« 母親と保育所とおむつ | トップページ | 素敵なブログ紹介 »

2006.11.13

おむつと母親

内田さんのフェミニズム批判の意味を考えると言うタイトルのトラックバックを秀さんから頂きました。
コメントを、とも考えたのですが些か長くなりそうなので改めてエントリーをたてます。

まず最初に秀さんは次のように書き出して論理を進めていらっしゃいます。
「僕はおおむね内田さんの主張を肯定的に受け取っており、瀬戸さんは否定的に受け取っているように見える。その違いがどこにあるかを考えるのも興味深いことだ。」
これに関しては私も同様です。
私はブログを通しての秀さんから、いつも論理的に考えていくこと、対象をできる限り客観的に捕らまえ、次にそこから普遍妥当性を導き出し、いずれ自らに還元していくという考え方を教えていただいています。
科学的考察の仕方を学ぶ「師」であり友人である秀さんです。
そんな秀さんとは何故かフェミニズムになるとバァンバァンぶつかるのです。
さて、それはさておき今回の秀さんのエントリーで決定的に違ったのは、
ズバリ
「母親は子どもに縛りつけられるべきではない」という前提は全称命題か特殊命題か
です。

これを考える前に、まず三砂さんの研究について。
これに関しては、私は三砂さんが何を研究しようと異を唱えるものではありません。
ただ、個人的にはluxemburg さんのコメントや、涼風庵徒然の石橋さんが書かれているように「おむつをしなくても良い環境作り」の方にこそ研究の労を費やす方がより生産的ではと考えます。
実は私もお二人の考えを聞くまでもなく文化と排出物の考えに違いはあるんじゃないかと思っていたのです。
国外線に乗ると食事後ってトイレに順番がつきます。
その折、外国の方は靴やスリッパを履かずにソックスのままでトイレに平気で行く姿を何回となく目にしました。
私は靴を履いてズボンの裾をたくし上げてと如何にも汚い所に行くような出で立ちなのですが、彼らは全然そんな風じゃなくておおらかなのです。
公衆トイレを暗くて汚いものと思う自分を少々恥じたりしています。
その折に思ったことは海外の人って日本人とは排出物に対して違った感覚があるのかな?と言う事だったのですが、その折のことを思い出しました。
と、言うことで三砂さんには、子どものおしっこやウンチに対しておおらかな環境について文化と言う点からも考察を深めて頂きたいものです。

次に内田さんの主張するところのフェミニズムについて。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おむつはつけたままでいい」という主張がフェミニスト的にPC(Politically correct)とされるのは、「母親は子どもに縛りつけられるべきではない」からである。
「母親と子どもとのあいだには身体的でこまやかなコミュニケーションが必要だ」というのは、そのようにして女性から社会進出機会を奪い、すべての社会的リソースを男性が占有するための父権制のイデオロギーなのである(とほ)。
(内田さんの記事より)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
本当にフェミニズムと称している人たちが三砂さんにこの様に述べたのなら、確かに内田さんの言われるように(とほ)。と私も思います。
ヤレヤレと思います。
だがしかし、その後の展開はいただけない。
本質を故意にずらし大袈裟に母親とおむつと子育てを述べています。
現実から乖離したその主張は結局、内田さんが笑うところのフェミニズムと同じ主張になっていると思います。
(現実からかけ離れているという点、やおら自分の理想を展開するという点においてですよ。)
内田さんがおかれている立場を考え合せたとき、
あの記事の主張の先にあるものはフェミニズム批判というよりはもっと本質的な男女のあり方その物へ発展する虞があるのではと私は危惧したわけです。

次に秀さんの記事について改めて考えます。
「母親は子どもに縛りつけられるべきではない」ということを正しい前提として立てるなら、論理的には整合性を持った主張として立てることが出来る。」
と、秀さんも書かれています。
私も全く同意です。
では、正しい前提かということになると私は「正しい」と考えます。
さらに拡大するならば
「何人も他者に縛り付けられるべきではない」と言うことです。
それがたとえ母親であろうと父親であろうと子どもであろうと夫や妻であろうと、
「縛り付けられるべき」対象というのはあってはなりません。
勿論、現実にはいろんなしがらみの中で生きている我々ゆえ縛られ、縛られ拘束されて生きています。
それぞれの立場で支えあいながら生活しているのは当然です。
しかし、ここでは秀さんは学問として純粋に命題が正しいかと問うているものと考えれば、この命題は前提は正しくなおかつ全称命題として立派に成り立つと思います。

と、言うことで秀さんを初めとして皆さんからまたご意見頂けたら嬉しく思います。

|

« 母親と保育所とおむつ | トップページ | 素敵なブログ紹介 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15797/12669950

この記事へのトラックバック一覧です: おむつと母親:

» 「放っといてくれ」 [涼風庵徒然]
前のエントリーの続編と言えなくもないのですが。 まず補足的に書いておくと、おむつを使わない文化というのは確かにあるらしい。JICAか何かで中国に行っていた医者から、中国のどこかの地方ではおむつは使わない、その年齢... [続きを読む]

受信: 2006.11.13 16:28

» 多様な生き方ができる社会を [薫のハムニダ日記]
今日のハンギョレ新聞の国際面>日本の記事に大阪府議会議員の尾辻かな子さんのことが取り上げられていました。この記事にあるように、日本で初めて自らがレズビアンであることをカミングアウトした政治家です。 日本から見ると、韓国は日本以上に性的マイノリティに対する偏見が強いように思われますが、韓国から見てもやはり日本は性的マイノリティに対する偏見が強い国のようですね。それではどうぞ。 日本初“レズビアン”政治家「同性愛への偏見を変えていく」 [アジア・アジア人]尾辻かな子大阪府議会議員 ... [続きを読む]

受信: 2006.11.14 12:46

« 母親と保育所とおむつ | トップページ | 素敵なブログ紹介 »