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2006.07.25

平和は生きること

平和はきれい事というタイトルでお玉さんからトラックバックを頂きました。
記事を拝見して私も随分考え込みました。

〜〜平和はきれい事・・うん、だからこそ尊い。〜〜

お玉さんはそう言う。
結論からいえば、私もお玉さんに賛成。

平和はきれい事と言う人たちに問いたい。
「きれい事」とは何か?
と。
口先だけの事。机上の理論と言うことを「きれい事」という言葉の中に押し込めたのだろうか?
ならば、それは違う。

私は言いたい。
きれいな平和を守るために、
日ごと汗をたらし、
走り回り、
声を絞り出し、
這いずるよう思いで生きている名もなき人々がいっぱいいることを、、、
ただひたすら「戦のない日」を手に入れるために。
ある時は署名をもち、
ある時は電話で友人に語り、
またある時はマイクを持つ。
休むことなくギリギリの平和を手放さないために頑張っている人々がいる。
彼らは決して平和はきれい事、、、なんて言わない。

以前、
「平和は眠りを許さない」
と言う記事を書いたことがあります。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「平和も、戦争挑発に対する実際的で聡明なたたかいとその克服なしには確保されないものであることを知らなければならない。
平和は眠りを許さない。
地球の全ての男女の運命がそれにかかわっている。最もまめな骨惜しみをしない人類的事業の一つである。」
宮本百合子「平和は眠りを許さない」より
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そして百合子は続けて言う。
「平和」はジェスチャではない。
生きること、そのことである。」
と。

平和はジェスチャではないのです。
きれい事?
とかとか悩む以前のことではないでしょうか? 
人が生きていく上での最低限の条件であらねばならないと私は考えます。
生きるそのことが平和と直結していることではと思います。

現実に戦争に巻こまれたら???
という仮定の上での論理の展開も見ます。
私は、その論理から憲法が崩れ去ろうとする動きに危惧を感じます。
憲法は理念です。
理念は現実にあわせてはなりません。
現実が理念を標榜すべきものではと考えます。
(これは卑近な例ながら、子どもの成績に言えます。
今の偏差値から考えて目標校は無理と言うことでランクを下げると、
不思議に今の成績は更に下がります。)

もし、今、平和が損なわれるような事があったら、
私は声を大にして反対しなければと思います。
また、そうならないため不断に平和を守るための努力をすることは論を待ちません。
とは言え、それは何もゴリゴリの生き方をしろ、というのではありません。
寧ろ、
しなやかに、しなやかにそして朗らかに生きることです。

と、言うことで、
平和は生きること、そのことである。
と、私は考えます。 

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コメント

せとともこさん、こんばんは。

>彼らは決して平和はきれい事、、、なんて言わない。
私もその「彼ら」の端くれのつもりでいるのですけれど、そういう者の口から「平和はきれい事」なんていう言葉が出ると、ちょっとしたインパクトはあります。反論も含めてですけど。
そしてお玉さんがくれた「きれい事ゆえに尊い」という結論に至ると、大抵の人は納得してくれます。

真摯な記事に、きれい事でないような話で申し訳ありません。

投稿: 愚樵 | 2006.07.25 21:08

こんにちは。
ちょっと違うかもしれないんですけど、平和というのは人間だけのものでしょうか。これも理念だけの奇麗事と言えばそれまでなんですけど、選択の能力を持つ人間は、せずに済む殺生はしないのがいいんじゃないでしょうか。

因果応報ということは当然あると思います。作用と反作用と言っても同じようなことじゃないかと思いますが、人間は動物を食べなくても他に食べるものがあるのに、毎日たくさん殺します。病気とかで都合が悪くなると、何万という単位で殺処分します。彼らに言葉があって反戦運動とかできる能力があったらどういう抗議をされるものだろうかと思うのですが。まあ、つまり、人間に殺された動物の魂は遅かれ早かれ人間を殺しに来るんじゃないかなあと思います。大量虐殺を続けながら人間だけ平和でありたいというのは無理があります。少なくとも、私はブロイラーに生まれなくて良かった、とほっとしています。

理念と現実は違うから実現は難しいだろうとは思いますが、片方では飢えてる人がいるのにもう片方では牛を肥やすためにたくさんの穀物や他の牛の肉がエサとして与えられているなんていうのも、理念としての平和なユートピアをほんとにリアルに想像してみたら、多分そこにはないんじゃないかなと思いますが。鹿がトラと仲良く日向ぼっこ、という類の理想郷はちょっと無理としても、せずに済む殺生はしない、という程度の平和はあるのではないかと思います。

投稿: 葉子 | 2006.07.25 22:50

愚樵 さんがお疲れのようにお見受けしたもので・・ついつい、あのように書いてみました。
瀬戸さん、取り上げてくださってありがとうございます。m(_ _)m平和も憲法も理想は高く掲げ、それを守るために泥にまみれる覚悟を持つ・・そういう私たちの姿をみて、「きれい事」としか表せない人々への理解を深めていきたいなあ・・(あ、これ自分のところにも書いておこうっと)

投稿: お玉おばさん | 2006.07.26 08:18

愚樵さん。
葉子さん。
お玉さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
頂いたコメントを拝見しながら、さらにさらに考え込んでしまいました。

愚樵さん。
勿論、愚樵さんが「彼ら」のお一人であることは十分に存じ上げています。
草の根運動のエントリー、本当に力になりました。
愚樵さんの投げかけられた言葉は、高い高い放物線を描いて遠くとおく私にまで届きました。
そもそものお気持ちがどこにあったかは、ともかくとして私は一般論としてこの問題について考えてみました。
何気なく当たり前と思っていた事柄をもう一度考えるきっかけになり、とても新鮮でもありました。
さて、それはそれとして、実は愚樵さんの所へは日参しているのですが、コメントを残そうと考えているうちに、更なる記事や他の方のコメントがついたりと書きそびれて失礼をしています。
でも、しっかり拝見していますよ。
ジダンの件や欽ちゃんについては、また書くこともあろうかと思っています。
一神教については、今考え中。
と、言うことでまた新しい記事を楽しみにしています。
なお、雨は如何でしょうか????
心配です。
では、、、、季節柄くれぐれもご自愛を。


葉子さん。
そうですね。
人間だけでなく生態系としてのバランスって絶対、大切です。
私は生物学が専門でした。
個体の発生を調べていました。
目の位置、鼻の位置、口の位置、、、、、
卵と精子が受精して卵割が始まると卵はしっかりと「場」を認識しているのです。
その情報の凄さと整然とした仕組みに「自然界の不思議」を越え、神さえ感じます。
尤も神秘主義に陥るということはありませんでしたが、、、
葉子さんがいつも求められている何か、それは「ここにある」という合目的性かもしれませんね、、、
実験をしている時、「偶然と必然の中で今、ここにある」と言うことの大切さを思う瞬間があります。
生物の生きる事への飽くなき執着、感じますねぇ〜〜
健気さもビンビンに伝わります。
「今、ここにある」と言うことの意味を試験官(in vitro)で考えてきた私ですが、貴女の芸術家としての観点はとても楽しい。
また、ご意見お聞かせくださいね。

お玉さん。
こちらこそ、いつもいつも貴女の記事に啓発されることばかりなのですよ。
ここで書いた「生きること」の中で「しなやかで朗らか」であることは、モチロン貴女を想定していました(^.^)
そうそう、先日書いていらしたナチスの記事、
実はあの記事を読みながら「ヒットラー最期の12日間」という映画を思い出していました。これについてもいずれ書きますね。
いずれにしても、ギリギリの平和を守るためにお互いに「きれい事」、頑張っていきましょうね。
お体だけはお大切に!!!

投稿: せとともこ | 2006.07.26 17:16

せとともこさん、こんばんは。
暖かいお言葉ありがとうございます。

うん、今日はこれだけ。後を上手く続けられそうにありません。
本当にありがとうございます。

投稿: 愚樵 | 2006.07.26 21:08

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