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2006.08.08

亀田父vsやくさん

昨日スポーツに求めるものと言うタイトルでジダンの頭突き問題から私なりに百尺竿頭を一歩進めて考えたのですが、
今日は更に話題の「あの人」達について書きます。
そう、亀田父 vs やくみつるです。
ご覧になった方々はいろんな感想をお持ちと思います。
私はと言えば、
お二人には悪いが何回見ても「おもしろい」。
見ればみるほどオモシロイ。
こんな書き方したら誤解されることを承知しながらも「面白い見せ物」としか言い様がないなぁ〜〜〜〜
何回もこの映像を見た以上、もうちょっとマシなこと書かなきゃと思いつつも、思いに任せて出てきた言葉が「おもしろい」だったのです。
では何が面白い?
と聞かれたら答えは「どっちもどっちで結局、軍配はテレ朝にありぃいいいい」って事です。
このバトル、一番得したのはテレ朝です。
次に格好良かったのはガッツさん。
当事者のお二人は「どっちもどっち」かなぁ?
何故なら亀田父とやくさん。
「かみ合っていない」からどんなに話しても平行線。
やくさんは、「挑発を敢えてするために」ここへ来たと言い、
亀父は「あれがスタイル」だと言う。
と、言うことでボクシングから外れたところで熱くなるお二人に、
ガッツさんが冷静に軌道修正を試みるというのが20分の番組討論(?)の内容でした。

「ボクシングについて」と言うテーマでここでは更に考えていきたいので、やくさんにはご退場をお願いして亀父さんだけ残っていただきましょう。
やくさん。コスプレ(?)お疲れさまでした。
さて、
問題の核心にいる亀父のボクシングと言うスポーツについて、時々話される考え方には私は疑問を持ち共感は出来ませんでした。
「勝てばいいんだ。勝たなきゃ次がない。」と言うのはあの世界では、ある意味本当なのかもしれませんが、「なんのために勝つのか」
と言う事が伝わってこなかったのは、非常に残念でした。
「ボクシングが好きなんだ」と言う言葉を最後まで聞くことが出来ませんでした。
(少なくともあの番組内では)
興毅君があこまで登り詰めたのは、単にパフォーマンスや「やらせ」だけではないことは誰でも知っています。
ひたすら練習をして強くなり、強くなって更に練習するひたむきな姿の中に「美」を見つけロマンを求め多くの人は声援を送っていたのです。
が、
昨日の父の発言からは些かも「ボクシングに対する愛」が語られませんでした。
亀田父はボクシングをお金儲けの手段としか思っていないのでしょうか?
また我が子に対しても、金儲けのボクシングをしてくれる道具だとしか思っていないのではと感じられました。
少なくとも子どもたちを一個の人格として認めていません。
「教育的」配慮に欠け、力で育て上げることが正しいと思っています。
世界チャンピオンになった興毅君にはお金だけでなく名誉と品性と人格が必要とされることを弁えていません。
子どもたちが憧れ、
亀田みたいになりたい、、、努力すれば亀田になれる、、、と夢を抱き、ボクシングの世界に入ろうとする者達のことは一切頓着していません。
我が子だけが強ければいい。
しかもボクシングそのものを愛しているわけではないから、アッサリと「負ければ引退させる」なんて言う。
オイオイ、オトウチャン。
子どもはあなたのオモチャじゃないんだよ〜〜〜〜〜
そしてアナタは「何も分かっていない。」
つまり、どうして私たちがバッシングをし、抗議をしたかの本質を見誤っています。
アナタは私たちを見ていないからです。
アナタの視線の向こうにあるのは、我が子でもなければ、ファンでもない。

そんな感想を浮かべながら先の討論の次第を見たのですが、
結論として言えることは、
亀田史郎さんは、「世の中を甘く見ている」。
と、言うことです。
この父が今のままではいずれ自滅は近い。
世間は甘くない。
私たちがスポーツに求めているのは華やかさではなく「ひたむきな強さ」なのだから。
お父さんがどんなに何を言おうと「人気商売」品に子どもたちをさせたのはご自身なのだから、
大衆の支持を得ないような発言をしたその時から廃れていくしかないのです。
もう一度書きます。
世間は甘くない。
だから、頂点に立ったその時、
人は「謙虚」にならなければならないのです。

亀田史郎さんが、ボクシングに対して敬意と愛を払い、
応援している私たちへの感謝の念を抱き、
そしてひたすら自らの人生に謙虚になることが無い限り、、、
この父の浮かぶ瀬はないのではと思います。
ただ、息子たちはその限りではありません。
興毅君には、本物を目指して欲しいと心から願いながら、、、私は、この記事を書いています。

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コメント

僕も、You Tube というサイトを見つけて、そこで何回か問題の映像を見ました。その時に感じたのは、一見理屈では亀田選手の父親の方が勝っているように見えていますが、理屈で勝っているように見えることが、かえって亀田選手の父親の論理の弱点を物語っていると思いました。

亀田(父)氏の理屈では、亀田選手の挑発は、勝負を争う場でのことだから許されるというものでした。やくさんとは話し合いの場に来たのだから、その場で同じような挑発をするのは、状況が違うのではないかという理屈でした。これは一見筋が通っているように見えます。

亀田(父)氏は、勝負をするのなら挑発に乗ってやろうというような脅しをかけてもいました。つまり、ケンカに応ずるのなら、そのような挑発も受けてやろうと言うことだろうと思います。

亀田(父)氏がこのような論理を使うと言うことは、亀田選手の挑発も同じ論理の下になされているのだと言うことを語っているのと同じだと思います。やくさんに対して、ケンカに応ずるのならということで挑発を肯定すると言うことは、亀田選手の挑発もケンカを前提にしたものだと言うことを語ったのだと思います。

ボクシングはケンカだ、というのは一つの見方かも知れませんが、ボクシングをスポーツだと思っている人から見れば、これはボクシングを冒涜するもののように見えるのではないでしょうか。

亀田(父)氏の考えには、ケンカをするには、相手にのまれたら負けで、むしろ相手を飲み込むくらいの脅しをかけることがケンカに勝つテクニックの一つだ、と言うことがあるような気がします。ケンカならばこれは正しいかも知れません。しかし、ボクシングというスポーツに勝つために相手に脅しをかけるというのは、ボクシングとしては正しいことだろうかと疑問に思います。

ボクシングで勝つというのは、そのような下手な細工をするのではなく、技術とファイティングスピリットで勝つことが本道なのではないでしょうか。むしろそのような細工をする人間は、技術とファイティングスピリットにおいて貧しいから、それをごまかすためにそのようなことをしているのだと見えてしまいます。

亀田(父)氏の、話し合いと勝負事とは違うというのは理屈として正しいことでした。しかし、亀田(父)氏の言う勝負事というのは、ケンカと言うことと同じだということがその言葉からは読みとれます。そのことによって、亀田(父)氏にとっては、ケンカとボクシングは勝負という同じ範疇のものだと言うことで一緒くたにされているということが読みとれます。

理屈においては勝っているように見える亀田(父)氏が、実は貧しい論理を語っているというのは皮肉なことだと思います。これは、ディベートでの勝利が必ずしも論理としては水準が高いものになっていないと言うことも物語っているのではないかと僕は感じました。

投稿: | 2006.08.08 22:54

秀さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
パソコンのネット環境が漸く整い、頂いたコメントへのお返事ができるようになりました。

さて、亀田一家。
ひとつのブームになりましたね。
今まで、あの家族の傍若無人に辟易していた人たちも「強い」と思って許していたところ、実は「強くなかった」ことが明らかになり、一気に今までの不満が出たのでしょうか。
とかくウワサされるアングラな部分やTBSの視聴者をバカにしているやり方もバッシングの理由の一つなのでしょうか。

秀さんからは相変わらず論理的な考察を頂き、私も大いに納得いたしました。
>これは、ディベートでの勝利が必ずしも論理としては水準が高いものになっていないと言うことも物語っているのではないか

本当に、そうですね。
小泉さんが答弁で使う詭弁にしても、そうですが本当に大切で必要なことは「中身」なのだと改めて思いました。
レトリックに騙されることなく本質を見極めるためにも、秀さんが追求なさっている「論理的思考」は私にとって、とても力強いテキストです。
これからも、またいろんな分野を切り取って下さい。
そうそう、三砂さんの「おむつ」の件については、ちょっと反論アリでした。
もうちょっと纏まったら、また書きますね、、、
では、暑さがまだまだ続くようです。お元気で。

投稿: せとともこ | 2006.08.11 13:54

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