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2006.07.16

ジダンの罪 その2

ジダン問題。
いろんな所に飛び火。
“頭突き効果”ジダン映画客入り好調。ちゃっかりしています。
シラク大統領、ジダン擁護「許容できぬが理解できる。?????少々政治的かも。
また、『ジダン暴走』の背景などを考察することで社会問題にまで発展しそうです。
次第に、ジダンの暴力行為は「許容はできないが」「理解はできる」という形をとり、
やがて美化され、
ジダンは家族の尊厳を守るため、自らの栄光をもフイにした英雄になるのだろうか?????

うわっ〜〜〜〜〜〜
や・め・て・く・れ〜〜〜〜〜〜

私は声を大にして言いたい。
「ジダンは、カッとなって後先も考えず頭突きしただけだ」と。
ジダンには山ほど前科がある、、、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1998年フランスW杯でサウジアラビアの選手を両足で踏みつけ(2試合出場停止)。
ユベントス時代の2000年チャンピオンズリーグではハンブルガーSVの選手へ頭突き(5試合出場停止)。
レアル・マドリード時代の2004年リーガ・エスパニョーラではムルシアの選手に対して頭突き。
2005年のリーガではビジャレアルの選手に対して突然平手打ち。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さて、その後のインタビューで、その理由をアレコレと言っていますが、
巷で言われているような「人種差別」発言には自ら言及していません。
「母と姉に対して耐え難い事を言われた」と言っていますが、、、

人種差別の論理を導いてきたのは「周り」ではないのでしょうか?
周りの憶測とジダンの環境がそうさせたのではと思うと、
こんなに「差別」「差別」と声高に叫ぶ意見に逆差別を感じてしまう私です。

ところでジダンってそんなに不遇を託っていたっけ?????
その出生でハンディーを背負って、背負って、背負って、
投げかけられた一言、二言が機関銃のように武器になるほど、
彼の人生はルサンチマンの固まりになっていたっけ?
と言うことはついぞ知らない私だが、、、

私は言いたい。
今、ジダンを認めようとしている方々に。
「ジダンだけが耐えているのではない。」と。

今回の事件で私は改めて本棚からピクシーの事を書いた二冊の本を取り出しました。
悪者見参—ユーゴスラビアサッカー戦記
誇り—ドラガン・ストイコビッチの軌跡です。
ドラガン・ストイコビッチ。
ユーゴスラビア代表。
あの戦禍の中、ドラガン・ストイコビッチ。
セルビア人として生まれ、たえず民族紛争という政治を抱えサッカーをしつづけたピクシーその人のことを思い出しました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
旧ユーゴスラビア連邦出身の選手には、民族紛争や連邦分裂等の複雑な事情に対して、スポーツ選手という立場を政治的主義の主張に利用する者もいたが、ストイコビッチは「スポーツと政治は無関係」という立場を貫き通した。1999年のNATO空爆に対しては、ユニフォームのアンダーシャツに書いた「NATO Stop Strikes」(NATOは空爆を中止せよ)のメッセージを見せるパフォーマンスを行うこともしたが、彼は「これは人道的な観点によるメッセージであり、政治的な意味は持たない」とした。

なお、彼をこの行動に駆り立てたのは、92年にイタリアへレンタル移籍されている最中に、チームメイトから「悪魔のセルビア人」「ドラガン・ミロシェビッチ」呼ばわりされたことも一因だった。90年から始まる一連のユーゴスラビア紛争では、独立の気概を持つ諸国が、セルビアに一方的に弾圧されているという決めつけの報道がなされており、ユーゴスラビア対岸のイタリアでさえそう受け止められていた。
(Wikipediaより抜粋)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
彼が周り中から投げかけられた罵詈雑言は、ジダンの比ではない。

再び二冊の本を閉じたとき、
私は改めてジダンの暴力に対して、なんの正当性も感じない自分を見ています。
この問題、もう私の中では解決と言うことでここまで。

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コメント

はじめまして。
TBを送ったのですが、うまく送れなかったようですので、コメント欄で失礼します。私も同感です。
http://aqualeafree.blog70.fc2.com/blog-entry-85.html

投稿: 水葉 | 2006.07.16 21:49

水葉さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
私のブログは先日からコメント、トラックバックにスパム排除をつけたので、すぐに反映されないのでゴメンね。

さて、私もジダンに関しては貴女と同様です。周りが騒ぎすぎです。
例の事件には人が言うようなジダンからの高邁なメッセジーはありません。たんにキレタだけです。
私は今回のジダンを許す風潮は、やがて大きな瑕疵になると危惧します。
実際、子どもたちの間で「頭突き」が流行っているとか、、、
大人が毅然とジダンを糾弾しないのだから、
当然、子どもは短絡的に考えますよね。
「暴力」は悪くないと、、、
さてさて、この問題、どう展開するか見極める必要を感じています。
では、、、
これからも宜しくお願いいたします!!!

投稿: せとともこ | 2006.07.17 17:09

 ワタシは、せとさんとは正反対だな。
 こう言ってしまっては絶対誤解されると思うんだけど、暴力でしかアピールする手段のない時もあると思うんですよ、する側としては。
 暴力は反対ですとか、やってはいけないとか、そんなきれい事、言うのは簡単です。
 しかし、何の理由もなくやったわけではないはずですし、できるならほかの手段をとるはずなんですよ。なのに、彼は暴力に訴えた。おそらく彼にとっては、それを解決する手段は暴力以外に持ち合わせてなかったのでしょう。心の余裕がなかったんだと思います。

 では、なぜ追いつめられたのか。
 そこから解決しないで、ただ単純に非難・否定するだけでは、何も解決しないでしょう。それこそ「臭いモノにフタ」の論理としかワタシには思えない。いじめられている子供に「暴力はいけないから、仕返しをしてはいけない」と言うのと同じ。言葉の暴力も暴力のはずで、それではいじめに加担しているのと同じではないのですか?問題はそんな「暴力がなければオッケー」みたいな表面的な部分ではないはずです。

 それと、日本人に限らないかも知れませんが、日本人って許す・許さないが好きだなぁとつくづく思いますね。
 許せば、どうなるのでしょう。許さなければ、どうなるのでしょう。
 許さなければオッケーなのですか?許せばオッケーなのですか?
 ワタシはそこから強烈な違和感を感じます。
 罪よりも人を憎むような風潮が。
 そんな記号的なことよりも、これから同じことが起こらないようにすることのほうがはるかに大事なはずです。

 それと・・・
>当然、子どもは短絡的に考えますよね。
 とおっしゃいますが、子供はそんなにバカじゃないと思いますけどね。。。
 子供だって何が善で何が悪かぐらい、サッカーが理解できる歳になればわかるはずですし。
 ついでにいうと、悪いこととわかってて、いやむしろ悪いことだからこそ、マネをする子供もいます。
 ワタシからすればむしろ、キレイごとを言ってる子供のほうこそがキケンだなぁと思ったり。。。

投稿: 評論評論家 | 2006.07.18 15:18

評論評論家さん。
こんにちは。
この問題、あちこちで皆さんが話題にしていらっしゃいました。
私もいろいろ考えたのですが、
私の素朴な疑問は「なぜみんなが大騒ぎするのだろ?」です。
ジダンはプレー中に相手の挑発にカッとなって頭突きをした。一発レッド。
私にとっては「それ以上でもそれ以下」でもありません。
暴力云々、善悪アレコレ、綺麗事うんぬん、差別ちらほら、、、いろんな見解が書かれているブログを見る度に、
「ち・が・う」と私は叫んでいます。
何が違うって????
ジダンは単にキレタだけです。
そこに人間的とか感情の部分まで出てくると私としたら「あああ、、、そうですか」としか言いようがありません。
私はジダンのサッカーは好きです。
しかし、すぐにキレルところは以前から?でした。
たまたま今回、自分の引退試合、W杯決勝が重なっただけではと簡単に思っています。
またあなたが言われるように子どもたちは、しなやかで賢いです。
短絡的に考えるという私の書き方が誤解を招いたと反省しています。
ご指摘ありがとう!!!
いずれにしても、この問題、今後どうなるかと思いきやこの頃世間では鮮度失っていますね。結局個人の問題は個人に帰って行った私は思うのですが如何でしょうか???
では、またご意見お聞かせください。
楽しみです。

投稿: せとともこ | 2006.07.20 17:15

 うーん、だからね。。。
 ジダンが悪いということだけで決着、ってなことになったら、それこそ、相手を怒らせるようなひどいことを審判に聞こえないように、そしてマイクに拾われないように言って、相手をキレされた者勝ちになってしまいますやん。それがサッカーだ、という人もいるでしょうが、ワタシはそれじゃいけないんじゃないの、なんて思うんですよ。キレイ事かも知れませんけどね。

投稿: 評論評論家 | 2006.07.21 02:31

結論でましたね。
差別発言はなく、単にキレただけだったみたいです。
大騒ぎしていた人たちも大手新聞も、シーンとしてますが。

投稿: 水葉 | 2006.07.21 23:24

 処分としては妥当ですね。そう思います。

 あとフと気づきましたが、ジダンはひょっとしたらわずか3秒ぐらいの間にいろいろ考えて、でも退場覚悟でもこいつをしばかなあかん・・・と判断したのかも知れません。確信犯的に。
 さすがに暴力とまではいきませんが、ワタシもそんなふうに判断して行動することがありますから。。。
 ・・・ジダンの様子を見て、そういう気がしてきました。

投稿: 評論評論家 | 2006.07.22 14:50

評論評論家 さん。
水葉さん。
おはようございます。
コメントありがとうございます。

結論が出ましたね。
けんか両成敗ということで、私もこの結論は妥当と思います。個人的にはもう少しお灸をすえても良かったかとも思うのですが、、、
いずれにしても、今回の事件が、当人とは別の所で巻き起こしたいろんな事柄については、折角の機会だから改善されることを願っています。
プロの技を魅せるスポーツ。
人種差別とは無縁の世界を標榜していくこと。
あらゆる暴力は許さない。
などなど、、、

これからも色んなことについて見ていきたいと思いますのでご意見、アドバイス頂けたら嬉しく思います。

では、、、。

投稿: せとともこ | 2006.07.23 09:59

瀬戸さん、はじめまして、こんにちは。私は瀬戸さんのほとんどすべての記事に共感していますが、今日は少しおっかなびっくりで書き込みに来ました。私はこの事件からいろいろ考えて、(自分のブログを持たないので)あちこちのブログにコメントをしたくちです。で、瀬戸さんの二つのエントリーを読んで、少し誤解があるように感じました。

事件の背景の分析と報道の検証
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-121.html
ジダン選手のインタビュー全訳
http://kikounette.blog52.fc2.com/blog-entry-471.html
もしお読みでなければ、今からでも、この2つの資料をどうかお読みいただきたいと、まずお願いします。m(__)m

瀬戸さんはジダンの頭突き行為について非常にお怒りだと見えました。それはわかるつもりですし、私もジダンへのレッドカードとFIFAの処分はあれでよいと思います。しかし、相対的に、瀬戸さんはイタリア人DFの暴言にはほとんど怒っておられないという印象を持ったのも事実です。「人種差別とは無縁の世界を標榜していくこと」とコメントの中でおっしゃっていますから、瀬戸さんは差別を肯定するものではないということはわかります。でも、イタリア人DFに謝罪せよとまでジダンに求めていらっしゃるので、上に書いた印象を持ってしまいました。

私はこんな例えを思いました。ある会社の女性社員Aさんが、男性社員のBさんから侮辱的なセクハラ発言を投げかけられたとします。「あなたのミニスカート姿、男を誘っているのか?」とか、「俺と寝たいのか?」とか。少し気は短いAさんですが、二度までは我慢しました。しかし、三度目に「ちょっとさわらせろよ、減るもんでもなし」と言われて我慢できなくなり、Bさんに頭突きをしてしまった。さて、ここで、Aさんの頭突きは確かにほめられたことではないでしょうし、ほかの抗議方法もあったでしょうけど、このAさんの頭突き行為「だけ」を「許せない暴力だ」と批判して結論とすることは私にはできません。また、「あなただけがセクハラに耐えてきたわけではない」とAさんに向かって言うことも私にはできないのです。なぜなら、Bさんのセクハラ行為を相対的に軽く見せ、免罪する方向にはたらくからです。また、Bさんに謝罪せよとAさんに言うことも私にはできません。本来は、セクハラを仕掛けたBさんこそがAさんにまず謝罪するべきだと思うからです。(変な例えですみません。)

この事件とセクハラの例とではちがうのかもしれないですが、セクハラであれ、暴言であれ、相手の尊厳を不当に損なう行為であるということは少なくとも言えると思います。Aさんの頭突きがほめられたことではないと思いつつも、私はBさんのセクハラをまず追及したいと思うのです。それと同じく、サッカーにおける差別や暴言との闘いを私はまず思います。

ジダンの行為はほめられませんし英雄視もできません。実際、試合のルールに沿った処分も受けています。しかし、今回、人種差別撲滅をかかげたFIFAの姿勢(試合前の反人種差別セレモニーや、FIFA規約55条とその修正項で差別的発言に対するきびしい処分が決められていることなどで具体化されています)を考えれば、イタリア人選手の行為そのもの「も」瀬戸さんにもっときちんと批判していただきたかった、というのが正直な思いです。これはジダンを許すとか許さないという話とは別次元の話だと私は考えています。

ちなみに、暴力的や挑発はルールぎりぎりの範囲でスポーツの技術である、という意見をここ以外のあちこちで読みましたが、私は賛成できません。バスケットボール、テニス、柔道、なんでもいいのですが、言葉の暴力や挑発がサッカーのようには横行していないスポーツはいくらでもあるからです。

以上、瀬戸さんに対する反論としてではなく、お願いとして書きました。

私の思いをすべて述べられたわけではありませんが、思いを酌んでいただければ幸いです。また、私のコメントの中に失礼なことがありましたら、どうかお許しください。

投稿: 村野瀬玲奈 | 2006.08.06 19:25

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