« 師走です | トップページ | Jリーグ最終節 »

2006.12.02

またまた「おむつ」について

またまた「おむつ」についてです。

先日来内田さんのTake good care of my babyの内容について、数学屋の秀さんとアレコレのやり取りをしました。
その後秀さんは文脈からの文意の理解、あるいは文脈の勘違いによる誤読誤読をしたくなる心理と仮言命題の理解とエントリーを挙げていらっしゃいます。
witigさんからの排便シグナルが読めて対処方法があればおむつは要らないかと言う内容のトラックバックに答える形になっています。
witigさんは、私のエントリーに対しても2児の父 と言うHNでコメントを頂いたのではと推測します(もし間違っていたらwitigさん、2児の父 さんゴメンナサイ)。

さて私はこの間、お二人のエントリーを拝見しながら、改めてwitigさんや私と秀さんとの「対象」にした物の違いが明らかになりました。
(これはお二人とも、そのエントリー内で書かれていることですが)
そこで私は、秀さんの考え方、つまり「内田さんが仮言命題に従って論理を進めていった」と言うことについて形式論理の立場から検討することにしました。

ではズバリ。
本題から。
「子どものシグナルが読める」→「(二歳まで)おむつをする必要はない」は仮言命題と秀さんは言う。
果たしてそうだろうか???
仮言命題の最大の条件は「変項」を同じくすることです。
ところが上に上げた「前件」は「子どものシグナルが読める」です。
つまりシグナルを読むのは世話をしている人です(母親、父親など)。
「後件」は、「(二歳まで)おむつをする必要はない」と言うことでおむつを必要としないのは子どもの方です。
つまり「前件」「後件」の「変項」が同じではないので、
この二つは即仮言命題の形はとっていません。
どうしても仮言命題の形をこの二者にさせるならば、後件は「(二歳まで)おむつをさせる必要はない」になります。

次に、前件肯定式と後件否定式の検証を加えてみます。
「子どものシグナルが読める」→「(二歳まで)おむつをさせる必要はない」前件肯定式
「(二歳まで)おむつをさせる必要がある」→「子どものシグナルが読めない」後件否定式
となります。
後件否定式が偽であることは体験・経験的に明らかです。
(これについては三砂さん曰くの従来の育児書に抵触しますが、ここでは問題を明確にするために改めて触れません)
即ちこの仮言命題は妥当として承認することはできません。

正しい仮言命題の立て方は、以下のとおりです。
「子どものシグナルが読める」→「子どもが近いうちに排便すると予想できる」。
これならば、
「子どもが近いうちに排便すると予想できない」→「子どものシグナルを読めない」
と成り立ち、これは適用と承認されます。
witigさんが書かれているように、子どものシグナルが読めても、場所や時間により排便させることができない場合があることも包含しています。
つまり、子どものシグナルを理解する、しないとおむつの必要は別のものである、と言うことです。
と、言うことで、
形式論理の社会で考えるならば、三砂さんの研究は「おむつ」とは直接的な関係はないのです。

以上が秀さんの主張なさる論理学の問題についての私の考えです。


こうして形式論理でも矛盾を抱えた命題から、
さらにコミュニケーションへと拡大していった内田さんへの批判は、に書いたとおりです。
なお、私は内田さんの全ての考えに批判する者ではありません。
が、当該のエントリーに関しては、疑問を抱きました。
従って一番目の記事をトラックバックしたのですが、残念ながら届きませんでした。
コメントもIDを持っていないので出来ません。
本当は、ご本人にお聞きすることが一番早道と思いながら、
この「おむつ」問題を書いていました。

さて、
次に科学的考察とは何かについて書いていきたいと思うのですが、
今、教基法やら共謀罪やら憲法やらで忙しくしているので、折がありましたら書きます。

|

« 師走です | トップページ | Jリーグ最終節 »

コメント

>witigさんは、私のエントリーに対しても2児の父 と言うHNでコメントを頂いたのではと推測します
そのとおりです。

 ところで、瀬戸さんは内田樹があの文章で「(二歳まで)おむつをさせる必要はない」と書いてあるように読めましたか?自分はどうしてもそうは読めないんですが。

投稿: 二児の父改めwitig | 2006.12.03 12:11

いま、日記にコメントが書かれていたのを見ました。
こちらでは、特にトラックバック拒否する設定にしてないのですが。
はてなはトラックバック先にリンクがないと拒否する設定だったと思うのでそのせいでしょうか。

投稿: witig | 2006.12.03 12:22

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15797/12902920

この記事へのトラックバック一覧です: またまた「おむつ」について:

» 仮言命題の難しさ再考 [数学屋のメガネ]
瀬戸智子さんから「またまた「おむつ」について」というトラックバックを「誤読をしたくなる心理と仮言命題の理解」というエントリーにもらった。この中の、仮言命題に関する部分を考察してみたいと思う。 僕が考える仮言命題というのは、ある仮定の下での結論を主張する....... [続きを読む]

受信: 2006.12.03 00:27

» バッシング構造がよく分かりました、の巻き [とむ丸の夢]
気分が悪くなるからつけないで、という私の懇請にもかかわらず家人のつけたミノ某の「朝ズバッ」。何でもこの御仁は、テレビ暴露時間の多さで、ギネスブックに載ったとか。 ただならぬ雰囲気に思わず首を横に伸ばして画面を... [続きを読む]

受信: 2006.12.03 06:50

» 全斗煥政権の3Sはスクリーン、スポーツ、スケベのS? [薫のハムニダ日記]
先日のエントリー「力道山と金一と」の中でチラっと触れた全斗煥政権の3S(screen, sports, sex推進)政策と呼ばれる愚民化政策のことが3つのSのなかでも特にSEXってのが気になったので、ちょっと調べてみました。 いや~、韓国って、30数年前まではとんでもない独裁政権だったという認識はありましたが、わずか20数年前でもかなりの独裁政権だったんですね。 国民に娯楽を与えて日ごろの鬱憤から目をそらさせるという。でもこの手法は今でも有効でしょうね。特に今の日本のように閉塞感が漂って... [続きを読む]

受信: 2006.12.04 00:05

« 師走です | トップページ | Jリーグ最終節 »