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2006.05.28

コンスタンティノープルの陥落

明日5月29日は白桃忌です。
ここでも毎年書いていますが、与謝野晶子の逞しく、しなやかで、迸しる思いと氷のようにヒヤリとさせられる洞察力に毎年翻弄されながら、晶子を偲ぶのがこの時期の私です。
しかし、今年はコンスタンティノープルの陥落について思いを馳せています。
1453年5月29日。コンスタンティノープルの陥落の日です。
5月に入ってからは本棚の隅で隠れていた塩野さんの本を、また取り出して読み始めています。
「あの町がほしい」と言って、
オスマン帝国の若きスルタンがコンスタンティノープルを攻め入るまでの歴史を物語風に描いている塩野さんの作品はいつもの塩野ワールドと同じく精緻に調査をし、事実と研究から練り上げた先に「人間」が描かれている素晴らしい作品です。
読み進むにつれ、いつのまにか全ての登場人物に感情移入している私がいます。
ある時は気高き最後の皇帝であったり、またある時は野望に燃える若きスルタンであったり、あるいは歴史の証言者達であったりと、その都度ハラハラ、どきどきしながら読んでいました。
そしてそれらの人物の声を通して、歴史の表舞台には登場しなかった多くの名もなき人々の思いまで手に通るように伝わってきます。
作家の筆力もさることながら、
「歴史とは何か」とこの頃とみに考えているからでしょうか?
高校までの世界史では、
「1453年、東ローマ帝国、オスマントルコに敗れる」の一行で書かれるその歴史の中にうずくまっている多くの民衆の声が聞こえるような気がします。
今、生きている時代がそうさせるのかもしれません。
栄華を誇ったオスマントルコもいずれ衰退滅亡の運命を辿るのは必然です。
同じく塩野さんは「レパントの開戦」冒頭で以下のように言う。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
戦争は血を流す政治で、政治は血を流さない戦争であると言ったのは、誰であったろう。毛沢東であったかクラウゼヴィッツであったか、それともこの二人ともであったか。
もしもこの説が正しければ、私も、血を流す政治を描く前に、血を流さない戦争を描く必要があるように思われる。
レパントの海戦は、まずはじめに、血を流さない戦争があり、
次いで、血を流す政治とつづき、
最後に再び血を流さない戦争になって終わった、歴史上の一事件であった。
おそらく、他の戦争がそうであったのと同じに。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
と。

戦争は血を流す政治で、政治は血を流さない戦争である、、、かぁ。
そして、
〜〜まずはじめに、血を流さない戦争があり、
次いで、血を流す政治とつづき、
最後に再び血を流さない戦争になって終わった、歴史上の一事件であった。
おそらく、他の戦争がそうであったのと同じに。〜〜
まさに今に通じます。
よくよく心しなければと改めて思ったものです。

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