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2006.06.26

笛吹くのは誰?

『ハーメルンの笛吹男』の記事を以前書きました。
総理とチルドレンと言うタイトルで。
内容は、郵政法案が国会で採決された時、まるで笛吹男に連れ去られる子どもたちのような、
小泉チルドレンについての印象を書きました。
まぁ、それはさておき、
今日6月26日は、まさにこの話の事件がドイツ・ハーメルンで起きた日とされています。1284年の事です。
さて、今日はそんなわけで「笛吹男」に因んで、以前からの懸案「マスメディアのあり方」について考えていくことが出来たらと思っています。

小泉政治5年とメディアの責任──提起・検証・討論──と言うテーマで日本ジャーナリスト会議が集会をしたのは6月18日。
この時、パネル討論で大谷さんは「マスコミの限界」について述べ、続いて視聴者の声の大きさも問題にしました。
つまり、私たち視聴者が情報を垂れ流されるだけ・受け身での立場でなく、
視聴者こそが「主体者」であることを表明する大事を述べました。
私も、毎朝のワイドショーではこの頃ウンザリ。
どの番組を見ても、ついこの前までは(今も)鈴香容疑者のこと。
彼女が小学生の時、中学生の時の文集まで持ち出して云々と真面目な顔で話す大人(?)たち。
私は今じゃ、自分の小学生の時の文集より鈴香容疑者の文集の方を覚えている。
或いは、奈良の事件。
また或いは、、、、、
と、連日報道される凶悪犯罪と「悪者」たち。
ううううう=====んんん。
悩みます。
報道のあり方に。
どの番組も同じ切り方に、同じ解説者・専門家・評論家。
これってアリィ???
犯罪を断罪することは必要なのかもしれないが、、、

さて、
ここで今、一番違和感をもって見ているのは、やはり光市の事件についての報道姿勢です。
以前も母子殺人事件について考えたことと言う記事を書きました。
その折は多くの方からご意見を頂きました。
勿論、頂いたご意見の多くは「死刑制度」についてのものです。
あれから二ヶ月。
先日の最高裁判決で差し戻しになり、またマスコミや新聞、ネットではいろんな方のご意見が活発に出て、今や本村さんは「時の人」。
私は先の記事ではマスコミの姿勢に対して以下のように書きました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
次にマスコミ。
今回の報道は大半が本村さんへのエールと共感を示すものでした。
本村さんの説を正論とまで言う識者がいました。
そうだろうか???
正論だろうか???
余談ながら私は今回の事件を見ながら9/11事件を彷彿と思い出していました。
あの時、アメリカ人はテロへの恐怖から「やられる前にやれ!!」と言う雰囲気で犯人が匿われている国への攻撃に出ました。
〜〜やられる前にやれ〜〜
これは一種の煽りです。
人がもつ恐怖に対して必要以上に煽る。
あの時も被害者は限りなく美しく、加害者は無条件に憎い存在でした。
今回も、私たちは報道を見ながら、
「他人事ではない」と言う恐怖が本村さんへのシンパシーとなっているような気がしてならないのです。
犯罪が身近なのです。
いつ私たちが被害者になるかわからない恐怖に暴露されている日常。
「もし、あなたが同じ目に会ったら犯人を許せるか?」と言う問いには、グッグ〜〜と詰まってしまうのです。
許すことなんて出来るわけがない。
と、言う当然の答えが返ってくる。
「あなた方に被害者の気持ちが分かるか、、、」と詰め寄られたら、その前には引っ込むしかなくなる。
そんな反応を見通した報道の在り方が私には気になり、かつ共感できないのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今は、ますますその思いを強くしています。
何故???
私はこの事件のマスコミの報道で一番気にくわないのは、犯人の少年の手紙を公開したことです。
確かにあの内容はヒドイ。
許せない。
絶対に。
私も、初めてその手紙が報道されたときは犯人の人間性に怒り、救いのなさを感じていました。
しかし、
毎回、どの局でも流されて来る「その手紙」。
次第に私は思ったのです。
「たとえ犯人でも、こんな情報を公開していいのだろうか?
そもそもこの情報を当局に流した友人は、今どんな思いをしているだろうか?」と。
また断片的に報道される手紙の中身。
しかし、本当に少年は「性悪」な内容だけしか書いていないのだろうか?
とかとか、考えていくうちにハッとしたのです。
私たちは切り取られた情報で、誘導されているのではないだろうか?と。
もし、あの手紙が公開されなければ私たちはここまで犯人を憎むだろうか?
「更生の可能性はない。」と私たちは本村さん同様に判断しただろうか?
そして、あの手紙を報道したとき、識者たちは一様に少年の罪の深さを述べる。
確かに罪は深い。
視聴者の私たちは、やりきれない思いと本村さんへの同情と、そして自分に火の粉が振りかからないようにと強く思うのです。
そして、いつの間にか話題は「死刑廃止」云々まで拡大します。
本村さんは言った。
「ここで少年が死刑になれば、最高裁に一つの判例を作ることになる」と。
本当にそれでいいのだろうか???
私は悩みます。

死刑廃止論については、いろんな意見があると思います。
私は、まだわかりません。
この問題、大切です。
だからゆっくり・じっくりと考えていきたいのです。
刑事立法と言う記事を以前書きました。
立法当局が権利を強化・集中することには、私は「否」と思うのです。
だから本村さんの事実が判例になるとしたら「急ぎすぎ」と思うのです。
マスコミの「イケイケドンドン」にも、チョット待って!!!と言いたいのです。

今日6月26日はハーメルンの笛吹男の事件が起きたとされる日。
私たちは誰かがどこかでならしている笛に後先もなく付いていってはいけない。
ゆっくり・じっくりと考えていきたい。
そんなことを思いました。

結局、チャンネルをあれこれ変えて、最終的には健康番組か料理番組に行き着いてホッ。
まぁ、どこに連れて行かれるのか分からない番組より「いいかぁ、、、」

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コメント

せとともこさん、こんにちは。
毎日いろんな怖い事件があって、「極刑を求める」ということもよく聞くので、ときどき考えます。死刑があると、確かに少しは犯罪の抑制効果もあるかもしれません。見せしめ、脅しですね。大切な家族を殺された人が、犯人に死を求める気持ちも分からないではありません。

でも、それでも私はやっぱり死刑はやめた方がいいと思うのです。なぜかというと、そういう「汚い仕事」をさせられる人がいるからです。冷酷だけど、残された人が復讐として犯人の死を求めるなら、自分で手を下すべきだと思うのです。そうすると犯罪者になって捕まるから実行する人はあんまりいないでしょうが、代わりに殺人を執行させられる人はわが運命を呪うでしょう。間をとって、死刑執行のボタンを押すのを遺族代表者が自分でするようにする、という方法もあるかもしれません。

歴史を見ても、死刑執行人というのは人々に嫌がられていましたよね。立場の弱い人に押し付けられた仕事でもありました。誰だって、そういうことは誰か他の人にやってほしいと思うでしょう。まあ、世の中には人を殺すことに妙な喜びを感じる人がいるから連続殺人なんかも起こるのでしょうが、死刑の是非を問題にするのなら、現実にその手で実行させられる人たちの声に大いに耳を傾けるべきではないかと私は思います。

投稿: 葉子 | 2006.07.06 14:39

葉子さん。
こんにちは。
>死刑の是非を問題にするのなら、現実にその手で実行させられる人たちの声に大いに耳を傾けるべきではないかと私は思います。

本当にあなたの仰ることわかります。
結局、私たちが第三者の立場で「きれいごと」を言っても、当事者には、とくに刑執行人の重さにはかなわないと思います、、、
この問題、
感情に流れては結論がみえないのでしょうね。
とにかく、とにかく、第三者として論理のみで考えていかなければ「先がみえない」と思います、、、、
と、、、、
言うことで中途半端ですが。

投稿: せとともこ | 2006.07.08 16:54

論理ですか。。。人に望まぬ悪事を強要して良しとする社会は、野蛮だと思うのです。私の論理はそういうことです。魂は生命であると思います。体を持って生きている者を殺すことは、魂の本来の性質に反していると思うのです。怒りや憎しみや、その他の原因で一時的にその本質が隠れ、人や動物を殺してしまうことはあります。誰かからの攻撃から自分や愛する人々の身を守るために殺すこともあります。

でも、死刑を執行する人はそうではありません。個人的な、目のくらむような憎しみもないのに、職務として、命令されて殺させられ、手当てを受け取ります。一件当たり1万円だか2万円だかと聞きますが、そういう半端なお金と引き換えに受ける良心の傷は、国家として償ってもつぐないきれない類のものではないかと思います。

もちろん、どうしても嫌なら刑務官など辞めてしまって他の仕事を探せばいい、ということなのでしょうが、誰かの魂にとって徹底的に汚い仕事をさせる、という絶対的な前提の上に立つ制度は、人間が本当にもうちょっと頭が良くなったらいずれ崩壊すると思います。こういう感覚が麻痺していて何も感じない人がいるのは分かるのですが、魂の本質が変わることはありません。

投稿: 葉子 | 2006.07.08 23:54

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死刑関係で、トラックバック等いろいろいただいているのだが、全部きちんと読むこともできていないのだが一つ二つ。Tomorrow i Another Happy(水葉)さまは以前より光市の殺人事件を追いかけておられる。うちのお嬢さまと違って気まぐれで語っているのとはちがう。そちらで紹介されていた、水瓶座さま経由で知った、「世界一少年に厳しいデータ」は面白かった。  少年犯罪なんて多くないのに少年処罰意識だけはものすごく高い。一体なぜそうなっているのか、本当に不思議だ。最近の教育への介入の答えがこのあた... [続きを読む]

受信: 2006.06.26 23:13

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