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2006.08.16

大文字送り火

今日は京都では五山送り火
起源は定説が未だ確立してはいませんが、
いずれにしても夏の風物詩となり、京都の人々にとって大切な行事です。
先祖の御霊が無事帰られることを祈り、
そして生きている私たちの平和を願って、今年も京都の夜空に大文字が焦がれます。

さて、歴史の深い大文字ですが実は京都新聞の記事によると1943年から3年間、京都の夏の夜空から大文字が消えたそうです。
時はまさに太平洋戦争。
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毎夏、亡き人の霊を冥府へと送る弔いの炎が、1943(昭和18)年から3年間、京の夏の夜空から消えた。
 太平洋戦争末期、火を守っていた若者たちは戦地に赴いて人手が足りず、空襲に備え「灯火管制」が厳しくなったためだ。代わってその年、朝の大文字山に現れたのが「白い大文字」だった。
 地元国民学校の児童と一般市民あわせて800人が、白いシャツに身を包んで早朝の火床まで登り、午前7時から全員で戦意高揚と鎮魂の願いを込めて、人文字で「大」を描き、ラジオ体操を奉納したのだという。当時の京都新聞の見出しは「英霊を送る」…。すべてが戦争へと束ねられていく時代だった。
 翌年も続けられたが、終戦をはさんで1946(昭和21)年には「送り火」が復活した。
 その後「白い大文字」が1度だけ姿を現したことがある。1994(平成6)年、映画 「浮島丸」のワンシーンとして再現された。
 撮影には半世紀前に「白い大文字」を体験した女性たちも参加。「平和への祈りとともに、今日まで元気でいられたことに感謝します」(同年9月24日付夕刊)。
 今も世界で戦乱が絶えない。送り火に平和の願いを託す人も多いかも知れない。
(上記サイトより)
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この様な記事を目にすると益々平和の大切さを思わずにはおれません。

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