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2006.07.04

人生は旅か?

昨日、ヒデが“人生とは旅であり、旅とは人生である”であると書いて引退宣言したことは、前の記事にも書きました。
ヒデの引退についての残念な思いは、もう書いたので、
ちょっと「人生は旅か?」について。

人生。
確かに旅に譬えられる事が多いです。(道に譬えている方も多いようですが、、、)


〜〜人生は己を探す旅である。(藤本義一)〜〜
まさに今のナカタの心境か。

あるいは奥の細道か。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして 、旅を栖とす。
古人も多く旅に死せるあり。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
芭蕉の「旅」と「人生」は、なんだか切実なものを感じます。
それは、
謀反の疑いをかけられた有馬皇子(658年刑死)が詠んだ歌と相通じるような気がします。
「家にあれば笥に盛る飯を 草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」。
意味は、家にいたら立派な食卓で食べることができる食事も、旅では、そこらの草の葉に盛って食べるというものです。
落ちていく者の悲しみと誇りと矜恃が伺えます。
なお、ここから
旅を指して「草枕」と言う言葉が出てきました。


あるいは山頭火。
〜〜分け入っても 分け入っても青い山〜〜〜〜
旅は終わらない。
そう、♪ヘッドライト テール タイト 旅は終わらない、、、なのか。
この山頭火の歌は、優しさと、彼のトッポサが出ていて、私は好きです。
山頭火はいい。
「まっすぐな道でさみしい」と謳った山頭火。
♪日暮れの山道、くらい道を思ってしまう。
迷ったときに、優しく手を差し伸べてくれる気がします。

あるいは啄木。
〜〜旅に出たき夫の心 叱り泣く妻子の心 朝の食卓〜〜

らしい。
なんとも啄木らしい。
彼の身内に滾る流浪の思いは、彼の真実を求めてやまないソコからきているのだろうと私は勝手に思っています。
ところで私は啄木の中では、一番、次の歌が好きです。
〜〜不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸われし 十五の心〜〜
ううう====ん。
何回詠んでも好き。
何回見てもいい。

さて、次は万智さん。
〜〜旅人の荷物のなかに
   「心」という軽くて重いものを見ており〜〜
万智さん。西行がお好きなのかな???

と、言うことで人は人生を旅になぞらえ、
旅に人生を見ながら生きていくようです。
ともに、よりよく生きたいと言う思いを込めて。

そして、最後は「草枕」のさわりで締めましょう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

さて、私。
いまだ人生は語らず。
です。

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コメント

 「人生は旅か」70年生きてきての実感は、どうもそうではないようです。
 可成り「波瀾万丈」の人生だったと思いますが、旅ではなく「潜水」のように「もがき」かよく言えば「努力」であったように思います。
 若い時は自分の能力を過信して「もがき」、40を過ぎて自分の限界を知り、ようやく世の中を遊泳するようになる。
 しかし、要するに後悔をしないよう精一杯の努力を惜しんではならないと思います。

投稿: hitoriyogari | 2006.07.04 16:38

せとともこさん、こんにちは。

私はまだ人生の半分も生きてないので、あんまり振り返ってみることはできません。でも、まわりを見渡したら、いろんな人生を送っている人がいます。

成長し、働き、子供を育て、年老いて死ぬ、という順調な流れとは、例えば3歳で親に殺される子供なんか関係ないですね。平等とか平和とかうたいながらも、巨大なゴミ捨て場に建てられた家に生まれてくる子もいるし、お母さんが売春婦でお父さんが麻薬の売人だったり、お生まれになったと言って世界中のメディアが騒ぐ子もいます。生まれてすぐ殺されてビニール袋とダンボール箱に密閉されて押入れに突っ込まれる子の人生などは、旅とするなら結構悲惨で、「代金返せ」と旅行会社に怒鳴り込みたくなるようなケースでしょう。

インドの聖典は、一つの人生は魂のさすらいの一日であるように例えて教えています。旅の目的地はもちろん神様のいらっしゃるところですが、それを忘れてしまっているので物質世界の中で延々とカルマの流れに流されるままでいるのだそうです。今日したことが明日や明後日の自分に影響するように、ある人生での行き方が次の人生に影響しているのだと思うと、これだけ様々な苦しみや喜びがあるのも納得がいくような気がします。

私の今日の一日はまだ午前11時くらいです。夜になって日記を書くときに、hitoriyogariさんのおっしゃるように「精一杯やった、悔いはない」と言えるようでありたいと思います。

投稿: 葉子 | 2006.07.05 01:51

hitoriyogariさん。
葉子さん。
こんばんは。
コメントありがとうございます。

hitoriyogariさん。
そうですか。潜水ですか。
もがきながら、あえぎながら、それでも頑張って、生きていらしたhitoriyogariさん。
以前、おひな様のお話伺いましたね。お嬢様のためにと心のこもったおひな様のエピソードを書いてくださいました。あの折もhitoriyogariさんの誠実で優しいお人柄を彷彿としていました。
「精一杯、くいなく」私もそうでありたいと願っています。
では、、、また。


葉子さん。
お若いあなたには、どんな素晴らしいことがこれから待っているのでしょ。
楽しみですね。
あなたのことだから、その作品に、その生き様に個性豊かな「何か」がドンドン追加すると思いますよ(^.^)
頑張って!!!
応援しています。
では、、、また。

投稿: せとともこ | 2006.07.05 20:52

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