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2006.05.22

論理学の勉強

相対主義という考え方があります。
一般的な解釈は、
「主義主張や思想哲学には絶対的 なものはなく、その正しさは時代や地域などによって異なる相対的なものとする考え」というものです。
そして相対主義命題として、
「すべての命題は相対的である。」
となります。
これはクレタ人命題と同じ矛盾を抱えています。
つまり、
「クレタ人はみな嘘つきだ」とクレタ人が言った。
そこから引き出されるパラドックスです。
述べたクレタ人が正直なら、「クレタ人はみな嘘つきだ」は本当になる。
それは、命題と矛盾する。
では件のクレタ人が嘘つきなら「クレタ人はみな嘘つきだ」とは言わない、
と言うことです。
では相対命題ではどうか。
「全ての命題が相対的」を真としたら自らの命題も相対的になります。
偽ならば「ある命題は相対的でない。」つまり相対的でない命題もあるということです。
これはありえます。
つまり偽とした場合、矛盾がない。
ここから導かれる結論は論理構造上、真ではありえないという命題なのです。
この方法でクレタ人命題を見ると同様の結論に達します。
つまり命題の方で考えてます。
「クレタ人は皆嘘つき」は矛盾します。
しかしこの命題を偽とした場合「あるクレタ人は嘘つきでない」となり矛盾しません。
これらは全て形式論理学の世界で事実とは異なります。
ところで相対主義は古代ギリシアからの系譜、歴史があり、その時代じだいの牽引力となったことも事実ですが、今、言われている相対主義は人類普遍の真理探求への道を閉ざす役割もあります。
つまり、真理探求と言っても相対ではないか、、、と言う真理への敗北宣言でしょうか?

さてここで本題。
いつも意見交換している数学屋の秀さんがフェミニズムのうさんくささと言うエントリーを出されて、
私もフェミニズム運動が目指すものはと言う記事でフェミニズム運動へのバッシングの背景にあるものを考えていきたいと思いました。
また、秀さんが管理なさっている「はてな」の方にも、それこそ内容の濃いトラックバックがありました。
私はそのトラックバックや周辺記事、そして秀さんご本人の記事を何度も読みました。
(パソコンでは読めないのでプリントアウトしました)
秀さんご自身の感情は「感」。どなたかの引用は「引」、と印を付けながら秀さんの論理の展開を見失わないようにしようと必死でした。
なにしろ私は論理学は専門ではないので、どんなに頑張っても秀さんの域に今は到達できない。
胸を借りるつもりです。
そして分かったことは、
秀さんが「論理的にフェミニズムを考察しよう」とあくまでも願っている事と、
私を含め多くのトラックバック先の方々が言われているように〜〜秀さんの例が「事実」の一面化への危惧を述べた〜〜という立ち位置の違いだったのかもしれません。
そこで私は秀さんの言われるようにあくまで、あくまで論理的に、
事実は横においてこの問題を考えていこうと無謀にも試みました。
何回も読み、読み、読み、
道に迷わないようにして論理と言う一点のフィルターで漂白しました。
なおここで言う論理とは秀さんご自身が言われているように事実は関係ありません。
実際「論理」と「理論」の違いもここにあります。
論理は事実とは関係なく命題と仮定、結論の関係です。
理論は事実に裏打ちされています。
さてそうして出てきたものは次の二点です。(私の意訳ですが)
「フェミニズムという考え方の暴走性であって、フェミニズムそのものが間違っているという議論ではない。」
「真理は度が過ぎれば誤謬になる。真理と誤謬の弁証法的関係だ」
と、言うことで私も秀さんにならって論理的にこの命題を考えていきます。
「フェミニズムという考え方の暴走性であって、フェミニズムそのものが間違っているという議論ではない。」
これは命題としてはそもそも成り立ちません。
なぜなら一義的でないものは命題ではないから。
そこで一義的にするために、前半だけを考えると
「フェミニズムという考え方の暴走性」という言葉を命題に置き換える事ができます。
「フェミニズムは暴走する」と言うことか?
しかし、これは全称命題ではないことは秀さんの後半が語っています。
「全てのフェミニズムは暴走する」とは出来ないのです。
それは真でない。
しかし、秀さんは「フェミニズムのうさんくささ」と言うタイトルにしました。
特殊命題でもあるにも拘わらず全称命題におきかえたタイトルではないでしょうか。
つまり、このタイトルを命題として考えた場合、
「フェミニズムはうさんくさい」になります。
これは明らかに「偽」であることは先に見ました。

いえね、普通はタイトルは十分感情的・情緒的でいいのですが、秀さんはこの問題をあくまでも、あくまでも論理で処理したいと思われ、主張していたのだから、タイトルも吟味する必要があったのです。
誤解を招いてはいけなかったのではないでしょうか?

さて次の命題。
「真理は度が過ぎれば誤謬になる。真理と誤謬の弁証法的関係だ」
これこそが私が言いたかったことです。
つまりこの考えは総じて相対主義への道を開くものです。
〜〜真理が誤謬になったときもう真理とは呼ばない。
絶対真理は誤謬は含まない。〜〜
さて、秀さんは弁証法と言うが、
弁証法は「両極端は一致する」とは言っていません。
「対立物の統一」とは言っていますが、、、
ここでは真理と誤謬という対立物になります。
そこで弁証法と言うなら、
「真理は誤謬につながるという事を認識して、さらに真理を追求しろ」と言うのが弁証法的な態度ではと思います。
そうでなければ「真理」には到達しない。
それに関しては秀さんも主張なさっています。
秀さんが主張すべきは、
「だからこそフェミニズムは、もっともっと「真理」を探求しろ」と言う事ではないでしょうか?
そして、その時、初めて論理は科学になる。

なお、ここではフェミニズムの一切の事実やフィールド調査、歴史については述べませんでした。
ひらすら秀さんの言われる「論理」についてだけ考えていきました。
私は論理学には通じていないので、師匠にあたるとも思っている秀さんです。
こんな感じで論理的反証になっているでしょうか?
また、論理的にお教え頂けたら幸いです。
とても勉強になります。
宜しくお願いいたします。

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投稿: bunbun | 2009.06.26 00:57

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