの様に発達するとしても、「人の強烈な思い」に対しては
真摯であらねばならないものと考えます。

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コメント

TB、コメントありがとうございます。
こちらこそ、よろしくお願いします。
さて、臓器移植をすると言うことは、エイズ患者になることと同じだそうです。拒否反応を抑制するためにいわば後天性免疫不全の状態になる、そのため多くの方が感染症で落命されているそうです。
臓器移植患者のその後については多くを報道されていないので目立ちませんが、移植で終わりにはならず、その後も苦しい生活を強いられるのが現状です。

投稿: 早雲 | 2006.05.11 23:53

こんにちは。いつも思うけど、せとともこさんはほんとにいろんなことに関心をお持ちで、しかも深く考えておいでですね。すごいなあ、と思います。私もせっかく脳みそがあるので使わなきゃ、と思っていますが、脳移植で私の脳を欲しがる人にあげることを考えると、あんまり酷使しないほうが新品に近くていいかもしれません。脳はあげないか。。。

私は、心臓が止まったらおしまい、死んだら体はいらないから、と軽く考えて提供者に登録してますが、そうか、いろいろあるんだなあ、と思いました。

投稿: 葉子 | 2006.05.12 00:00

早雲 さん。
葉子さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。


早雲 さん。
そうですよね。「臓器移植をすると言うことは、エイズ患者になることと同じだそうです。拒否反応を抑制するためにいわば後天性免疫不全の状態」になるそうですね。
また余り報道されていないのも事実らしいですね、、、
早雲 さんのブログで書かれていたように、「命が商品」として取り扱われていく実態が知らないうちに浸透していくような気がしてなりません。
臓器移植の問題は本当に難しいのですが、一つだけ言えることは「命は金ではない」と言うことでしょうか。
これからも拘り続けていきたいと思います。
またご意見、アドバイス楽しみにしています。
では、、、季節柄ご自愛ください。


葉子さん。
深く考えている訳ではなくて、「年齢」ですよ。
私はあなたの方がよっぽど優れた感性と息をのむようなハラハラどきどきの充実した人生を過ごされているので、「すてきだな」と思っています。
ブログを通してあなたに出会えて本当によかった!!!
ディープインパクトもいいことをしたのかな???
なぁんて、思っています。
実は先のエントリーで「宇宙基本法」について書いたのですが、あなたの記事、紹介してよろしいでしょうか?
お聞きしようと思っていた矢先のコメントでうれしく思っています、「通じたのでしょうか」ねぇ。
と、いうことでこの場でお聞きする失礼をお詫びしながら、お返事待っています。
では、、、またね!!!

投稿: せとともこ | 2006.05.12 18:06

はらはらどきどき、ですか。。。たしかに、いつ南京虫に刺されるか、常に警戒しながら生きているこのごろ。。。それ以外には極めて地味な日常です。でも、会えてよかったと言っていただいて嬉しいです。

私の記事の紹介は構いません。どうぞよろしくお願いします。それほど興味のなかった人たちが「月とか星とか壊していいのかな」と思うきっかけになったらいいなと思います。

投稿: 葉子 | 2006.05.13 14:21

葉子さん。
お返事ありがとう。
今、日本の国会は教基法、共謀罪で大変です。
私もこれらについて拘っています。
が、
あなたのニュースも是非、みなさんに知って頂きたいので、書かせていただきますね。
じゃ、、、その折は宜しくお願いいたします!!!

投稿: せとともこ | 2006.05.15 20:44

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