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2006.05.24

たのしみは、、、

たのしみは朝おきいでて昨日まで
 無かりし花の咲けるを見るとき

(橘曙覧「独楽吟」より)

いつも意見交換させていただいている数学屋のメガネの秀さん。
数理論理学を勉強なさり、「論理」について深い考察を加えたブログを管理なさっています。
私は、子どもたちに作文を教えています。
それで受験の折には「論文術」を授けますが、
普通は書き手の「感性」がそこそこに鏤められた文を讃えます。
従って、自分自身も感性の戦きのまま書き綴ることが好きなのですが、
当然のことながら、ある時「ツッコミ」が来ました。
うううう〜〜〜〜〜んんん。
なるほど。
唸りながら、自己批判。
そうしたとき、秀さんのブログと出会い、
論理的に書くことの大切さを教えて頂きました。
そして折につけ、意見交換させて頂くようになったのです。
そんな秀さん。
つい先日、書かれたエントリーは、私にとっても興味、関心のテーマだったので、私も意見を書きました。
また、秀さんの周りの方々も、ご意見を書かれました。
そんなアレコレのやり取りの中で、秀さんはご自分の偏見や誤謬と自らが対峙。
そして偏見が芽生えた原因や、あるいはその誤謬から学ぶことなどを一連のエントリーとして書いてくださいました。

およそ人が誰でも持つであろう色々な「差別や偏見」。
私自身は現実の生活の中では、自分自身の心の中を見ると、ビックリする事ばかり。
心の揺さぶられるままに、いつも立ち往生している自分を見ています。
さて、秀さんらしい誠実さと冷静さで分析なさっているのを拝見しながら、
秀さんだけしか入りきれない立ち入り禁止の部分については、
秀さんにお任せするしかありません。
ただ傍で見守らせていただいているだけの私です。
それは敬意をもって見させて頂いています。
そして、そんな秀さんを見ながら、ふと先ほどの歌を思いました。
〜〜たのしみは朝おきいでて昨日まで
 無かりし花の咲けるを見るとき〜〜

昨日までは蕾で静かにひた隠れていた花が、
今日は楚々と咲き、風に揺れている。
そんな発見が何より嬉しいということでしょうか?
秀さんの中で、大きな花が「はにかみながら咲いている」、、、そんな気が致します。


さて私と言えば、この間の論争(?)の中で本当に学ぶことばかりでした。
自分自身もある意味「差別や偏見」と無縁でない者であるということの改めての認識。
自己を見つめると言う意味でも学ばせて頂きました。
また、それこそ昨日までは存知あげていなかった素敵な方々を知り、
これはこれで本当に嬉しく思っています。
私の中でいつか咲く花を、楽しみにしています。

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コメント

こんばんは。
数学屋の秀さんとの議論、興味深く拝見していました。あの議論に私も首を突っ込もうかと思いましたけど、時間がなくて(ホントは突っ込めるだけのアタマがなくて)出来ませんでしたけど、結末がこういった形になるとは意外でした。こういうのって、出会いの面白さだなぁなんて思ってます。
それにしても...。
憶測ですけど、秀さんが瀬戸さんの文章をきっかけに自らの誤謬に気がついたということは、偶然ではなかったように思います。自分の意見に牽強付会するようですけど、瀬戸さんと秀さんの関係が「アイスブレイク」されていたからでは、と思うのです。
とても素敵なことです。

投稿: 愚樵 | 2006.05.26 18:20

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